注意勧告はどこに消えた。
交代しながらの野営の見張りは、クリスティーナ君とマッフル君を朝方にする方法で片がついたようです。
意地を張って夜番を徹しようとするクリスティーナ君にマッフル君の常識じみたツッコミが入り、全員から諭されて納得するまでは自分ですら頭が痛くなるほどです。
そろそろクリスティーナ君には、理屈から利益、効率を求めた結果の常識と呼ばれる知識を授けようと思います。もちろん、拳をふるってです。
夜番は一人だとヒマで、二人だとおしゃべりするので本末転倒なのですが、まぁ、自分がいるので大丈夫でしょう。
なお生徒たちは知らないでしょうが、自分は徹夜でした。
半覚醒状態で寝ていたというべきでしょうか。
何かあったらすぐ起きられる状態のまま、周囲を警戒していたのですが……。
「私に任せてしまえばいいものを、どうしてこう愚民は遠慮するのかしら」
「現実的じゃないからに決まってんじゃん。ていうかキースだって反対してたじゃん」
朝方に近い夜の頃、クリスティーナ君とマッフル君の夜番の時間です。
「貴族が遠慮するのはたしなみの一つですわ」
「あんたが遠慮しろ」
ぷち、と妙な音が聞こえたような気がします。
その音に自分の教師本能がアラームを鳴らしたので覚醒しました。いえ、危険なことではないのです。
「先ほどから聞いていれば、少々、図に乗りすぎですわね愚民。今なら私の寛大なる心で許してあげてもよろしくてよ」
「あんたの曲がった根性叩きのめすのに必要だったら高台にだって登ったげるけど? ていうか自分のこと、棚に上げすぎなところが鼻につくっての!」
「言いましたわね! 剣を抜きなさい! 【レピンド】の錆にしてくれますわ!」
「手入れしたばっかりなんだよね! あんたで切れ味を確かめてあげる!」
ただ、バカが二人、抜刀しただけです。
焚き火を中心にジリジリと周りながら牽制し合う二人は非常に寝ている人の妨げでした。
自分はのそりと起き上がって、二人の頭に氷の塊を落としました。
「うるさいので静かにしましょう。警戒しているのに喧嘩するなど夜番にあるまじきバカ騒ぎです」
うずくまって痛みを堪えている二人はともかく、ようやく夜も明けました。
晩御飯と違って、朝は森で簡単な木の実や山芋、必要なら鳥を捕まえて食料にします。
ティッド君を連れて森に入った自分は、気配を手繰って見つけた野鳥をティッド君に教えます。
しばらくキョロキョロと指の先を見ていましたが、木の上で丸々と肥えたヤマバトを見つけて息を殺しました。
「野鳥はすでにこちらに気づいています。しかし、こちらが飛び道具を使うなんて夢にも思っていません。野鳥に矢を当てる方法は二つ」
「野鳥が逃げる前に当てるのと、逃げたあとでも当てることですか?」
「正解です。では、先の先か後の先、【支配】から生じる二つの技術。どちらをどのような手段を用いれば有効な手段となりうるのか」
ひとしきり悩みながらも、ヤマバトの姿が消えないかどうかの心配をしています。
その証拠に弦を触れる指に力がこもっています。
「肩の力を抜きましょう。どんな武器も最適な力というものがあります。そして、肩に力がこもるというのは大抵、力の入れすぎが原因です。最適な力には程遠い。深呼吸して体を楽になさい」
「はい」
「何より、今、逃してしまっても次を探せばいいことです。トライ&エラー、諦めずに何度も試行を繰り返すことが重要です」
焦らなくていいと悟ったティッド君は適度に力を抜いてくれました。
そうすれば自然、頭も回転してくるでしょう。
「矢を緑の源素と一緒に撃ちます」
弓使い、アーチャーと呼ばれるポジションにとって、風を纏わせ、矢の発射速度をあげる緑の属性の術式は基本中の基本です。
リューム・レイに代表される付加術式なら、少しのアレンジで矢に風の付加できるでしょう。
そして、リューム・レイならヤマバトが気づく前に矢を立てられるはずです。
「それだけですか?」
「……あとは、鳥が矢の音に気づいて飛び出す先を狙います」
正解です。先の先、後の先の模範解答です。
期待をする瞳に、頭を撫でてあげることで応えます。
「では実際にやってみましょう」
弓を引くティッド君。
まだ腕力そのものが足りないため、矢先がブレてますね。
そのうえ、弓自体も左右に大きくズレてます。もしかしたら弓より弩弓のほうがまだティッド君に合ってるのかもしれません。
どちらにしても、当てようとすれば、連射しようとすれば力がいる武器ですが、ティッド君の目的は弓ではないようなので、あえて深くはツッコミません。
「リューム・レイ」
どうやらティッド君は先の先、術式による高速射撃を選んだようです。
癖もなく、素直な術陣は予想通り矢に風を纏わせて飛んでいきました。
「あ!」
しかし、如何せん腕前がダメでしたね。
ヤマバトのいない空間を通り過ぎ、その時、立ててしまった葉ずれの音が大きく響き渡りました。
当然、危機を感じたヤマバトは逃げてしまいました。
「惜しかったですね」
失敗する確率が高いのはわかっていたので、罠の術式を張っておいて正解でした。
範囲内に入ると、カマイタチの竜巻が対象を中心に渦巻く設定です。もちろん、【支配】でヤマバトの逃げる方向を予測していましたし、ここからなら十分、術式の範囲内です。
空中でバサバサと羽を撒き散らすハメになったヤマバトさん。
その光景をティッド君はポカンとした顔で見て、こっちも見ました。
「トライ&エラーは……?」
「重要なことですが、先生は二度手間が嫌いです」
せっかく見つけた朝食の肉成分をタダで逃がすわけないじゃないですか。
肩をがっくりと落とすティッド君。
一体、どうしたんでしょうね?
「さぁ、もう一匹ぐらい同じようにして捕まえましょう。ちなみにヤマバトをさばいた経験は?」
「……ありません」
意気消沈してるのは本当に何故でしょうね。
罠の術式にかかったヤマバトが落ちた場所へいくと、腐葉土のマットで永眠しているヤマバトを見つけました。
周囲に血の匂いを嗅ぎつけた原生生物の姿はありません。
体中切り傷だらけのヤマバトを掴むと近くの小川に向かいました。
小川とは名ばかりの、水が染み出しただけのような水源ですが、十分です。
さっそく頭を切り落として血抜きをします。
本来、血を抜ききってから作業ですが、時間も惜しいので平行しながら作業を続けます。
「まず毛をむしります」
容赦なく、一片の慈悲もなく、心を鬼にします。多少の汚さや肌の食感に青ざめようとも気にすることなく、えぐるようにむしり取ります。もちろん、羽毛を逆撫でするようにです。
「エス・ラ・モルクは使えますね?」
「はい」
赤属性で自分を炙る術式も、一つ、術韻と構成を変えれば対象を火で炙る術式に変わります。
「鳥は毛筋が太い羽毛と細く尖ったものがあります。こう触ってると」
むしった時のように肌を逆撫ですると細い毛が何本か指に突き刺さりました。いてぇです。
「この細毛を焼いて処理します」
「あ、だからエス・ラ・モルクなんですね」
一通り、裸にしたら今度は火責め。
人間にやったら鬼畜ですが鳥相手だと食料作りです。
ここでヤマバトを擬人化した場合、死ぬ気で後悔しますので精神的に死にたくないなら、決して考えないことです。
ティッド君のエス・ラ・モルクで細毛を焼き払い、焼き跡を消すようにたわしか草木でヤマバトの肌をこすり、次は羽部の、人間でいうところの腕の羽毛を皮ごと剥ぐイメージでナイフを立てます。
次は内蔵取りですが、これは他の獣とそう変わりません。
お尻から肋骨付近まで内蔵を傷つけないように裂き、内蔵を引っこ抜きます。
この時に足を切っても構いません。
引き出した内蔵ですが心臓や砂肝くらい食べられるかもしれませんが、処理が面倒なので、あらかじめ小川の横にでも掘った穴に放りこみましょう。
内蔵をからっぽにして肌の上から内側を押しても違和感がなければ、解体完成です。
「大丈夫ですか?」
淡々と処理する光景にティッド君も気持ち悪そうにしていました。
自分も故郷の婆さんがやっていたとき、気持ち悪そうに見ていたものです。今だってできるならやりたくない内容です。
しかし、今日の朝食になる上に生きるために覚悟しなければならないところです。
もしも木の実が採れない場所だったのなら、否応がなく求められる技術ですし、生き残る技術というのも同様に学問なのです。
むしろ生き残るために学問が生まれたと言ってもいいでしょう。
採掘然り、解体然り、全ては生存から派生した重要ごとです。
綺麗事はいりません。自分は鳥肉が食べたいです。
「残酷なようですが、魚にも同じことができて鳥にできないなんて言わせません。生くるために時には残酷な選択もしなければならないのです。もしも残酷な選択をしたくないというのなら強く、賢くなりなさい。選択肢が多ければ多いほど、残酷な選択を選ばなくても良くなるかもしれませんよ?」
絶対ではないのが世の中の厳しいところです。
「はい……」
生徒に現実の一面を見せるのも教師の務めです。
もう一匹、同じように捕まえて処理すれば十分な量になりました。
野営地に戻ってみれば全員、支度が終わった格好をしていますね。
一応、防具を着込み、採掘籠を一箇所にまとめています。
朝食は鳥肉の炙り焼きに、生で食べられるクコの実はそのまま、堅果なものは軽く鍋で炒りました。
野草はスープの具材です。幸い、鳥の骨から出汁が取れるのでチキンスープと野営の朝食には贅沢なラインナップです。
「……こんなに豪勢な御飯はそうない」
と、シェスタさんからも生徒たちに伝えられました。
「好きな人の手料理を食べられるのだから」
そっちの意味ですか。
調味料が少ないせいで大雑把な味でしたが、まぁ、食べれられないほどでもありません。岩塩の一つでもあれば十分、食べられますしね。
お腹いっぱいになったら元気に採掘作業の始まりです。
なんでしょうね。まだ時間的に一日も経ってないにかなりの時間を過ごした気分です。
一番、採掘しやすいのは……、やはり山そのものでしょうか?
今も風景に見えている切り立った壁。
運がいいことにこの地形、裾野で採れるとされる鉄鉱石。
「まずはここの地形がどういうものなのかを理解しましょう」
指先で山の頂辺をなぞっていきます。
「さて問題。ここらは一帯は過去、どのような地形だったでしょうか」
問題を立てながらも、歩くことは止めません。
時間がもったいないですからね。
「はい」
「なんでしょうか、フリド君」
「過去というのはどれくらい前の話ですか?」
良い質問ですが本質からはかなりズレた質問です。
「この地形になる前です」
頭に『?』マークを浮かべないように、フリド君。
「まるで突然、こんな地形になってしまった、という風に聞こえますが」
キースレイト君はなかなかの良いところを突いてきました。
「えぇ、その証拠となるものはこの風景の全てにあります」
切り立った壁のような山から突然、中心に向かってややなだらかな下り坂。
森は中央に集まるように密集し、山から森の間はところどころ平原が広がっています。
山も岩石だけで作られているわけではなく、岩石の上に乗った土から植物がチラホラと見えています。
この質問に誰もが答えられないままでした。
「まぁ、宿題にしておきますか。あまり意味はないですが、ともかく、ここは昔、山がなかったかもしれない可能性があります」
「山がなかったって、ルーカンがスクワットしてたら山でも出来たってわけ?」
マッフル君がバカバカしいみたいな顔で茶化していますが、たぶん、ルーカンよりも厄介だと思いますよ。国際事情的にね。
「さて、どうでしょうね? ともかく山ができたせいで本来なら地面の深い場所にあった鉱石がこの地表まで出てきています。そういう地形ですから、この山のどこかに鉄鉱石が眠っているわけです」
「山と言っても、見渡す限り山じゃありませんの」
「手当たり次第、掘っても当然、見つかるでしょうがあまり良い方法ではありません。もちろん適当に、大雑把なやり方でも調べる方法はちゃんとあります」
自分は足元に落ちていた適当な石を拾います。
手のひらで転がせるくらいの、小さな石です。
「この石、表面がザラザラしていて灰色ですね。でも一部、なめらかな部分もあります。これを採掘籠の中のハンマーで割ってみましょう」
自分は面倒なので【獣のガントレット】をつかって、指先で強く突きました。
粉々に壊れる小石に、全員はポカンとしています。
「バラバラになってしまいましたね」
「バラバラになってしまいましたね、じゃありませんわ! いきなり何をし始めるのですの! 力自慢がしたいのならもう間に合ってますわよ!」
「はいはい。話は最期まで聞かないと突っつきますよ指先で」
クリスティーナ君は無言で、隊列の一番、後ろに行きました。
逃げすぎです。
「バラバラになったと言いますが、別にそんなに強く叩いたわけではありません。もともとバラバラになりやすい形だったわけです。でも、なめらかな部分だけはまとまった形をしています。これはどういうことなのかわかりますか?」
「ザラザラした石となめらかな石の部分で、石が違う?」
「はい、正解。つまり、この小さな石の中には様々な石の種類が固まっているということです」
「つまり、石の中に鉄鉱石が眠っている場合だと、それ相応の特徴が出る、ということでいいのですか」
キース君が短くまとめてくれました。
「えぇ。そして鉄鉱石が一番、多そうな場所はあの山です。そして、岩が露出しているポイントを一度、つるはしかピッケルで砕き、小石を拾って割る。鉄の特徴に近い割れ方をした岩肌こそが鉄鉱石が眠っている場所と言えるでしょう」
一応、納得した声をあげる生徒たち。
「もっと簡単な方法は以前、鉄鉱石を探した誰かさんが採掘跡を残しているので、その近くを掘るというのが一番ですね。しかし、リーングラードは基本、未開地でしたから、鉄鉱石を掘りに来る採掘師もほぼいないでしょう。もしかしたら君たちが初めてかもしれませんね」
ここではちゃんと、鉄鉱石の特徴を伝えておきましょう。
生徒たちが実際にやるのですから、よく覚えてもらわないと困ります。
「鉄鉱石は主に二種類がよく使われます。一つは赤鉄鉱。表面が濃い赤茶色をしており赤錆に似た匂いがします。もう一つが磁鉄鉱。これは比較的わかりやすく、金属光沢があり鉄の匂い、さらに鉄にくっつく性質があります。たぶん、どちらかが埋まってると思うので探してください。ツルハシの表面にも注意してくださいね。磁鉄鉱ならツルハシの表面に頑固にくっついてきますから」
一通りの説明をしたら、目の前は急な上り坂。とうとう山の入口です。
道具の使い方を教えて、生徒たちは山に登り始めました。
登るというより、むしろロッククライミングです。
なるべく足元がしっかりしている部分を歩いていく生徒を眺めながら、ようやく採掘が始まったことに安堵しました。
「また」
短く、自分に投げかける言葉。
シェスタさんです。
「何か?」
「ヨシュアン様は優しい目をしてる」
言われ、最初は意味がわかりませんでした。
「生徒に何かを教えて、それから理解したとき、いつものそんな目をしてる」
大体、釣り目ですが?
主に怒ってるので。
「大事だって伝わる」
ぐ……、なんだこの人。
そして、なんで自分は追い詰められてるのでしょうか、わかりません。
「ヨシュアン様」
真っ直ぐな瞳は時折、伏せていた顔と同じ暗さが見えます。
「もしも私が生徒を傷つける者なら――」
「殺します」
驚きよりも早く、即答しました。
「うん」
シェスタさんもわかっていた答えだったのでしょう。
わかっていなかったのは自分だけだったりします。
「でも――」
「自分は、生徒を傷つける者がいたら殺します。計画の妨げになるなら容赦はしません。友人恩人、親兄弟関係ありません。しかし、だからといって」
あぁ、その全てを悟りきった諦めの目。
それは何時だって現実に負けた者の目です。
そんな目を見てしまうと、つい――
「進んで殺したいわけでもありません。だから、殺すような真似だけは止してくださいね」
――手を差し伸べたくなる。
自己満足でどうしようもない、甘ったるい行為だけど。
その甘さを愛した自分だからこそ、その真似をしたくなる。
無意味だと知っていてもです。
「将来、有望そうな術式師を失うのは、ほら。惜しいですからね」
今度はシェスタさんにとっても、まさかの言葉だったのでしょう。
慌ててした言い訳じみた言葉を飲み込んだまま、ほっそりと笑いました。
「――はい」
それは足元に咲く海菊の花のように小さく、真っ白い微笑みでした。
「脈あり?」
「息の根止めますよ」
……下手したら殺しちゃう相手なのになぁ。
ツッコミ方を覚えたら面白そうだと思う自分は、心底、何かに呪われているのではないかと思います。
このエピソードにはお読み頂いた方が不快になる表現がございます。
気持ち、軽めのグロシーンで表現もやや抑え目でございますが、人によっては不快さが止まらないかもしれませんので明記します。
そして、注意勧告は忘れた頃にやってくることも明記します。




