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リーングラードの学び舎より  作者: いえこけい
第二章
103/374

野宿 OR DIE

 野営で困ることを列挙していきましょう。


 一つ目。


「どーして私の分の食器がないんですの! これはハイルハイツ家への挑戦状と見倣しても相違ありませんわね!」

「あんたが一番、意味のない野営セットを持ってくるからじゃん! ていうか今頃きづいてやんの!」

「そういうことは先に言って下さりません! これはただの罠ですわ! 陰謀ですわ! ちょっと私にその飯盒筒を渡しなさい!」

「うわ、ここまで予想通りの反応すぎてちょっと引くし」


 食器が足りない。

 皆、野営セットに飯盒筒を持っているのにクリスティーナ君だけ持っていないのが理由です。

 これは普通にクリスティーナ君が悪いので、弁明を聞いてあげるつもりはありません。


 ですが、生徒が困っている時、そっと手を差し伸べてあげるのが教師です。


「クリスティーナ君」

「なんですの……?」


 自分がクリスティーナ君に手渡したのは木製の器です。

 反射的に受け取ってしまったクリスティーナ君は手にある食器を見て、大きく息を吸いこみました。


「どうしてこんなものが? 先生、まさか予備の食器を鍋の中に?」

「いいえ。君たちの行軍の途中、ヒマだったのでそこらの木から作りました」


 なお、クリスティーナ君が騒ぎ出すのは最初からわかっていたことなので、対処しておきました。

 罠の術式具があった場所に倒木がありました。

 あれは術式具で斬られた木だったのでしょう。術式具を解体する時に適当にスライスして、歩きながら形を整えていきました。

 自分の分の器を作るついでです、ついで。


「先生……」


 感極まったような顔をして、まぁ。


「もう少し装飾に気を使えなかったのですの?」


 ひでぇ文句、垂れ流しやがったですよ。

 アイアンクローしてあげました。せいぜい鳴くといいです。


 ぐったりと感動しているクリスティーナ君は放置して料理の時間です。


 鍛鉄製の鍋に火をかけて、捌いたばかりの肉を焼きました。

 そのあと、水筒の中身をぶちまけました。

 白い液体が鍋に満ちみちていきます。


「水筒に牛乳入れてきたんだ?」


 マッフル君が何か呆れたような顔をしていますが、どうしたのでしょうかね?


「ただの牛乳ではありませんよ? ヤグーからとれた牛乳、その鮮度を保つために氷結させたものです。もちろん牛乳に熱した小麦粉や塩、ブイヨンなどの調味料も混ぜてますので、ちょっとしたシチューですよ? 具材だけ入れてません」


 水筒の中身はシチューのスープでした。

 火が通るたびに牛乳とブイヨンの香ばしい匂いが広がっていきます。いいですね!

 肉は固有種のアナグマですが、何か?


「ひぃ!?」


 なんか短い悲鳴をあげたティッド君がフリド君にくっつきます。

 フリド君は大剣に手をかけ、周囲を警戒し始めました。


「どうしたティッド! 何かいたのか!」

「む……、虫が」


 野営で困ったこと、その二つ目。


 意外と虫が積極的。


「なんだ。虫くらいで」

「だって、まだら模様で大きいんだよ?」

「まだら模様って、これか?」


 地面に人差し指くらいの長さの虫がいます。

 妙に手足が長く、頭の部分が赤い色をした奇妙な虫……、なのですが。

 どこかで見たような気がします。


 たしかアレは、どこかで見ましたね? どこでしたっけ?


 思い出す前にフリド君が無頓着に虫を掴んでしまいます。

 革のグローブをつけているから大丈夫だと思っているのでしょう。


「虫なんかで怖がるな。男だろ」


 手のひらで虫を弄んでいるフリド君。

 その顔が痛みで歪みました。


「――っ!」


 急いで虫を放り捨てました。

 革のグローブを貫いて、噛まれたりしたのでしょうか? 無駄に頑強な顎ですね。


 なおもカサコソと地面を這う虫に杖の石突きが炸裂しました。

 ご飯時に繰り広げられる虫の殺害。ちょっと気分がよろしくない光景ですね。


 犯人はシェスタさんでした。

 暗殺容疑者だからって虫まで殺害しなくても。


「これ、有名な毒虫」


 あぁ、思い出した。

 たしかその虫が原因で死ぬ冒険者も……、て。


「フリド君!?」


 ぎゃーす! フリド君が青ざめて倒れてます! 白目剥いてます!?

 ピクピクと痙攣なんかしちゃってますよ! カタカタと鎧が鳴ってます!

 毒消しなんてねぇですよ!? 何故、鍋しか持ってこなかったし過去の自分!? ここで生徒が死んだら自分の管理責任ですから! ヤバい、落ち着け自分。

 原因がコメディでも、コミカルなレベルでシリアスに危険ですからね。


 生徒たちも騒然とし始めました。

 自分もますます冷静にならなければなりません。


 周囲に毒消しになる薬草はありません。夜闇の平原の中で調べている時間もありません。

 他人の毒を外側から治す術式はありません。

 そんなことができるのは聖女しかいない。


 そして自分は聖女と呼ばれる存在ほど術式を使える自信がない。

 国最強であっても、不可能は当たり前のように存在するのです。


 だからと言って、手をこまねいているわけでも。

 こんな事態を想定していないような人生を送っているわけでもないのです。


「えぇい! ままよ!」


 術式を構築しながら、自分の指先を噛みました。

 親指に滲む血をフリド君の傷口に押しつけました。


 毒消しがないなら、作るしかありません。


 自分の血液に内包された内源素を利用して、フリド君の内源素に直接、影響を与えます。

 肉体の外側から内源素を操れないなら、内側から操るしかない。


 幸い、己の体内の毒を消す術式なら、ある。


 源素を操るハッキング技術を応用して、混ざり合った血液を媒介に内源素を操作。フリド君自身の抗毒作用を無理矢理、高めます。それはもう極限にまで。

 他人の体の源素というのは、非常に繊細なものでした。


 正直、自分くらいの操作力がなければ内源素を掴むことすらできないのではないかと思います。これだと生徒はおろか、上級術式師でも難しいですね。


 同時に内源素は常に活動している術陣のようなものだというのもハッキリしました。

 形こそ違えど、ハッキング技術で操れないものではないようです。


 となると、このハッキング技術、突き詰めたら他人を操ることも可能なのでしょうか?


 この辺は要検証ですね。

 

 ともあれ、フリド君の内源素を掴めたお陰で、解毒の術陣も編めましたし、体内で術式も綺麗に走っている手応えがあります。

 見た目にも安心できる要素が見えてきます。


 瞼を閉じ始めました。

 これは瞼のような薄い筋肉も動かせるようになった証拠です。

 麻痺系の神経毒だったのでしょうか? こればかりは毒に詳しくないとわかりません。


 あとでリィティカ先生に聞いておきましょう。

 野営セットに別売りの毒消し薬を置くことも視野に入れています。

 これ、自分がいなかったら絶対に対処できてなかったですからね。


 顔色も良くなってきましたし、薄く浮かんでいた汗も引いてきたようです。


「フリド君。起きなさい」


 十分、元に戻ったのを確認するとフリド君の肩を強く揺さぶりました。


「――せ、先生? 一体……?」

「はぁ。無事で良かったですよ」


 ここで生徒が死んだりしたら、もう全ての努力が水の泡です。

 何より、無駄に生徒が死ななくてよかった。フリド君も墓標に『虫さされで死亡』とか書かれなくって済みます。


 安堵して、思い出してしまいました。


「シェスタさん。毒消しとか解毒薬を持っていたりしますか?」

「もちろん」


 頭を抱えてしまいました。

 この無意味な努力はどうしたらいいものか。

 ほぼ推測だけで生徒で術式を実験したようなものですよ、これ。


「でも、あの状態だったら難しい。噛まれてすぐ飲むものだから。それか前もって飲む」


 予防薬のほうでしたか。

 どうやら無駄な努力でなくて良かったようです。

 シェスタさんが冒険者だということをすっかり忘れていました。ここまで連れてきておいて何がとも言われるでしょうが、とっさのことでしたからね。


 冷静に頭を回したつもりでも、この体たらく。


 四年も比較的、平和な時間を過ごしたせいで衰えてしまったのでしょうか?

 それとも氷のように冷たい理性が揺らいでしまうほど、生徒という存在が強くなっていたのでしょうか?


 そうだとハッキリわかっていても、原因まではハッキリと言い切れません。


「とりあえず、念の為に予防薬を飲んでくださいねフリド君」

「……すみません」


 気怠そうに起き上がったフリド君に、シェスタさんから予防薬――変な匂いの丸薬を渡してあげました。

 ほら、しかめっつらしないで飲みなさいな。


 ただの野営なのに、どうして死人が出かけるのでしょうか?

 デッドサバイバル会場ですか、ここは。


 そして、三つ目。


「他人の内源素を操る術式なんてないのに」

「術式師にタネを訊ねるのはマナー違反ですよ」


 グイグイと見詰めてくるシェスタさんに、自分は眉を潜めて追い返します。


「男の秘密はミステリアス」

「誰の秘密でもミステリアスですよ」


 見つめあってることに気づいて恥じたように、顔を真っ赤にしないでください。

 生徒がガン見してるのに雰囲気をつくらないでください。


 絶対、生徒のこと、忘れているでしょうこのアマ。


「ヨシュアン教師。さすがに人の目のあるところでは自重してもらえないでしょうか」

「君も顔を真っ赤にして何を言い始めるのです」

「そういえばヨシュアン先生はメルサラ・ヴァリルフーガとも仲が良かったのでは?」


 だいぶ体調が良くなったフリド君の疑問に、耳を立てたのはクリスティーナ君とマッフル君でした。


「二股!? 二股ですの! 先生は不潔極まりないですわ!」

「うわ、クリスティーナからそんな言葉が聞けると思わなかった」

「その、まるで私が複数の男性と付き合っているみたいな言い方は止してくださらない!」

「だってあんた、貴族じゃん」


 その言い方は貴族への言い方ではありませんね。

 まったくもって、ざっくばらんな子です。


「貴族の男って女、囲ったりするんでしょ」

「どうしてそこで私を見るのか聞いてみようか、マッフル嬢」


 キースレイト君が反応しました。


「勘違いされがちだが、我々貴族は確かに法で多くの妻を持つ権利がある。対して庶民は一夫一妻。見る者が見れば我々貴族が多くの女性を囲っているように見えるだろう。しかし、多くの貴族は一人の妻しかもたないものだ。あくまで権利だからな。複数の妻を持つ持たないは個人の都合による」

「個人の都合ってのは、アレ? 子供関係」

「そうだ。たとえ愛している人がいたとしても、子が生されなければ新しい妻を娶る。どうしても嫌なら親族より養子に迎える。だから、貴族だからといって妻が多いわけではない」

「ハーレムは男の夢だって親父が言ってたけど?」

「まず娘に男のダメな妄想を教える父親に何か思ったほうがいい」


 まったくです。というかグランハザード、娘に何を言ってるんだ。

 竹を割った性格はアレですか、遺伝ですか?


 さて、これが三つ目です。

 多感な少年少女が集まり始めれば、何が始まるってこんな話ですよ。

 突然、始まる恋バナ&暴露大会。


 勘弁してください。


「で、先生はハーレムとか好き?」

「マッフル君。先生、君のその思考をどうにかするために特別なカリキュラムを作らないといけないようですね?」


 自分が愛しているのはリィティカ先生だけです。


「諦めたほうがいいんじゃない?」

「何を言ってるんですか。諦める要素がどこにもありません」

「あー……、この先生、ダメだ」


 クリスティーナ君もマッフル君も、心なしか目が冷たいです。

 何故だろう。そういえばリィティカ先生を好きだと愛してるだの言う度に生徒は醒めた目で見てきます。


 リィティカ先生に何か問題でもあるんでしょうか?

 いや、リィティカ先生に問題なんてあるはずがない。間違いない。

 となると問題なのは自分。


 そうか。なるほど理解しました。

 自分ではあの素晴らしくも愛らしいリィティカ先生にふさわしい男ではない、というわけですか。


「よし。わかりました」


 何をすればいいでしょうか?

 そう、どんな男と女の関係でも、資産力。つまり女性を養えるだけの資金力がいりますからね。

 十分、お金を持っているうえに家持ちですが、それでも足りないとなると……。


「ちょっと国を盗ってきます」

「ヨシュアン先生はスケールが大きいですね!」


 フリド君が反応してしまいました。


「というかスケールが大きすぎるし、根本から勘違いしすぎ」

「実際、先生ならやりかねないところが怖いですわね」


 んー、実は無理です。

 若い頃は国の一つや二つ、ぶっ壊せるんじゃないかと思っていましたが甘い妄想でしたね。

 戦略級術式師という巨大な力を持っていても、同じような強さを持つ相手なんてリスリア王国でもゴロゴロしてますしね。


 戦闘力ならクライヴやメルサラ、黒いの。

 知能や知性、精神的にという意味ならベルベールさんやレギィ、エドなんて筆頭です。


 この学園でもリィティカ先生やシャルティア先生には頭も上がりません。


 人間である以上、決して人間の囲いからは逃げられない。

 国や人との繋がり、思い入れ、様々な柵から人は逃げられない。

 具体的に自分だって睡眠しますし、寝ている間は無防備です。


 テーレさんみたいな最高の暗殺者でなくても暗殺者に四六時中狙われ、王国騎士に狙われ、国中のお尋ね者になってしまえば、自分だって最終的に疲労で倒れます。


 まぁ、国を盗るなんて冗談ですよ、冗談。


 壊すのだって同じです。


「さて、そろそろ皆お腹もいっぱいでしょう。それぞれの食器を洗って見張りの順番を決めてくださいね。自分は鍋でも洗っていますから」


 鍋の中のシチューはからっぽで、竈の横に置いていたので十分に冷めてます。

 鍋を持って生徒たちから離れて、それから適当な草を丸めてたわし代わりにします。


「リオ・ウォ」


 製水の術式で水を出して、シチューの汚れを落としていきます。

 小川が近くにあれば良かったのですが、ここらにはないようですし、探している前に夜が来てしまいましたしね。


 少しだけ野営地を眺めれば、火の元で騒ぐ生徒たちの姿があります。


 元気ですね。

 森の入口を抜けた時はヘトヘトだったのに。


 なんというか夢のような光景でした。


 かつて内紛の時、貴族は敵でした。

 今も貴族は敵です。

 貴族院はその筆頭で、潜在的に内紛のころの形を残した貴族もまだいるでしょう。


 そういった貴族にとって、自分はやはり敵でしょう。

 馴れ合いも理解もありません。潰すか潰さないか、それだけの関係です。


 でも、あの光景だけはそうではありません。


 貴族のキースレイト君が農民のフリド君をお互い、呼び捨てにしていました。

 クリスティーナ君とマッフル君はお互いの立場なんて口以上に気にしていません。

 貴賎問わず、誰もがティッド君を心配し、負担にならないことを考えました。


 同じ目的を背負って、同じものを見て、違う立場にあるあの5人。


 あんな光景を見たいがために走ってきたわけではないですが。

 もしかしたら、あんな光景を望んでいたのかもしれません。


 ただ貴族を殺すだけではなく、肩を組む。

 そんな関係を、自分はバカ王とだけしかしたことがありません。


 考えてみれば、実例があるのだから、この光景もあるのでしょう。

 訂正しましょう。


 これは夢ではありません。

 現実の続きです。


「さて。寝ている間にまた虫さされにあって死にかけてもらっては困りますね。虫除けの香木くらいシェスタさんが持っているでしょう。頼んでみますか」


 洗い終わった鍋を抱えて、自分は子供達がはしゃぐ火の元へと向かいました。


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