第一章 第二節 食人
最初に異変に気づいたのは、青木だった。
倒れている男の首元に、懐中電灯の光が当たった瞬間、
違和感が、はっきりと形を持った。
「……池田さん……?」
池田修二の身体は仰向けに倒れていた。
だが、首の前半分が、まるで鋭利な刃で削ぎ落とされたかのように失われている。
切断面は不自然に滑らかだった。
刃物ではない。
少なくとも、人間の使う道具ではない。
誰かが、息を呑む音を立てた。
次の瞬間、全員が反射的に周囲へ懐中電灯を向ける。
光が、闇を切り裂く。
その中で、青木は気づいてしまった。
「……まだ、いる……」
数メートル先。
木々の間に、もう一つ、人の身体が横たわっている。
「あ……」
声にならない声を上げたのは、吉田義行だった。
服装を見た瞬間、理解したのだろう。
吉田は列を乱し、一直線に駆け出した。
「隆行!」
弟の名を叫びながら、倒れている身体にすがりつく。
遺体は、ひどく損傷していた。
だが、顔だけは、まだ判別できた。
それを見た瞬間、吉田の喉から、獣のような声が漏れた。
その時だった。
残った四人が、吉田の方角へ一斉に懐中電灯を向ける。
光の円の中で、“何か”が動いた。
隆行の遺体の傍。
しゃがみ込み、背を丸め、肉を――貪っている。
人の形に似ている。
だが、決定的に違う。
異様に長い腕。節のある脚。光を受けて鈍く反射する、硬そうな外殻。
「……っ!」
物部が叫んだ。
「吉田さん、離れて!」
だが、遅かった。
“それ”が、跳ねた。
一瞬だった。
鋭い動き。
次の瞬間、吉田の身体が宙に浮いた。
喉を裂かれ、声を上げる暇もなく、地面に叩きつけられる。
即死だった。
“それ”は、倒れた吉田の身体に取りつき、まるで獣のように食らいついた。
青木の頭が、理解を拒否する。
だが、恐怖だけが先に体を支配した。
「逃げろ!」
久慈が叫んだ、その瞬間。
別の影が、空から降ってきた。
羽音。
一瞬遅れて、重い衝撃音。
「うわっ!」
物部の短い叫び声が上がり、すぐに途切れた。
彼の身体は、地面に崩れ落ちる。
血の匂いが、一気に森に広がった。
残されたのは、久慈と青木だけだった。
二人は、言葉もなく、走り出した。
背後で、何かが動く音がする。
羽ばたき。
硬いものが地面を打つ音。
青木は必死に足を動かす。
息が乱れ、視界が揺れる。
その拍子に、懐中電灯を取り落とした。
闇が、完全に覆いかぶさる。
だが、立ち止まる余裕はなかった。
来た道を、ただ必死に戻る。
後ろから、久慈の叫び声が聞こえた。
短く、引き裂かれるような断末魔。
青木は振り返らなかった。
振り返れば、終わりだと、本能が告げていた。
ただ、闇の中を走り続ける。
背後で、羽音が、確かに近づいてきていた。




