第87話 早見アリス-14
「宝積寺のことは分かった。だが……どうして、北上を理想にしたらいけないんだ? あいつが、悪い女だとは思えないが……?」
「……貴方は、天音さんのどこを見ていたのですか? 顔や胸だけですか?」
「そういう言い方をするなよ……。俺と北上は、知り合いではあったが、親しくなったのは最近のことだぞ?」
「……」
早見はため息を吐いた。
こいつは、きっと、人間観察の能力も高いのだろう。
そのせいで、俺の察しが悪いことに呆れているのかもしれない。
「天音さんは、とても気の弱い方です」
「そうだな」
「強く要求されたことを、断り続けることのできない方です」
「……そうだな」
「本当に分かっていらっしゃいますか? 天音さんに強引に頼み続ければ、身体の関係になることだって不可能ではありませんのよ?」
「そこまでか!?」
「はい」
「……」
確かに、北上は、俺の頼みを拒絶しなかった。
俺の言葉が冗談だったから良かったが……あの調子なら、要求し続ければ、胸を触らせてもらう程度のことはできただろう。
もっと頼んだら、その先の行為もできたのか……?
「それに……天音さんは、誰かを責めるということのできない方です。仮に誰かが痴漢行為をしても、謝れば許してしまうでしょうね」
「それは問題だな……」
「はい。男性は、女性が強く拒まないと、許容していると勘違いすることがありますから」
「……」
「春華さんが、天音さんを理想とした理由は理解できます。世の中の全ての人々が、天音さんのように気が弱くて、誰かを責めたりしなければ、争いなど起こりませんから。ですが……この町に限定しても、全ての人が、天音さんのような人になることなどあり得ません。すると、天音さんを目指した人は、色々なことを押し付けられて、とても損をすることになります。そのような世界は、酷く不公平ですわ」
「ひょっとして……お前が北上に嫌がらせをしてるのは、そのことに気付かせるためか?」
「……私は、天音さんに嫌がらせなどしておりません。それに、天音さんの性格は生まれながらのものなので、それほど簡単には矯正できませんわ」
「……」
早見は、北上に対して、男子の接近を拒絶するように指導したという。
それは、北上が、他人からの要求を断るのが難しい性格だからなのだろう。
あまりにも過剰な対応だと思っていたが……今の話を聞くと、やりすぎだとも言い切れない。
「お前が春華さんの考えに否定的だってことを、宝積寺は知ってるのか?」
「さすがに、玲奈さんがいらっしゃる場所で、口に出したことはありませんが……察していらっしゃると思います」
「それなのに、お前は宝積寺の親友なんだよな? どうしてなんだ?」
「分かりませんわ。ひょっとしたら、私と初めて会った時に、玲奈さんも特別な感情を抱いたのかもしれませんわね」
「……」
俺は、どうしても気になったことを尋ねた。
「なあ……隙を見せたら、宝積寺はお前を殺すと思うか?」
「殺さないと思いますわ」
「……そうなのか?」
「はい。その証拠に、私が玲奈さんに心中を持ちかけた時、断られてしまいました」
「心中……!?」
「去年、玲奈さんが引き籠っていた時の話です。あの時の玲奈さんは、全てを失ったような雰囲気で、私は懸命に励まし続けました。そして、ある日、とても良いムードになったのです。このまま、この方と一緒に死ぬことができたら、幸せな死を迎えられる……心の底から、そう思えた瞬間でした」
「馬鹿じゃないのか、お前!?」
「……黒崎さんにそう言われると、とても腹が立ちますわね」
早見は、非常に不満そうな顔をした。
しかし、少なくともこの件に関しては、俺の言い分の方が正しいはずだ。
「宝積寺が心中を実行しなくて、良かったな……」
「はい。あの時……玲奈さんはとてもお怒りになって、私の顔を、腫れ上がるほど強く叩きました。怒ることは意外ではありませんでしたが、手加減なしで叩かれることは、予想を遥かに上回っていました。やはり、玲奈さんは、私の考えを超越した方なのですわ」
「……おい。お前を殴ったことは、宝積寺が決定的に嫌われた原因なんだぞ? だが、お前の話が本当なら、宝積寺は悪くないじゃねえか」
「そうですわ。ですから、私は皆さんに、玲奈さんがお怒りになった原因をお話ししました。ですが……皆さんは、玲奈さんが悪いとお思いになられたようです」
「どうしてそうなるんだ? 理解できないな……」
「私にも分かりません」
「……」
宝積寺は、小学生だった時のことや、魔女との戦いの時のことで元々嫌われていた。
そのせいで、話が正確に伝わらなかったのかもしれない。
「……ん? そういえば、お前、怪我を治す魔法が使えるんじゃなかったか? どうして、すぐに顔を治さなかったんだよ?」
「治したくなかったからです。玲奈さんの愛を感じたので」
「……愛?」
「はい。玲奈さんに叩かれた時に、私は今までに感じたことのない、強い愛情を感じたのです。誰かに愛されるとは、こういうことなのだと思いましたわ」
「……」
変態だ、こいつは……。
早見の恍惚とした顔を見ながら、俺はそう思った。




