第59話 宝積寺春華-3
「お前らは、もっと、お互いに協力しろよ……」
俺がそう言うと、平沢はため息を吐いた。
「無理よ。それぞれの目標が違うんだから」
「異世界から敵が来るのに、内輪揉めなんて、してる場合か?」
「御倉沢と、神無月や花乃舞は、生きる目的ですら違うのよ? 友達になるだけならともかく、戦場で命を預けることなんて不可能だわ。貴方にだって、仲良くできない人間の1人や2人はいるでしょ?」
「そりゃあ、そうだが……」
「御三家が、垣根を越えた関係を築くことができたのは、春華さんがいた頃だけよ」
「……」
御倉沢にとってはタブーとされている名前が、平沢の口から出て、俺はどう反応すべきか迷った。
俺が戸惑っていることが伝わったのだろう。
平沢は、こちらを観察するように見てくる。
「ねえ。貴方って、御倉沢のことが嫌いでしょ?」
「……そりゃあ、脅されたり非難されたりして、挙げ句の果てには強制的に結婚させられて……そこまでされたら、嫌いにならない奴の方が珍しいだろ」
「そうね。でも、貴方は、玲奈さんやアリスさんに、私たちの良くない話を吹き込まれてるんじゃないの?」
「それは……」
「貴方が、私たちのことを警戒するのは当然だと思うわ。神無月から、御倉沢の評価を聞いて、参考になる意見も多いかもしれないわね。でも、それだけだったら、あまりにも一方的じゃないかしら?」
「俺は、御倉沢の話だけを聞いたわけじゃない。神無月の話だって、一ノ関たちから色々と聞いたぞ?」
「でも、水守さん達には語れないことがたくさんあるわ。例えば、今の神無月が、事実上、当主不在であることとか……」
「神無月の当主が……いない?」
「もちろん、名目上の当主は、神無月愛様で間違いないわ。でも……神無月家の当主は、本当は宝積寺春華さんだと言うべきなのよ」
「……どういうことだ?」
俺が尋ねると、平沢は、俺のことをじっと見つめてきた。
「これから話すことには、神無月の悪口も多く含まれるわ。だから、誰にも言っちゃ駄目よ?」
「いや、ちょっと待て! 神無月は、俺の身の回りに起きたことを、魔法を使って監視してるんだ!」
「……魔法で?」
平沢は、戸惑った顔をする。
そして、周囲を見回してから、突然魔光を放った。
その魔光は、半径10メートル以上の範囲を包んだ。
当然ながら、その範囲内には俺もいた。
「お、おい!」
「安心して。この魔法は、他人の魔光の効果を拡散するためのものよ」
確かに、平沢の魔光を浴びても、俺の身体には何の異変もなかった。
再び周囲を見回した平沢は、不思議そうに首を捻る。
「誰もいないわ。貴方、本当に監視されているの?」
「そうでもなけりゃ、蓮田の家で話したことが、神無月に筒抜けになったりしないはずだろ?」
「でも、魔法で貴方を監視し続けるなんて、非現実的だわ。魔力を大量に消耗することになるもの。貴方が無意識のうちに口を滑らせた可能性の方が遥かに高いわね」
「それは絶対にない。断言する」
「……まあ、いいわ。貴方には、誰かが話すべきことだから」
「……」
宝積寺のような過激な人間がいることを考えれば、他の家について迂闊な話はしない方がいいのだろう。
だが、平沢から神無月の話を聞くのは、俺にとって重要なことである。
神無月を、どの程度まで信用してもいいのか。
それを判断するための、大切な話だからだ。
「まず、前提となる話をさせてもらうけど……私たちにとって、御三家がどういう存在か分かる?」
「いや……」
「絶対の存在よ。外の世界でいえば、神様みたいなものだわ」
「……」
こいつらは、随分と神様が好きなんだな……。
俺は無神論者なので、少し白けた気分になった。
「貴方には、理解できないかもしれないわね。でも、御三家の方々は、多くの魔力を保有しておられるのよ。それだけ異世界人の血を濃く受け継いでいるし、何より、私たちを何百年も導いてくださったの。だから、私たちは御三家の方々に対して、大変な敬意を払っているのよ」
「まあ、分からなくはないが……」
「でもね……それが、宝積寺春華という、たった1人の女性が現れた途端に崩されたとしたら? 私たちのショックがどれだけ大きかったか、想像できるかしら?」
「そりゃあ、神無月にとってはショックだったかもしれないが……御倉沢には関係ないことだろ?」
「いいえ、あるわ。他の家のことだったとしても、御三家という絶対の存在が脅かされたのよ? うちには関係ない、なんて言えないわよ」
「……でも、春華さんだって、神無月先輩の命令には従うんじゃないのか?」
「そうね。命令すれば、だけど」
平沢は、含みのあることを言った。
そういえば……リボンの件で、春華さんは、神無月先輩の「頼みを断れなかった」のだということを思い出す。
「命令に従った」のではない。
「神無月愛様は、血統でいえば、神無月の当主になる可能性が低い方だったわ。第一候補の方との関係では、遠い親戚にすぎなかったのよ。しかも、あの方の魔力量は私と大差ないから、アリスさんや玲奈さんよりも少ないわ。それなのに、あの方は次期当主に選ばれたの。神無月家は、春華さんに一番なついたから愛様を指名したのよ」
「そんな理由で当主を決めていいのか!?」
「いいわけがないでしょ? そんな、御三家の威光を損なうような選び方……。当然、神無月でも、他の家でも、反発は大きかったわ」
「……」
宝積寺春華は、あくまでも、神無月の配下の1人であるはずだ。
それなのに、その春華さんにとって、一番都合の良い人物を当主に選ぶとは……。
「でもね……神無月家の方針は理解できるのよ。春華さんは、完全に別格の存在だったもの。あの人の前に立つと、誰もが、どんなお願いでも受け入れてしまうような気持ちになったわ。あの人と対立しようとする人を当主にしていたら……最悪の場合、神無月家は分裂していたかもしれないわね」
「……お前でも、春華さんの頼みは断れなかったのか?」
「ええ。あの人に『死ね』と言われたら、私は自殺したと思うわ」
「……」
そんな人間が、存在してもいいのだろうか……?
あまりの話に寒気がした。
「まあ、春華さんは、そんなことを言うような人じゃなかったけど……」
「花乃舞の連中も、春華さんには逆らえなかったのか?」
「そうよ。面と向かって、あの人の頼みを断れる人なんて、この世に存在するとは思えないわね。だから、あの人が外に出て行くと聞いた時には……少しだけ安心したわ」
「……」
「でも……それ以上に、怖かった。あの人が小学校に入った頃には、この町は、春華さんを中心にして動いていたから……」
「小学生が、それほどの立場になるなんて……魔光を操れるっていうのは、すごい特権なんだな」
俺がそう呟くと、平沢は首を振った。
「そうじゃないの。そのことが皆に知れ渡る前から、皆があの人に従ったのよ」
「……」
そういえば、蓮田は、春華さんに従いたくなる理由について、誰にも分からなかったと言っていた。
魔光を操れるという事実は、春華さんの偉大さを、あえて理屈で説明するための根拠だったはずだ。
実際に春華さんと会った者にとっては、理屈など必要ではないのだろう。
改めて、春華さんの存在が別格であることを思い知った。




