第54話 宝積寺玲奈-7
教室の扉が開いた。
そして、宝積寺が入ってきた。
教室の中のメンバーから、激しい動揺が伝わってくる。
ここに宝積寺が乗り込んでくるとは思わなかったらしい。
「あら、玲奈ちゃん。帰ったんじゃなかったの?」
「愛様のことは信用できませんから」
「まあ! 酷いことを言うのね? 私、とっても傷付いたわ」
涙を浮かべる神無月先輩に、宝積寺は白い目を向けた。
「……たった今、黒崎さんに、一ノ関さんたちとの離婚を強制しようとしていたでしょう?」
「誤解よ。私は、貴方たちに協力してあげたいと思っているだけなの。私に任せてくれれば大丈夫だから」
「……」
突然、宝積寺は自分の頭の後ろに手を伸ばし、リボンを解いた。
そして、それを神無月先輩へ差し出す。
「黒崎さんと私のことには、今後一切、干渉しないでください」
「……そう。そこまでされたら、仕方ないわね」
神無月先輩は、宝積寺のリボンを受け取った。
そして、そのリボンを自分の頬に当てて、幸せそうな顔をしている。
宝積寺は、その様子を、嫌悪感の籠もった目で見ていた。
「行きましょう、黒崎さん」
宝積寺は、そう言って俺の手を取った。
こいつが俺に触れるのは珍しいことなので、手を引っ込めそうになってしまう。
しかし、宝積寺は、構わず俺を引っ張る。
俺は、教室から連れ出される形になった。
神無月先輩も他の連中も、宝積寺を止めようとしなかった。
宝積寺は無言のままで、俺を昇降口まで、引っ張りながら連れて行った。
久し振りに見せる、強引な態度である。
その後ろ姿を見ながら、リボンを結んでいない宝積寺に違和感を覚えた。
あるべき物がない、というのは、こんなにおかしな印象を受けることなのか……。
当初は、赤いリボンが子供っぽく思えて、あまり良く思っていなかったのに、不思議なものである。
「……先ほどは、お話の邪魔をしてしまい、申し訳ありませんでした」
「いや……助かった」
「……帰りましょう」
「ああ」
俺たちは、靴を履き替えて帰路についた。
「愛様は、私の姉に、強く執着しています。なので……私のことも、ずっと監視しているんです」
帰り道で、宝積寺は、暗い表情で語った。
「あの人の青いリボンは、お前の真似か?」
初めて神無月先輩を見た時から抱いていた疑問をぶつけると、宝積寺は頷いた。
「私が姉からリボンを贈られたのは、まだ5歳の時でした。私がそれを着けているのを見た愛様は、同じ物を欲しがって、姉にねだったんです。姉は、愛様の誕生日に、記念の品として、青いリボンを贈りました。ですが……」
そこまで喋った時に、宝積寺の顔からは表情が消えた。
「私は、心の底から嫌でした。私が頂いたリボンは、私だけのために、お姉様が贈ってくださった、大切な物なのに……」
「春華さんには、断れなかったんじゃないか? あの人は神無月家の当主なんだろ?」
「……だから許せないんです。姉は、自分のことを慕っているアリスさんがねだっても、リボンを贈ったりはしませんでした。同じ物を他の誰かに贈ったら、私を傷付けてしまうことが分かっていたんです。それなのに、愛様は、自分の立場を乱用しました。いくら神無月家の当主でも、やっていいことと悪いことがあると思います」
「……ちょっと待て。そんなに大事に思ってるリボンを、あの人に渡して良かったのか?」
「心の底から嫌です。ですが……黒崎さんのためですから……」
「……迷惑をかけて悪かったな。代わりのリボンを買ってやろうか?」
「やめてください!」
宝積寺が叫んだ。
想定外の反応をされて、俺は面食らう。
「……すいません」
「いや……」
「……私は、姉以外の方から贈られたリボンは、受け取らないことにしているんです。そのことで、私にリボンを贈ろうとしてくださった天音さんを、傷付けてしまったこともありました……。ですが、他の方から贈られたリボンを受け取ることは、お姉様に対する裏切りですから……」
「裏切りって……」
「リボンでしたら、先週の物を着けますので、心配しないでください」
「……ちょっと待て。先週の……?」
「姉は、毎月、週に1本分のリボンを、今でも贈ってくださいます。私はそれを、毎週取り替えながら着けているんです」
「……」
そういえば……宝積寺のリボンは、常に綺麗な物だ。
何年も前に贈られた物を着け続けていれば、どんなに汚さないように気を付けても、色が褪せたりするだろう。
しかし……毎週、新品に替えていたとは思わなかった。
「じゃあ、先週の物は、捨てずに残しておいたんだな?」
「当然です! お姉様から頂いた物を捨てるはずがありません!」
「捨てるはずがないって……ひょっとして、先週の物だけじゃなくて、今までの物を、全部残してあるのか?」
「はい。ですが……残念ながら、先ほど愛様にお渡しした分を含めて、既に5本を失ってしまいました。本当に……残念です……」
涙ぐむ宝積寺を見ながら、俺は生徒会長の言葉を思い出していた。
宝積寺にとって、春華さんは神なのだ。
その意味を思い知って、俺は戦慄した。
「本当に……悪かった……」
「……黒崎さんのために使ったのですから、惜しくありません」
「……」
その言葉は意外であり、非常に重く感じられた。
「……神無月先輩に頼み事をする時には、いつもリボンを渡してるのか?」
「本当に大切なお願いをする時だけです。初めてお渡ししたのは、姉に対してプレゼントを要求しないように、とお願いした時でした」
「それは……あの人も驚いただろうな」
「お姉様から頂いた物を、交渉の材料にするなんて、我ながらどうかしていたと思います。ですが……あの時は、これでも断られたら、愛様を殺して自分も死のうと思っておりましたので……」
「!?」
「……本気でしたよ、私は」
宝積寺の様子からは、冗談やハッタリを言っているようには思えなかった。
そんな理由で、誰かと無理心中をしようと思うなど、完全に理解不能である。
こいつは……正真正銘の狂信者だ……。
俺は逃げ出したい気分になった。




