第300話 宝積寺玲奈-32
思い付いたことがあって、俺は宝積寺に言った。
「外に行くなら……せめて、春華さんと一緒に暮らしたらどうだ?」
「それでは意味がありません。私は、自分だけの力で、正しく生きていきたいのです」
「……」
「黒崎さんの心配は理解できます。外には無数の防犯カメラがあって、人を殺したら、すぐに発覚するのでしょう? 魔法を使うことのできない場所で、完全犯罪など、できるはずがありません。以前、痴漢に遭ったら相手を殺すと言いましたが……外に行ったら、他の解決策を考えるのでご安心ください」
「……」
本当だろうか……?
こいつの場合、問題を解決する手段として、最初に殺人を考えているようだ。
そんな考えの人物が、外に行ったからといって、思考を切り替えられるとは思えないのだが……。
「最後に、これだけは教えてください」
「……何だ?」
「黒崎さんは、結局、私のどこが好きだったのですか?」
「……」
改めて質問されると、返答に困る……。
そう思ったが、宝積寺は曖昧な答えを許すつもりがなさそうだった。
「もちろん、私に対して、性的な関心があったことは理解しています。初めて会った時、私はあのような姿でしたから……。程度の差はあっても、多くの人間には性欲があるので、身体への欲求を抱いたことを強く糾弾するつもりはありません」
「……」
「ですが、身体だけが目当てであれば、私への願望を叶えられる可能性が低いことは分かっていたはずです。黒崎さんが、いまだに私への関心を保っている理由が分かりません」
「……」
色々なことを考えて、結論は、百合香さんと話した時と同じようなものだった。
俺は正直に答えた。
「それは、お前が正しいと思ったからだ」
「正しい……ですか?」
「敵を殺すのは、誰にでもできることじゃないからな」
「……」
「もちろん、殺さないで済むなら、殺さない方がいいと俺は思ってる。だが、この町は特にそうだが、敵を殺さないと解決できない問題だってあるだろ?」
「……私たちが初めて会って、翌日に仰った言葉は、出任せではなかったのですか?」
「お前と会ったばっかりの時期には、今ほど深くは考えてなかったことは否定しない。だが……この町の連中は、敵と戦う姿勢が充分じゃない。どちらかといえば、他の誰かが戦ってくれることを期待してるように見えるだろ? そんな連中よりは、お前の方がまともだ。実際に、お前に助けてもらったことのあるメンバーは、お前に感謝してるんだ。一ノ関や大河原先生だって、ちゃんと感謝してるんだぞ? もちろん、俺も感謝してる」
「……」
宝積寺は、嬉しそうな顔をしなかった。
何故か、気まずそうにしている。
「これまでの人生で、私が一番嬉しかったことは……」
「……?」
「……あきらちゃんに襲われても、殺したいとは全く思わなかったことです」
「……」
「刃物で、寝込みを襲われたというのに……私は、あきらちゃんを助けたいと思いました。腕を折ってしまったために心配になり、服を着ることよりも、慌てて追いかけることを選んだほどです……」
「……」
さすがに、ブラジャーは着けたんだよな……。
その事実について長町から聞いていたが、それを聞いたことは絶対に知られてはならない秘密なので、口には出さなかった。
「私は、あきらちゃんに襲われた時まで……相手が誰であっても、襲われたら殺すことができると思っていました。しかし、殺すことのできない相手もいることを、あの時に痛感したのです……」
「じゃあ、あの集まりの時に、御倉沢を滅ぼしたかったって言ったのはハッタリだったのか?」
「御倉沢家を滅ぼすことを、お姉様に提案したのは事実です」
「……」
「ですが……今にして思えば、あの人たちを殺したとしても、報復に来た人たちを躊躇なく殺せたかは分かりません。私の武力を用いて体制を転覆することを否定したお姉様は、やはり正しかったのだと思います……」
「お前が、あかりさんの妹を殺せないのは当たり前だ。そんな女だったら、さすがに好きにはならなかっただろうな」
「……人は複雑で、難しい存在ですね……」
「そうだな」
少しの間、どちらも口を開かなかった。
それから、宝積寺は顔を逸らしながら言った。
「……これについては、話すべきかを迷っていたのですが……」
「何だ?」
「……私が黒崎さんとの別れを考えたのは、天音さんが妊娠した事実を聞く前でした」
「そうだったのか!?」
「はい。黒崎さんが、飛鳥さんの子作りに協力する可能性があると聞いたので……」
「……!?」
こいつ……誰から、あの話を聞いたんだ……!?
俺と黒田原のやり取りを知っている人間なんて、ほんの数人しかいないはずだが……。
「私には、知られたくなかったご様子ですね?」
「……まだ、約束したわけじゃないからな……」
「聞いています。ですが、私は、黒崎さんの異性関係については全く信用しておりません」
「……」
「今は、ご自身の倫理観に阻まれて、前向きに考えてはいないでしょう。ですが……いずれ、衝動を抑えられなくなることは想像に難くありません。そういう人でなければ、飛鳥さんから話を持ちかけられた時に、きっぱりと拒否したはずです」
「……」
それについては、否定するのが難しかった。
黒田原ほどの女からの提案なので、チャンスがあったら、断り続けるのは難しいと思う。
「……一体、黒田原のことを誰から聞いたんだ?」
「小鳥ちゃんです」
「!?」
黒田原の妹が……密告した!?
あのガキ……俺や黒田原のことを応援しているようなことを言っていたのに、何を考えてるんだ!?
「誤解しないでください。小鳥ちゃんに悪意があったわけではありません。飛鳥さんは真面目な方ですので、いずれ秘密を守れなくなると考えて、私に根回しをしに来たのです。妹である小鳥ちゃんから伝えられたら、私が怒りにくいだろうと認識していたでしょう」
「……」
確かに、宝積寺は、誰かの妹に対して甘い女だ。
小鳥から伝えられたら、黒田原本人から伝えられるよりも、怒りが湧かないことは想像できる。
「黒崎さんに対して、そのような提案をした飛鳥さんへの怒りはありません。ただ……飛鳥さんが黒崎さんの子供を産んだ場合には、御倉沢の方々の子供や、天音さんの子供とは兄弟姉妹になってしまいます。飛鳥さんの子供にかかる負担が、あまりにも大きくなるのではないか……そのことを心配しています」
「……」
「そして……正直に申し上げると、異性関係で飛鳥さんに負けるのは、私にとってショックが大きすぎます。決して、飛鳥さんを軽く見ているわけではありませんが……この町では、アリスさんや天音さんのような評価を受けているわけではありませんから……」
「お前でも、この町での評価なんて気にするんだな」
「……飛鳥さんについては問題ない、と思い込みたかっただけです」
「……」
「私にだって、男を取られたくないという感情はあります。悔しいと思うのは、当たり前のことではないですか」
「……そうだよな」
周囲からの評価が高い北上や早見であればともかく、目立たない存在として扱われている黒田原に負けるのは、さすがに予想外だったのだろう。




