第179話 大河原桜子-15
「そういえば、美樹さんは宝積寺の本性を知ってたんですよね? 宝積寺が参加することに反対しなかったんですか?」
俺が指摘すると、大河原先生は少しムッとした様子を見せた。
「反対はしなかったわ。でも、あれは、美樹さんにとっても苦渋の選択だったのよ。あの時には、美樹さんだって、いつ倒れてもおかしくない状態だったんだから」
「そうだったんですか?」
「ええ。美樹さんは、身体があまり丈夫ではないの。本当は、率先して戦えるような人ではないのよ」
「……そういえば、美樹さんって、何か特殊な魔法が使えるんですか? 早見が、それっぽいことを話してたんですけど……」
「それについては、いくら黒崎君でも話せないわ」
「……」
回答を拒否されてしまったという事実から、美樹さんも、何らかの特殊な魔法が使えるらしいことを察する。
イレギュラーの前までは、宝積寺の能力が秘密にされていたように、美樹さんの能力も秘密にされているのだろう。
考えてみれば、宝積寺姉妹だけが特殊な魔法が使えるというのはおかしな話だ。
他にも、そういう能力を持っている人間がいても不思議ではない。
本当に「運」を操れるのかは疑わしいが、魔光や魔素とは異なるものを操ることができるのだろう。
「とにかく、美樹さんは、自分の力では皆を守れないから、念のために玲奈ちゃんにも参加してもらったのよ。それが良かったのか、悪かったのかは判断が難しいわね……」
「メンバーに参加した時に、宝積寺はどんな様子でしたか?」
「……どん底に沈んだみたいな様子だったわ。まるで、春華さんが亡くなったみたいだったわね。あかりさんや利亜が励ましていたけど、近くで見ていて、足手まといが増えて迷惑だと思ったわ。少し意外だったのは、愛様も、玲奈ちゃんを軽蔑したような顔をなさっていたことよ」
「神無月先輩が……?」
「私が見るかぎり、愛様は玲奈ちゃんを良く思っていないご様子だったわ。ひょっとしたら……妹として、いつも春華さんの近くにいる玲奈ちゃんに嫉妬していたのかもしれないわね」
「……」
少し意外な話だったが、言われてみれば、ありそうなことだと思った。
神無月先輩は、春華さんのことが好きなのであり、宝積寺のことが好きなわけではないのである。
宝積寺のリボンをもらって喜ぶのも、それが春華さんから妹へのプレゼントだったからなのだ。
「色々と、参考になる話をありがとうございます。それで……宝積寺が異世界人を殺した時のことを、そろそろ聞かせてもらってもいいですか?」
「……そうね。教えてあげる。あの時、異世界人は、私達を襲おうとしていたわけではないってことを……」
「えっ? じゃあ……まさか!?」
「玲奈ちゃんは、自分や仲間を守ろうとしたわけではないのよ」
「……!」
最悪だ……。
誰かを守ろうとしてやり過ぎたのと、ただ相手を殺したくて殺したのとでは、その正当性に大きな乖離がある。
宝積寺が仲間を守ろうとしたのでなければ、妹の殺人を肯定した春華さんの発言にも大きな疑問符が付く。
「もう少し正確に言うなら……あの時は、相手を殺してでも、自分達を守らないといけないような状況ではなかったのよ」
「だったら、宝積寺はどうして、異世界人を殺したりしたんですか……!?」
「異世界人の態度が悪かったから、キレちゃったの」
「……」
「私達が出会った4人の異世界人は、こちらのことを馬鹿にするような態度だったわ。黒崎君が言ったみたいに、こちらを原始人……いいえ、それ以下の存在だと認識していたようだったわね」
「……そういう異世界人って、多いんですか?」
「いいえ。ひょっとしたら、4人も集まって、気が大きくなっていたのかもしれないけど」
「……」
「それで、私達は異世界人に苛立ちながら、警戒していたの。だって、相手がこちらを対等な存在だと認識していなかったら、理不尽なことをされるかもしれないでしょ? でも、その警戒が、態度に表れてしまっていたらしいのよ……。異世界人の1人が私に突っかかってきて、あかりさんはその異世界人を宥めようとしたわ。そうしたら、その異世界人はあかりさんを突き飛ばしたのよ」
「それで、宝積寺がキレたんですか?」
「ええ」
「だったら、宝積寺はあかりさんを守ろうとしたんでしょう?」
「全然違うわ。あかりさんを守るためなら、相手の両腕を斬り飛ばしたうえに、全身をバラバラにする必要なんてないもの」
「……」
やはり、宝積寺は、そういう殺し方をしたのか……。
カーラルやファリアを殺した時の手際の良さは、同じようなことをした経験も影響していたのかもしれない。
「不謹慎だけど……黒崎君を異世界人から助けた時に、貴方は運がいいと思ってしまったわ」
「俺が……?」
「だって、あの時に玲奈ちゃんが殺したのは2人だけでしょ? しかも、黒崎君を巻き込まないために、玲奈ちゃんは大人しい戦い方をしていたわ。死体の損傷があの程度で済んだのは、あの子が手加減していたからなのよ」
「あれでも、手加減を……!?」
「ええ。私達の時は、あの程度じゃ済まなかったわ。目の前で、異世界人の身体がグチャグチャになって……楓が失神しただけじゃなくて、利亜は吐いていたし、愛様は腰を抜かしていたわ。由佳さんや雪乃様ですら、顔を真っ青にして立ち尽くしていたほどだったわね。私だって……今でも、時々夢に見るわ……」
「……早見は、感動したと言っていましたが……」
「あの子って……はっきり言って、頭がおかしいのよ」
「……」
「でも、アリスだったら、相手の腕を安易に斬り飛ばしたりしないわね。あの子は、必要なら、相手の両腕をためらわずに折るでしょうけど、不必要なダメージを相手に与えて楽しんだりしないもの。それは、花乃舞の人間も同じだわ。私達は、必要なら相手を殺すことができるように訓練を積むけど……実際に相手を殺す機会なんてほとんどないし、もしも殺したら、嫌な気持ちになると思うわ。それなのに……」
そう言って、先生は俯いた。
「玲奈ちゃんって、人を殺すことに抵抗がないし、人間の内臓や脳や死体に対する恐怖心が一切ないのよ……。殺す必要があっても殺せない人が少なくないし、もしも殺したら、激しい恐怖や後悔を覚えるのが普通なのに……。あんな恐ろしい殺し方ができるなんて、同じ人間とは思えないわ……」
そう言いながら、先生は自分の身体を抱くようにした。
宝積寺が引き起こした惨劇は、多賀城先輩だけでなく、先生にとっても大きな精神的ダメージになっているようだ。




