第158話 渡波雫-7
渡波の部屋まで俺達を案内した後で、松島は立ち去った。
2人になって、何を話せば良いか分からなくなる。
考えてみると、俺と渡波の付き合いは短いのだ。
「須賀川と一ノ関は、もう退院したらしいな。お前も、早く良くなるといいな」
「……そうだね」
「蓮田も調子は悪くなさそうだったから、しばらく様子を見たら退院できるかもな」
「……」
「……ひょっとして、疲れてるのか?」
「そうじゃないけど……水守ちゃん達って、黒崎君と同じ家で暮らすんでしょ?」
「お前も、退院したら、俺達と一緒に暮らすんだろ?」
「でも……私が退院しても、入る余地があるのかと思って……」
「……」
「私は、水守ちゃん達よりも後に、黒崎君と仲良くなったから……。しかも、この身体だと、黒崎君に迷惑かもしれないし……」
俺は、暗い表情で話している渡波の頭を撫でた。
「……黒崎君?」
「不安にさせたなら悪かった。俺は、女の扱いなんて慣れてないんだ……。やっぱり、普通の男に、何人も女がいるなんて無理があるんだろうな……」
「黒崎君は、全然普通じゃないよ。玲奈ちゃんを落とした男子なんて、黒崎君が初めてなんだから……」
「宝積寺のことは、運が良かっただけだ。他の人間がスルーしてた、毒を持ってる犬を拾ったようなもんだろ?」
「毒って……」
「……ただの例え話だ」
「……」
「とにかく、俺は特別な人間じゃない」
「それは違うよ。黒崎君の近くには、アリスちゃんがいて、天音ちゃんがいて、大河原先生がいるでしょ?」
「北上は……本人がちょっと特殊なだけだ。早見は、宝積寺が俺に惚れたから、ちょっと興味が湧いただけなんじゃないか? 先生は、俺が外から来た年下の男子だったから、狙おうと思っただけだと思うぞ?」
「……」
「とにかく、俺は大した人間じゃない。そのせいで、お前らの期待に応えられなかったら悪いと思うが……」
「……黒崎君は特別な人だよ」
「どうして、そう思うんだ?」
「だって……吹雪様が、黒崎君を認めたんだから……」
「生徒会長が?」
そういえば、魔物と戦う前に、渡波と須賀川が何かを話していた。
あれは、俺に対する生徒会長の評価を伝えたのだろう。
決して俺に対して好意的ではなかった渡波が態度を改めて、須賀川が俺の前で脱いでも良いと思ったほどの話だったのだから、きっかけが、こいつらが絶対視している生徒会長であるというのは分かり易い。
だが、生徒会長が俺を評価したとしても、本心から評価しているのかは分からない。
魔力がボーダーラインを上回っていない女子は、1人でも多く、俺に押し付けてしまおうと考えているかもしれないからだ。
「私は、黒崎君に愛されたいな……」
「……裸まで見せてもらって、見捨てるようなことはしない。そもそも、お前は美人だし、体型にも恵まれてるから、捨てられる心配なんて要らないだろ」
「だったら……抱いてよ……」
「おまっ……!」
「……私とは、嫌なの?」
「……」
俺は、予告せずに、車椅子から渡波を抱き上げた。
「……!」
さすがに動揺した様子の渡波を、俺はベッドに寝かせた。
「……」
渡波は、ベッドの上で躊躇する様子を見せたが、やがて目を閉じだ。
俺は、渡波の両肩に手を置いてから言った。
「渡波……この病院には、今、宝積寺がいるんだが……本当にヤッてもいいのか?」
「……!」
渡波は、ギョッとした顔をした。
そして、焦った様子で部屋の扉の方を見る。
「それは……ちょっと……」
「だよな」
「……」
渡波は、俺を押し退けるような仕草をした。
さすがに、宝積寺が近くにいる状況で、俺と肉体関係を持つ度胸はないのだろう。
だが、その顔は不満そうなものだ。
俺は、渡波を抱き起こした。
そして、ベッドの縁に座らせて、正面から向き合う位置に立つ。
「……しないなら、出て行ってよ」
「代わりに、キスしてもいいか?」
「……玲奈ちゃんが知ったら、怒るよ?」
「今さらだろ」
「……」
渡波は、改めて目を閉じた。
俺は、その唇に、軽く唇を重ねた。
「……ひょっとして、慣れてる?」
俺が離れると、渡波は、こちらを疑いの目で見ながら言った。
「慣れるほどは、してないんだが……」
「……いいよ。分かってるから」
渡波は、ため息混じりに言った。
「誤解してるかもしれないが、キスの相手は御倉沢の女子だけだ」
「えっ? 玲奈ちゃんとは……?」
「してねえよ」
「……本当に?」
「本当だ。初めて話をした日に同じことを言ったら、一ノ関にも驚かれたが……」
「そうなんだ……。でも、水守ちゃん達とは何度もしたんでしょ?」
「……お前が思ってるほど多くないはずだ」
「そう……」
俺は、渡波を抱き締めて頭を撫でた。
渡波は、少し驚いた反応をした。
「お前の髪は、サラサラだな……」
「……渚ちゃんのおかげだよ。身体が思うように動かなくなっても、女の子は、髪を大事にしないと駄目だって……丁寧に洗ってくれたんだ……」
「そうか……すごいな。なかなかできることじゃない」
「渚ちゃんには感謝してるよ……。でも、私は、あんなにいい子にはなれないと思っちゃった……」
「そりゃそうだろ。大抵の人間には無理だ」
「……」
「だが、松島だって、腕力や体力がこの世界の人間よりも優れてるからできるんだ。やりたくても、できない人間は多いだろうな……」
「……私、思っちゃったの。どうして、私だったんだろうって……。もしも、身体が治らなかったらって思うと、不安で……」
「そう思うのは仕方ない」
「……私が嫌な子でも、退院したら、迎え入れてくれる?」
「当たり前だ。それに、お前は、異世界人に襲われた時に、すぐに下の階に向かっただろ? 性格が悪かったら、ああいう動きはできないと思うぞ?」
「……ベッドの上で、黒崎君の期待に応えられないかもしれないけど……?」
「そんなことを心配しなくても、お前は充分に魅力的だ」
「……そう?」
「第一、他の連中だって、そんなテクニックを発揮するタイプじゃないだろ?」
「……言われてみれば、そうだよね」
納得してもらったところで、俺は、渡波ともう1回キスをしてから部屋を出た。




