第155話 長町あきら-4
俺が部屋から出ると、長町と桐生がいた。
長町は、真っ赤になって俯いている。
「お前ら……聞いてたのか?」
俺が睨むと、桐生は首を振った。
「聞いてないよ。蓮田さんのことを、ちゃんと励ましてあげた?」
「ああ」
「そっか。きっと喜んでると思うよ」
桐生は、そう言って笑顔を浮かべた。
どうやら、桐生は本当に聞いていなかったらしい。
「長町……お前、聞いてただろ?」
俺がそう言うと、長町は露骨に焦りはじめた。
「き、聞いてません! 聞こえただけです!」
「……聞いてるじゃねえか」
「ただの事故です!」
「このことは、あかりさんに伝えておかないとな……」
「わざとではないと言ってるじゃないですか!」
長町は、涙目になって言ったが、どうにも信用できない。
こいつ……俺とあかりさんが話していた時にも、やはり立ち聞きしていたのではないだろうか?
「黒崎君、あきらちゃんをいじめたら駄目だよ?」
桐生はそう言いながら、慰めるように長町の頭を撫でた。
「お前は、何でもいじめにするんだな……」
「小さい子には優しくしてあげないと」
「小さい子って……たった2歳の差だろ? 身長だって、お前と同じようなもんじゃないか」
「……私、小さくないもん……」
「……」
桐生は、自分が小柄なことを気にしているらしい。
だが、この女は、この町ではもちろん、外でも高校生としては小柄だと思う。
なにせ、かなり小柄な長町と同程度の身長なのである。
いや……よく見ると、桐生の方が、長町よりも少し背が低いようだ。
これで「小さくない」は無理がある。
そう思ったが、口には出さなかった。
長町が、「言ったら絶対に許さない」といった顔で、こちらを睨んでいたからだ。
「美咲さん、もう一度、蓮田先輩のことをお願いします。私は、黒崎先輩を渡波先輩の所までご案内しますので」
「うん」
桐生が頷いたのを見て、長町は、俺の手を引っ張って歩きだした。
「お前……誤魔化してうやむやにしようとしてるだろ」
「誤魔化してません!」
「……」
頑なに否定する長町の言葉を、俺は全く信用しなかった。
そのまま、無意味に早足で俺を引っ張っていた長町は、突然足を止めた。
待合室らしき部屋から、あかりさん達が出てきたのが見えたからだ。
「あっ、あきらちゃん。小鳥ちゃん達の所に行くの?」
宝積寺と腕を組んだ状態で、あかりさんが尋ねてきた。
「……はい」
答える長町の視線の先には、あかりさんではなく宝積寺がいる。
宝積寺は、その視線から逃れるように顔を背けた。
「意外と早かったですね。話はもう終わったんですか?」
俺が尋ねると、あかりさんは頷いた。
「私が伝えたいことは、全部伝えたから」
「お二人に元の関係に戻っていただければ、玲奈さんを病院にお連れした甲斐があったというものですわ」
早見は、とても満足した様子である。
そんな早見に対して、宝積寺は複雑な表情を浮かべた。
そして、長町は、宝積寺の方へと歩み寄って言った。
「玲奈さん。私からも、どうしてもお伝えしたいことがあります」
「……何ですか?」
長町は、唐突に、あかりさんに抱き付いて、宝積寺から奪い取るようにした。
「私の姉はお姉様だけです! お姉様の妹も私だけですから! いつまでも、私達の姉妹のように振る舞うのはやめてください!」
「まあ! あきらちゃんったら……。ごめんね、玲奈ちゃん。この子、私の主人に対しても同じような態度なの」
「私……あの人のことを義兄だとは認めていません! あの人は……学生時代、大河原先生に何度もプロポーズしたんですよ!?」
「えっ……!」
この場にいるメンバーで、俺だけが驚きの声を上げていた。
大河原先生とあかりさんは、年齢は同じだが、女性としては対極にあるような存在である。
何より、あかりさんとその旦那さんは、ずっと両想いだったのだと思っていたが……。
「あきらちゃん……それは言わないで。私達の学年の男の子は、皆、桜子ちゃんのことが気になってたんだから」
「でも、あの人は、お姉様が入院している時にも、大河原先生にアプローチしていたんですよ!?」
「その時に、桜子ちゃんに説得されて諦めたんだから、それでいいじゃない」
「お姉様は……お人好しだと思います!」
「いいのよ、あの人がどう感じても。大切なのは、私があの人を愛していることなんだから」
「さすがはあかりさんです。とても素敵だと思いますわ」
早見は、笑顔で、手を合わせながら言った。
この女……浮気されたら、相手の男を去勢するとか言ってたはずなのだが……。
「アリスさんだったら、浮気をする男なんて許さないですよね?」
長町は、俺と同じようなことを思ったらしく、早見のことを疑わしそうに見ながら言った。
「当然ですわ。ですが、あかりさんは許せる人なのですから、それで良いではありませんか」
「……不公平だと思います」
長町は、明らかに納得していない様子だった。
あかりさんは、そんな妹の頭を、宥めるように撫でた。
「美咲さんは、香奈さんの所にいらっしゃいますか?」
早見の質問に、俺は頷いた。
「ああ」
「では、私達も香奈さんの所に参ります。本日の目的はお見舞いですから」
「そうしてくれ」
早見は、宝積寺の手を取り、あかりさんを促した。
あかりさんは、名残惜しそうに自分の妹を抱き締めて撫でてから、宝積寺と再び腕を組んで歩き出した。
長町は、宝積寺の背中を、とても不満そうな顔で見つめていた。
「あかりさんと宝積寺は、姉妹というよりは、恋人みたいに見えるな……」
3人を見送ってから思わず呟くと、長町は激しく反応した。
「ちょっと、やめてください!」
「あかりさんが幸せなら、それでいいだろ?」
「嫌ですよ! 冗談ではありません!」
「宝積寺が、あの夜以外の時に、お前に何かしたのか?」
「あの人がお姉様に何をしたのか、黒崎先輩だってご存知でしょう!?」
「それこそ事故だろ。あかりさんは、宝積寺のことを恨んでないんだろ?」
「……あの人は、ずるい人だと思います」
「ずるい?」
「だって、春華さんを頼って、お姉様を頼って、アリスさんや天音さんを頼って……今は黒崎先輩を頼っているじゃないですか。まるで、頼れるなら、相手は誰でもいいみたいです」
「……本当に、誰でもいいのかもしれないな」
「えっ?」
「宝積寺は、誰かに縋らないと生きていられないんだろ。誰か、自分を肯定してくれる人間が、近くにいないとな……」
「何ですか、それ?」
「これについては、お前に理解できないのは仕方がないな」
「理解したくありませんよ……」
長町は、釈然としない様子だった。
こいつらは、御三家が絶対的な存在だから、頼る相手がいないことの恐怖が分からないのかもしれない。
宝積寺が抱える特殊な事情があることも、事実ではあるのだが……。




