第151話 黒田原飛鳥-3
「えっと、つまり……アリスさんのお父さんって、神無月家の人なの?」
桐生が、情報を整理するように言った。
「はい。私の父は、愛様のお母様の兄です」
「そうだったんだ。それで、飛鳥さんも天音さんも、アリスさんのことを『アリス様』って呼んでるんだね!」
「仰るとおりですわ。ですが、美咲さんは今までと同じように、私のことを呼んでください」
「うん!」
桐生は素直に頷いた。
その反応に、黒田原は驚いた顔をする。
神無月先輩を神のように敬っている立場としては、早見の言葉に素直に同意することには、違和感があるのかもしれない。
「お前……似非のお嬢様じゃなかったんだな……」
俺が思わずそう言うと、早見はとても不満そうな顔をした。
「あら? それはどのような意味ですの?」
「……何でもない」
「黒崎さんは……最近、私のことを馬鹿にしていらっしゃいませんか?」
「気のせいだ」
「……」
早見は、俺のことを疑うような目で見た。
俺の中で、早見の評価が変わったのは間違いない。
神秘的な存在から、生身の女子高生に変わったのである。
とはいえ、自由に触れることができる相手でないことは変わらないのだが……。
「黒崎君、アリスさんをいじめたら駄目だよ?」
桐生が、真面目な顔をしながら言った。
「いじめって、お前……」
早見をいじめることなど、誰にもできないだろう。
いじめっ子だった時の大河原先生ですら、早見とは仲良くしていたのである。
それは、早見が神無月家の人間の娘だからなのかもしれない。
「美咲さんは、お優しい方ですわね」
そう言いながら、早見は桐生を抱き締めて、頭を撫でた。
この女にとって、誰かと親しくなるということは、その人物と密着することを意味するらしい。
その様子を見て、宝積寺は、何故か早見を睨んだ。
まるで、早見と桐生が仲良くなることを、快く思っていないようである。
「アリスさんのように自由気ままな人には、責任を伴う立場は務まらないと思います」
「玲奈さん……最近、私に対して、とても冷たいように思いますわ……」
早見が、少しだけ悲しそうな声を出した。
演技である確率は高いが、案外、宝積寺に冷たくされるのは本当に嫌なのかもしれない。
宝積寺は気まずそうな顔をした。
早見の言動に対して不快に思うことも多いはずだが、互いのことを親友だと思っていることも事実であるはずだ。
目の前で泣かれたら、いくら宝積寺でも参ってしまうだろう。
「玲奈さんも、アリスさんと喧嘩しちゃ駄目だよ?」
「……すいません」
「あら。私と玲奈さんは、仲が良いから喧嘩ができるのですわ」
「お前らは、そういう関係とは違うと思うんだが……」
俺は客観的な指摘をしたが、早見はそれが聞こえなかったように、桐生の頭を撫で続けた。
「あっ、忘れてた!」
唐突に、桐生がそう言った。
「まあ! それは大変ですわ。何をお忘れになられたのですか?」
「お見舞いに行くんだから、お花を買わないと」
桐生がそう言うと、宝積寺と黒田原は顔を曇らせた。
「美咲さん、それは……」
「いけません。お見舞いにお花を持っていくのは、花乃舞の習慣です」
「えっ、そうなの?」
「はい。神無月でも御倉沢でも、お見舞いにお花は持って行きません」
「ということは……あの人は花乃舞の人だったんだな」
俺が独り言を呟くと、皆が俺に注目した。
「あら。どなたか、病院にお花を持ってきた方と、お会いになられたのですか?」
「ああ。退院する時にすれ違って、『ごきげんよう』って挨拶されたんだが……」
「……!」
俺の言葉に、宝積寺と黒田原だけでなく、桐生も顔を見合せた。
どうやら、全員に心当たりがあるらしい。
外から来た桐生ですら、あの女性のことを知っているのは意外だが……。
「あら。それは、おそらく美樹さんですわ」
「美樹さん、というのは……まさか、館腰美樹さんのことか?」
「はい。その方は、美咲さんと同じような髪の色ではありませんでしたか?」
「……そういえば、似たような、明るい色だったな」
「でしたら、間違いないと思います。他に、心当たりはございませんもの」
「……」
何度も話を聞いていたが……あの人が、館腰美樹さんだったのか……。
妹である館腰雅とは似ていなかったため、全く予想していなかった。
館腰さんは、美人ではあったが、挨拶の言葉を除くと普通の人に見えた。
事前に聞いていた話によれば、もっと神秘的で、神々しい雰囲気の持ち主なのかと思っていたが……。
「美樹さんは、イレギュラーの時点で高校を卒業なさっていた唯一のメンバーでした。皆にとって姉であり、同時に母であり、そして守り神のような御方でした」
「守り神?」
「美樹さんがいらっしゃると、危機的な状況であっても、なぜか乗り切れてしまうのです。きっと、美樹さんは、幸運を呼び寄せる魔法を使うことができるのだと思いますわ」
「まさか、そんな……」
魔法は、水や大地といった、目に見える存在を操るのが基本であるはずだ。
光や重力を操るのは例外的な魔法であり、魔光や魔素を操れる者は、それぞれ1人だけである。
「運」などという、極めて漠然としたものを操れる魔法が存在するとは思えないのだが……。
「あら。あり得ないとは言い切れませんわよ? 反重力の魔法だって、かつては、人間には絶対に使えないと言われていたのですから」
「その話はやめてください」
「……失礼いたしました」
宝積寺に言われて、珍しく、早見はその言葉に従った。
今まで、それらしい言動をしたことはなかったが……ひょっとしたら、宝積寺は、自分の母親を嫌っているのか?
宝積寺姉妹の母親は奔放な人だったらしいので、潔癖なところのある宝積寺が嫌っていても意外ではないが……。
「それじゃあ……お花の代わりに、何を持っていけばいいんだろう?」
気を利かせたのか、桐生は話題を戻した。
「何も持っていかなくて大丈夫ですわ。会いに行くだけで、気持ちは伝わりますから」
「それって素敵だね!」
「そうですわね」
……そうなのだろうか?
安上がりでいいとは思うが……。
結局、俺達は手ぶらで病院に行った。
ロビーに入ると、そこには黒田原を縮めたような女子がいた。
「雛……?」
「飛鳥お姉様!」
どうやら黒田原の妹らしい女子は、嬉しそうに黒田原に飛び付いた。
よく似た姉妹である。
長身であるところも似たらしく、姉ほどではないものの、妹の方も背が高そうだ。
おそらく、もう1人の妹も、背が高いのではないだろうか?
そうだとしたら、小ささを強調するような名前は不釣り合いである。
いくら次女や三女であっても、娘の名前は安易に付けない方が良いのではないかと思う。
「雛、小鳥はどこにいるの?」
「小鳥お姉様は、今、松島先輩と一緒に、渡波先輩のお部屋にいらっしゃるはずです」
「そう……。案内してもらってもいいかしら?」
「はい!」
「それでは、皆さん……私は先に参ります」
そう言って、黒田原は妹を連れて立ち去った。
まるで、自分の妹をトラブルから遠ざけようとしているようだった。




