第141話 早見アリス-22
「……宝積寺は何も悪いことをしてないから、今回のこととは事情が違うだろ?」
俺が抗弁すると、早見はそれを、すんなりと受け入れた。
「それを言われてしまうと、困ってしまいますわね。……仕方がありません。どうしてもと仰るのであれば、スカートの中には手を入れないという条件と、中を覗かないという条件を守れるのでしたら……」
「いいのか!?」
「人の記憶を消すことが、重大な行為だということは理解しておりますので。……気持ちが悪いと心底思いますが、今回ばかりは許容いたします」
「そうか!」
「こんなことは、今回限りですからね?」
「……できれば、頬で感触を確かめたいんだが……いいか?」
「……」
早見の顔から、あらゆる感情が消えた。
不自然なほど無表情な顔で、こちらを見つめてくる。
さすがに、要求しすぎただろうか……?
だが……このチャンスを逃すわけにはいかない。
俺は、早見に気圧されながらも、相手を見つめ返した。
「……」
「……」
早見は、無表情のまま、無言でこちらを見つめ続けた。
だが、俺は自分の発言を取り消さず、そのまま待った。
冷や汗が噴き出してくる。
このまま取り消さなければ、早見が怒って、大変なことになるのではないか……?
そんな恐怖によって俺が根負けする直前に、早見が口を開いた。
「それで、私が黒崎さんに対して行ったことを、全て許していただけるのでしたら……」
「いいのか!?」
「……本当に、嫌がっている女性の脚に、顔を押し付けるおつもりですか?」
「やってみたいんだから、当然だろ?」
「……分かりました。黒崎さんが、大きな胸を愛してやまないだけでなく、女性の脚についても異常なほど愛していらっしゃるということは、玲奈さんにご報告いたしますわ」
「それはやめてくれ!」
「……玲奈さんに知られたくないようなことを、玲奈さんの親友である私に対して行うのは、いかがなものでしょうか?」
「仕方がないだろ! 今のお前にしか頼めないんだよ!」
「……」
「……」
「……本当に、今回だけですわよ?」
「いいんだな!?」
「ただし……私が我慢できる限界を超えないようにしてください。絶対に、私の脚に唇を付けたり、舐めたりなさらないでくださいね? この条件を破ったら、黒崎さんの性癖を、玲奈さんに限らず、この町のあらゆる女性に言い触らしますわ」
「それは……」
「わざとではなくても、決して許しませんわよ? 黒崎さんが私に要求したことの内容が、広く知れ渡ったら……どうなるか、分かりますわよね?」
「……気を付ける」
ようやく話がまとまって、俺は、表情が消えて人形のようになった早見の脚に触れた。
俺が脚に顔を押し付けても、早見は何の反応も示さなかった。
「……」
「……」
早見の脚は、細いのに柔らかい。
しかも、肌は滑らかでみずみずしい。
そして……前から思っていたことなのだが、早見は匂いがいいのだ。
俺は、最高の女の感触を、一切の遠慮をせずに堪能した。
ちなみに、この女は声も良い。
早見が、男の五感の全てにとって最高の女であることは疑いようがない。
一瞬、白い素足を舐め回したい衝動に襲われて、俺は早見から離れた。
「気が済みましたか?」
「……ああ」
早見は、感情の伴わない顔で、俺のことをじっと見つめている。
この女が、そういう顔をしていることに恐怖を覚えた。
「……いい脚だな」
「そうですか」
「……感謝してる」
「そうですか」
「……じゃあ、俺はそろそろ帰る」
「逃がしませんわ」
早見は、俺の腕を掴んだ。
その手は鉄の枷のようであり、とても振りほどけそうにない。
「ちょっと待て! 約束は守っただろ!?」
「いいえ。黒崎さんは、4回ほど、私のスカートの奥を見ようとなさいましたね?」
「覗こうとはしてねえよ!」
「いいえ。貴方がどこをご覧になっているかについては、ずっと確認していました」
「それは……男の習性だ! 本気で覗くつもりなら、脚を開かせてる時に見るだろ!?」
「指先が、スカートの裾のラインよりも奥に入っていたことも、お約束したことに反していましたわ」
「そこまで厳密に解釈するようなことか?」
「……どうやら、じっくりとお話しする必要があるようですわね」
「いや、だから……!」
弁解しようとする俺に対して、早見は急に笑顔を向けた。
突然の表情の変化に、俺の全身が震えた。
「焦る必要はございませんのよ? せっかくですので、膝枕もいたしますわ」
「……何を企んでるんだ?」
「あら。先ほどまで、私の脚を散々撫で回し、頬擦りまでなさったというのに、膝枕は躊躇なさるのですか?」
「……」
俺は、早見に促されて、ソファーに腰掛けた早見の脚に頭を乗せた。
見上げる先には、素晴らしいボリュームの膨らみが存在している。
やはり、こいつの身体は、どの部分も素晴らしい……。
「胸でのサービスはいたしませんわよ?」
からかうように言いながら、早見は俺の頬を指先で撫でた。
こいつや神無月先輩の、俺の顔を触る癖は鬱陶しいのだが、俺も早見を散々触った後なので、払い除けることはしなかった。
「……分かってる」
「残念だと思っていらっしゃいますか?」
「そりゃあ……そうだな」
「触らせませんわ」
「……」
「勝手に触ったら、訴えますわよ?」
「……そういえば、この町で痴漢の裁判って、どうやるんだ?」
「私が被害者となる重大な問題が起これば、愛様にご相談いたします。その後は厳しい処分が下されることでしょう」
「……そうか」
おそらく、弁護士はいないのだろう。
最悪の場合、神無月先輩の一存で死刑にされかねない。
この町の司法制度について、俺は初めて知り、恐怖を覚えた。
「被害者が玲奈さんであれ、天音さんであれ、同じ流れで手続きは進むのですが……黒崎さんは、そのようなこともご存知でないまま、この町に住んでいらっしゃったのですね」
「お前らの前時代的なやり方なんて知るか!」
「……とても脳天気だと思いますわ。玲奈さんが、黒崎さんから下着の色をしつこく尋ねられたと訴え出たら、死刑になるかもしれませんのに……」
「マジか!?」
「どうして驚いていらっしゃるのですか? 黒崎さんは、この町の制度について、警戒していらっしゃったはずではありませんか?」
「……」
考えてみれば……公平な裁判が存在しないということは、どれほど不当な裁きを受けてもおかしくないということだ。
ここは恐ろしい場所なのだと改めて思う。
「ご安心ください。黒崎さんには、玲奈さんの恋人であるという存在価値があるのですから。玲奈さんが味方であれば、大抵の行為について、死刑になることはないでしょう」
「宝積寺がいないと、俺の命は保証されないのか!?」
「否定できませんわね」
「……」
「よろしいではありませんか。玲奈さんは、黒崎さんがいらっしゃらなければ生きていけないのですから。理想的な関係だと思いますわ」
「どこがだよ……」
「あら。黒崎さんも望んでいらっしゃった関係なのではありませんか?」
「俺は、あいつと普通に親しくなりたかっただけだ」
「黒崎さんの普通は、果たして他の方々にとっても普通なのでしょうか?」
「……」
「そうだ」と言えるほどの自信はなかった。




