第137話 宝積寺玲奈-16
時間を見計らって、俺は家を出た。
そろそろ学校が終わる時間であり、早見が帰ってくるはずである。
宝積寺から教えてもらった住所を頼りに、早見の家を探した。
辺りには、広くて凝った造りの家が建ち並んでおり、御倉沢とは趣味が違うことが伺えた。
同時に、俺と宝積寺は、神無月の居住地域の中でも隅の方で暮らしていたことが分かる。
「……これか」
俺は、一軒の家の前で立ち止まった。
表札には「早見」と書いてあり、庭には色とりどりの花が咲き誇っている。
この庭……早見が、自分で手入れをしているのだろうか?
あいつなら、何ができても不思議ではないが……。
「丁度良い時間ですわね」
「……!」
俺のことを驚かせるように、後ろから声をかけられて、振り返って怒鳴りつけそうになった。
だが、後ろを向いたタイミングで、そこに意外な人物がいるのを見た。
「宝積寺……!?」
「……ご退院、おめでとうございます」
「お元気そうで何よりですわ」
早見の横には、宝積寺が並んでいた。
一体、どうしてここに宝積寺が……?
「玲奈さんは、あの日の夜から、私の家で寝泊まりしています。玲奈さんのお宅は、異世界人に浴室の窓を破格されて、中を荒らさてしまいましたので」
「……災難だったな」
「いえ……」
「本日、玲奈さんはご自分の家にお戻りになる予定です。私としては、もうしばらく同棲しても良いのですが……」
そう言いながら、早見は宝積寺の腕を取った。
宝積寺は、露骨に嫌そうな顔をする。
「……アリスさんと一緒に暮らすのは、気が休まりません」
「まあ! そのようなことを仰らないでください。私と玲奈さんの仲ではありませんか」
「……泊めていただいたことには、感謝しています」
宝積寺は、素っ気ない態度で言った。
甘えるような仕草をする早見のことが、本気で迷惑なようだ。
「ぜひ、もう一晩だけでも泊まってください。黒崎さんとの距離ができてしまって、寂しいのではありませんか?」
早見は、俺に対してサラッと嫌みを言った。
「……余計なお世話です」
「そうですか。残念ですが……私は、いつでも歓迎いたしますわ」
「……アリスさんを頼ったのは間違いでした」
宝積寺は、いつになく気が立っているように見えた。
その原因は、早見の態度だけでなく、俺が引っ越したこともあるのだろう。
早見には、あまり宝積寺を刺激しないでほしいと思った。
その後、俺達は早見の家に入った。
御倉沢の家や宝積寺の家と違って、玄関に花が飾られており、壁には絵がかけられている。
「では、私と玲奈さんは着替えてまいります。もしも覗いたら、黒崎さんには地獄の苦しみを一生味わっていただきますので、覚悟してくださいね?」
早見は笑顔でそう言ったが、目は笑っていなかった。
「……覗かねえよ」
「アリスさん、失礼ですよ? 黒崎さんは、覗きはしない人です」
宝積寺が、早見を諭すように言った。
その言葉で、俺と宝積寺が親しくなった経緯を思い出す。
実のところ、あの頃の俺と比べたら、エロい言動への抵抗感は薄れているのだが……余計なことを言うべきではないだろう。
「まあ! そうなのですか?」
「はい」
「玲奈さんに保証していただけるのであれば安心ですわ」
早見は、宝積寺の言葉を信用した。
さすがに、男のエロい言動に厳しい宝積寺の言葉を疑ったりはしないようだ。
2人は、家の奥へ行ってしまった。
俺は、リビングのソファで待たされる。
しばらく経ってから、着替えた宝積寺が、荷物を運びながら戻ってきた。
「……では、私は失礼いたします」
「1人で大丈夫か? 荷物を持つ人間が必要なら、送るぞ?」
「……ありがとうございます。ですが、この程度であれば問題ないので……」
「そうか……。お前には、今まで散々世話になったのに、急に引っ越して悪かったな」
「いえ……吹雪様のご命令ですから……」
「これから、1人になって……寂しいんじゃないか?」
「……慣れていますから」
「無理はしないでくれ。俺なんかで良ければ、電話で話すことくらいはできるぞ?」
「……ありがとうございます」
宝積寺は、悲しそうな顔をしながら、無理に作ったような笑みを浮かべた。
その顔に、罪悪感を掻き立てられた。
「……ところで、早見はどうした?」
「お見送りは、ご遠慮いただきました。黒崎さんと、2人でお話ししたかったので……」
「……そうか」
「黒崎さん……少々、よろしいでしょうか……?」
「……何だ?」
宝積寺は、俺の隣に腰掛けた。
こいつが距離を詰めてくることは珍しいので、緊張してしまう。
「黒崎さん……アリスさんには、気を許さないでください」
「……」
「アリスさんのことを好きになってしまったのは、仕方のないことだと思います。ですが……アリスさんは、善悪を超越している方です。悪いことでも、やりたいと思ったことは、やってしまうところがあります」
「……分からないではないが……」
「黒崎さんは、女性に困っていないでしょう? アリスさんと親しくなる必要はないのですから……気を確かに持ってください」
「……何だか、早見が俺を誘惑しようとしてるみたいな口振りだな?」
「……予感がするんです。アリスさんは、悪いことを企んでいるような気がします。私の思い過ごしであれば良いのですが……」
「……そうか」
「……すいません。私は……アリスさんに、嫉妬しているのかもしれません」
「……」
「……失礼いたします」
宝積寺が立ち上がったので、俺は玄関まで見送った。
去り際に、宝積寺に声をかけそうになったが、何と言っていいのかが分からず、結局、何も言えなかった。
宝積寺が出て行った後で、俺は少しの間、そのまま立ち尽くしていた。
「強引にでも、家までお送りしてはいかがですか?」
後ろから、早見が声をかけてくる。
俺は振り返り……飛び退きそうになった。
早見が、信じられない姿をしていたからだ。
「お前……何て格好をしてるんだ!?」
「あら。そのお言葉は、大河原先生にお伝えしないのですか?」
からかうように言った早見は、大河原先生と同じスーツを着ていた。
まるで先生の格好を再現するように、胸元が大胆に開かれており、谷間が見えている。
さらに、短いタイトスカートの先に、細い生足が伸びていた。
ある意味では、ビキニ姿よりもエロく感じられる格好である。
「今は、私のことではなく、玲奈さんのことです。女性は、追いかけてきてもらったら、嬉しいと思いますわよ?」
早見に言われて、俺は家を飛び出しそうになった。
だが、思い留まって首を振る。
「……いや。今の宝積寺には、そういうことはしない」
「黒崎さんは、玲奈さんに対して、もっと親切になさるのかと思いましたわ」
「今、追いかけたら……俺は、見返りを期待しないではいられないからな……」
「……それは最低だと思いますわ」
「……自分でもそう思う」
最近になって、他の女子との関係が、急激に進みすぎているからかもしれない。
自分でも、調子に乗ってしまっている気がする。
そろそろ、宝積寺との関係を、身体的な接触も含めて進めたいという欲求が、抑えられなくなってきているのだ。
だが、宝積寺には、その気はないだろう。
あいつが考えている男女関係は、もっと純粋なもののはずだ。
外の常識では、宝積寺の方が正しいのだが……。




