第118話 渡波雫-6
「……ねえ。黒崎君の服って、宝積寺さんが全部管理してるの?」
蓮田が、何かに気付いた様子で言った。
「そうだ」
「だったら、神無月の家に、女性用の服が備え付けられている可能性は否定できないよね?」
「そういえば、そうだな……」
「そうよ! よく気付いたわ、香奈!」
「でも……もし用意されていたとしても、4人分もあるかしら?」
「数が少なかったら、水守が優先されるべきよ。黒崎の服が着られないんだから」
「鈴だって、黒崎君の服を着たら、袖や裾が、かなり余ると思うけど……?」
「それくらいは大丈夫よ。とにかく探しましょう?」
「……そうね」
俺達は、脱衣所の棚を、端から開けてみた。
だが、タオルや洗剤はあるものの、俺のための物以外に衣類はなかった。
「無いね……」
「ねえ……黒崎君の部屋には、そういう物って用意されてないの?」
「見たことがないし、あると思えないな」
「どうかしら? 宝積寺が、奥深くに仕舞ったかもしれないじゃない」
「……何のために?」
「それは、あんたを独占するためよ」
「……?」
「あんたって、何でも説明されないと、宝積寺の考えを予想できないの?」
「……というか、他人の思考なんて、想像しても無駄だろ。ただの邪推じゃねえか」
「……」
須賀川は、俺の言葉を聞いて、ため息を吐いた。
先ほど、宝積寺の思考に関する推測を他の女子から否定されたばかりだというのに、懲りていないようだ。
「ねえ、黒崎君……お手洗いを借りてもいいかな?」
唐突に、渡波がそう言った。
他の女子が、顔を赤くして俯く。
「あ、ああ……」
「案内してよ。鈴ちゃん達には、リビングで待ってもらって、黒崎君は、自分の部屋に女性用の服が隠されてないか確認して」
「……分かった」
俺は、まずリビングに女子達を連れて行った。
そして、渡波にトイレの場所を教えてから、自分の部屋に行く。
部屋の、衣類を入れてあるタンスの中を確認した。
普段は開けない場所を見たが、やはり、御倉沢が用意しているような物はなかった。
「黒崎君」
突然声をかけられて、そちらを向く。
そこには、身体にタオルを巻いたままの姿の渡波がいた。
「……!」
俺は、無意識のうちに、逃げるように壁際まで退いた。
そんな俺の反応を見て、渡波は不満そうな顔をする。
「逃げなくてもいいでしょ? 押し倒したりしないよ?」
「……じゃあ、何の用だ? トイレを借りるフリなんかして……」
「今すぐに、はっきりとさせておきたいことがあるの」
「……何だ?」
「黒崎君の秘密」
「俺の……秘密?」
「私達は、お互いに裸を見せ合うような関係になったんだから、秘密を暴いても、嫌いにならないでくれるでしょ?」
「……それは断言できないが。何だよ、俺の秘密って?」
「黒崎君は、大河原先生とエッチしたの?」
「……!?」
渡波から予想外の質問をストレートにぶつけられて、俺は激しく動揺した。
「あっ……やっぱり……」
「……誤解だ! 俺と先生は、身体の関係になったわけじゃない!」
「だったら、胸を触ったり、脚を触ったり……」
「やってねえよ!」
「……本当に?」
「本当だ。先生に対してエロいことなんて……まさかだろ」
「ずっと先生のおっぱいを見てるのに?」
「それは……谷間が見えたら、そこを見るのは、男なら仕方のないことだ」
「開き直らないでよ」
「そう言われても、習性だからな……」
「つまり……先生が魅力的だとは思ってるんだ……」
「……俺は外の人間だ。外の、俺と同年代の男子に先生を見せたら、大半が魅力的だと思うはずだ。この町では、年上の女に惹かれるなんて、異常だと思われるのかもしれないが……」
「私は、おかしいと思わないよ」
「……そうなのか?」
「うん。自分よりも何年か早く生まれたら、女として認識できないなんて……この町の男の人の方がおかしいと思う」
「だったら、俺が先生のことを魅力的だと思っても問題ないだろ?」
「問題はあるよ。黒崎君は、花乃舞の人が、どういう人達なのか、分かってるの?」
「……やたらと攻撃的で、無駄に喧嘩を売るような連中だろ?」
「やっぱり……」
「何だよ?」
「要するに、黒崎君は……花乃舞の人達が、どうしてそういう言動をするのか知らないんだよね?」
「……どうしてだ?」
「花乃舞の人は、私達が、全員死ぬべきだと思ってるから」
「……聞いたことがあるな。俺達は、異世界人の血を引いてるから、それを拡散しないようにするためにも、死に絶えた方がいいと思ってるんだろ?」
「あの人達はね……私達は、全員で異世界に行くべきだと思ってるんだよ」
「異世界に……?」
「私達は、皆、異世界人の血を受け継いでいるから。でも、『闇の巣』を通過できるのは、魔力に恵まれた人だけだから、漂流者と同じくらいの魔力しかない私達が通過できる可能性は、かなり低いんだよ。つまり……私達に、死ねと言ってるようなものだよね……」
「……」
「それでも、花乃舞の人達と仲良くしたいと思う?」
「先生は、俺のことを殺したりしない」
「黒崎君……先生に騙されてるよ」
「……騙されてる?」
「花乃舞の人達って、よく分からない情報網を持ってるの。御倉沢も神無月も、それなりに情報収集はしているけど、花乃舞は異常で……まるで、私達のことを、常に監視してるとしか思えないんだよね……。黒崎君だって、円ちゃんが知ってるはずのないことを知ってるのは、おかしいと思うでしょ?」
「矢板はともかく、先生は……」
先生を庇う言葉を発しようとして、俺はあることを思い出した。
そういえば、先生は俺に、何度も異性関係の相談をするように持ちかけてきた。
あれが、情報収集のための言動だとしたら……?
さらに、館腰美樹という人は、花乃舞以外の家の人間から、色々な相談を受けているらしい。
もしも、それが花乃舞の情報源だとしたら……?
「それにね。先生は、イレギュラーの時に一番の問題児だったんだよ? 由佳さんにはしつこく喧嘩を売って、長町あかりさんには冷たく当たって、白石先輩のことは馬鹿にして……。ずっとそんな調子だったから、多賀城先輩は、先生のために何度も頭を下げたらしいよ? そんな人が信用できるの?」
「先生は、生徒会長になった時に改心したんだろ?」
「人の本質なんて、簡単には変わらないと思うけどな……」
「とにかく、俺と先生は深い関係じゃない。だから、お前が心配するようなことはない」
「……」
渡波は、俺のことを疑わしそうに見た。
こいつにせよ、他の女子にせよ、俺のことを疑いすぎではないだろうか?
「そんなことより、今は服が問題だろ? 女子用の服がないなら、お前らが着ても問題ない服を……」
そう告げて話を打ち切ろうとした、その時だった。
下の階から、女子達の悲鳴が聞こえた。
一瞬だけ顔を見合わせた後で、渡波が部屋を飛び出し、階段を下りて行く。
俺も、すぐに渡波の後を追った。




