第111話 黒崎和己-8
俺が学校に辿り着くと、そこには平沢と一ノ関、須賀川、蓮田、そして渡波がいた。
「遅いわよ、黒崎!」
須賀川は、苛立った様子で言った。
「悪い、宝積寺に引き留められたんだ」
「えっ……! あんた、わざわざ宝積寺に声をかけたの!?」
「違う。朝、雨が降ってたから、俺がパトロールに行くことが分かったらしい」
「……冗談じゃないわ。御倉沢のことに口を出すなんて……」
「仕方がないわ。玲奈さんの言動に、文句を言っても仕方がないもの」
平沢は、ため息を吐きながら言った。
「玲奈ちゃんって……本当に、黒崎君のことだけを考えてるんだね。黒崎君は特別な人なんだ……」
渡波が感心した様子で言った。
一ノ関と蓮田は、何と言って良いか分からない様子である。
「……とにかく、早く準備を整えて、パトロールに出発して。絶対に無理はしないでね?」
平沢は、そう言って俺達を促した。
宝積寺のことについては、あまり話したくないのだろう。
俺達は、傘を取り替え、剣を準備して出発した。
「黒崎。あんたは宝積寺のことを、きちんとコントロールしなさい。私達は、この町を守るために戦ってるんだから」
平沢に見送られて5人で出発してから、須賀川がそう釘を刺してきた。
「俺にそんな権利はねえよ。あいつは、自分がやりたいことをやってるだけだ」
「だとしたら、宝積寺がやってることは、御倉沢に対する不当な介入よ。あんただって御倉沢の人間なんだから、きちんと抗議すべきだわ」
「俺は、あいつが口を出すのは当然のことだと思うんだが……」
「何ですって!?」
「丁度いいから質問させてもらう。もし、俺達が異世界人に襲われたとしたら……お前らで俺のことを守れると思ってるのか?」
「そんなこと、できるはずがないわよ」
「自覚があるのかよ……」
「だから、もしも異世界人に襲われたら、私達は逃げてもいいし、投降してもいいの。仮に、脅されて御倉沢に不利になるような言動をしても、後で罰せられるようなことはないわ」
「逃げたり投降したりする前に、殺されるとは思わないのか?」
「それは、あり得ないとは言えないけど……事実として、異世界人に殺された人なんてほとんどいないんだから、考えるだけ無駄よ。私達は、魔獣に殺されるリスクの方が圧倒的に高いんだから」
「……」
言いたいことは色々とあったが、深く追及するのはやめた。
本格的に追い詰めて、死の恐怖を与えるのはまずいからだ。
「ねえ、黒崎君……。ひょっとして、良くないことを考えてないよね?」
蓮田が、不安そうな顔をしながら言った。
「良くないことって何だ?」
「それは……私達は弱いから、宝積寺さんの近くにいた方が安全だ、とか……」
「いや……お前達を切ろうとか、そういうことは考えてないぞ?」
「……私達よりも、宝積寺さんの方が頼りになるとは思ってるんだ……」
「それは……事実として、力の差はあるだろ?」
「……」
蓮田は、悲しそうな顔をした。
自分が役立たず扱いされたと感じたらしい。
「黒崎君って……玲奈ちゃんのことが怖くないの?」
渡波が不思議そうに言った。
宝積寺のことを嫌っているから出た言葉ではなく、本当に疑問に思っているのだろう。
「……怖くはない。あいつが俺を攻撃することは、考えられないからな」
俺は、あえて色々な説明を省き、簡潔に伝えた。
本当は、宝積寺のことが怖いと感じたことなど、いくらでもある。
だが、仮に俺があいつのことを激しく怒らせたとしても、問答無用で殺したりはしないはずだという程度の信頼はある。
「甘いよ、黒崎君……。玲奈ちゃんは、黒崎君のことが好きなんだと思うけど……あの子は、ちょっとしたことですごく怒るんだよ? 一番仲良くしてるアリスちゃんの顔を、腫れ上がるほど強く叩いたり……」
「その件については早見から聞いた。あれは早見の自業自得だ」
「えっ……? あれって、アリスちゃんが玲奈ちゃんを慰めようとしたのに、玲奈ちゃんが誤解して怒ったんじゃないの?」
どうやら、こいつらには、そういう経緯だったと伝わっているらしい。
「早見は、宝積寺に心中を持ちかけた。だから宝積寺は激昂したんだ」
「ええっ!? 玲奈ちゃんって、そういうことで怒るの!?」
「驚くところはそこなのかよ……」
「……ちょっと待って。心中? 早見が? どうして……?」
須賀川が、意味が理解できない様子で言った。
蓮田と一ノ関も戸惑っているようだ。
「理由は俺にも理解できなかった。いい雰囲気になったから、らしいが……」
「……早見って、頭が良すぎて、時々意味不明な言動をするけど……宝積寺と心中なんて、まるで理解できないわね……」
須賀川は、何度も首を捻った。
おそらく、早見は、保身を考えられない人間なのだろう。
好きでもない男に、必要性がない状況でビキニ姿を見せるのは、リスクを伴う行動だ。まともな女のやることではない。
無論、早見は俺の動きを警戒していたが、突然触られるリスクがなかったわけではないはずだ。
あいつを見ていると、時々、ジェットコースターに乗りたがる子供を見ているような気分になる。
「アリスちゃんも黒崎君も、私達とは違う世界に住んでるみたい……」
俺達の話を聞いて、渡波が呟いた。
「お前は、そんなに宝積寺のことが怖いのか?」
「当たり前でしょ? 怖いと思うのが普通だよ」
「……」
渡波の言葉に、須賀川は何度も頷いている。
蓮田と一ノ関も、複雑な表情を浮かべているが、どちらかといえば渡波の意見に同意しているように見えた。
「宝積寺は、理由もなく誰かを殴ったりはしない」
「男子にからかわれて、怒るのは理解できるけど……さすがに、殺そうとするのは酷いと思うよ?」
「それは小学生の頃の話だろ?」
「……玲奈ちゃんの近くって、いつも空気がピリピリしてるんだよね……。麻理恵さんだって、胃に穴が空きそうな気分で接してると思うんだけど……そういう空気を、黒崎君は感じないの?」
「皆で宝積寺を怖がるから、あいつだって敵意を感じて、もっと攻撃的になるんだろ」
「そんなことを言われても……」
「お前は、宝積寺に殴られたことなんてないはずだ。自然に接するようにすればいいじゃねえか」
「……私には無理だよ。玲奈ちゃんを怖くない人にするためには、まずはアリスちゃんや天音ちゃんみたいに、玲奈ちゃんと仲良くなるしかないでしょ? でも、玲奈ちゃんと仲良くなるなんて、普通の人にはできないよ……」
「宝積寺にも、新しい友達ができたらしいぞ? 蓮田は、桐生と同じクラスなんだよな?」
「き、桐生さん……? そうだね……」
話を振られた蓮田は、動揺した様子で目を泳がせた。
「……どうかしたのか?」
「確かに、桐生さんは、宝積寺さんと仲がいいよ。というより、誰とでも仲がいいっていうか……」
「……何が言いたいんだ?」
「桐生さんは……いい子だよ? 誰とでも仲良くできて……皆が、それとなく忠告しても、宝積寺さんと仲良くするのをやめないし……。何ていうか……浮世離れしてるっていうのかな? 怒ってるところを見たことがないし、誰かのことを悪く言ってるところも見たことがないし……。私は、ああいう人って、他に2人しか知らないんだよね……」
「2人?」
「館腰美樹さんと……宝積寺さんのお姉さん」
場の空気が凍り付いた。




