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金色の箱庭  作者: たかまち ゆう


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第109話 和己と玲奈-1

 学校に向かいながら、俺は、初めて宝積寺と出会った日の翌日……正確には、その日の午後の出来事を思い出していた。



 その時点では苗字すら知らなかった宝積寺は、俺の家に押しかけてきて、攻撃的な態度で「お風呂を貸してください」と言った。

 そして、有無を言わさずに家に上がり、「覗いたら殺します」と言い放ってから脱衣所に向かった。


 後に名前を知った長町あきらが、宝積寺の家に押し入る際に、風呂場の窓を破壊したことは知っていた。

 俺も、その後を追って、宝積寺の家に入ったからだ。


 だが、自分の家の風呂が使えなかったとしても、女が男の家の風呂を借りるのは、非常識ではないだろうか?

 そんなことを考えながら、宝積寺が出て来るまで悶々としていたのは、一ノ関が風呂から出てくるのを待っていた時と同じである。



 ドライヤーを借りるのは遠慮したらしく、髪が濡れたままの状態で風呂から出てきた宝積寺は言った。


「覗きに来るに違いないと思っていました。見かけによらず、最低限の倫理観はお持ちのようですね」


 その発言で、俺はついにキレた。


「勝手に他人の家の風呂を借りておいて、その態度はないだろ!」


 そう言っても、宝積寺は反省した様子を見せなかった。


「もしも、貴方が覗きに来るような人だったら、躊躇なく抹殺していたのですが……」

「悪質な囮捜査じゃねえか! 性犯罪を捏造するんじゃねえよ!」


 そう抗議すると、宝積寺は俺を睨み付けてきた。


「貴方が自制心のない変質者であれば、私には貴方を殺す権利があります。そのような人物が隣に住んでいたら、再び私の家に忍び込んで、破廉恥な行為に及ぶかもしれませんから」

「お前……昨日のことを根に持ってるのか!? あれは事故だろ!?」


 そう言いながら、俺の頭の中には、昨日の夜に見てしまった、宝積寺の姿が思い出されていた。

 白っぽい下着だけを身に着けた肢体を思い浮かべながら、つい、宝積寺の身体に目を走らせてしまう。


「……思い出さないでください。本当に殺しますよ?」

「お前が思い出させたんだろ!」

「あの時にも言いましたが、私は、普段はパジャマを着て寝ているんです。昨夜、あの恰好だったのは偶然です」

「そうかそうか。分かったから、昨日のことは忘れてくれ」

「……一生許しません」

「おい……」

「貴方は、私の、見てはならない姿を見てしまいました」

「いや……暗かったから、よく見えなかったんだが……?」

「そんなことは関係ありません」

「素っ裸だったわけじゃないだろ?」

「……見えていたのではないですか」


 そう言った宝積寺の目には、はっきりとした殺意が込められていた。


「いや、だから……はっきりと見えたわけじゃ……」

「……昨日の出来事を、誰かに話したら殺します」

「何度も殺すって言うなよ……。そんなに簡単に、人を殺せるわけがないだろ」

「殺せます。人を殺すのは、それほど難しいことではありません」

「……」

「私は、貴方のせいで耐え難い屈辱を味わいました。その事実は永遠に消せません。あの出来事を誰にも知られずに済むなら、私は喜んで貴方を殺します」


 その時、俺は、目の前の人物が、普通の女ではないことに気付いた。

 それまでは、若い女が下着姿を見られて、怒りが収まらないのだと思っていたのだが……それだけではないことが伝わってきたのだ。

 といっても、その時点では宝積寺の背景を把握していなかったため、かなり的外れなことを考えていた。


 宝積寺は、長い黒髪で、服装は上品なものであり、激しく憤っているものの、基本的な口調は丁寧だった。

 言動から育ちの良さが感じられるが、態度はあまりにも攻撃的だ。

 そして、裸を見られて腹が立ったとしても、俺が変質者であることを証明するために風呂を借りるというのは、あまりにも行動が滅茶苦茶である。

 怒っているというよりは、自暴自棄になっていると表現すべき状態に近い。


 そこで、宝積寺が一人暮らしをしていることが気になった。

 あり得ないことではないが、この年齢の女としては珍しいだろう。

 加えて、昨夜、小柄な女に夜襲を受けたのは、ただ事ではない。


 何か、親族とのトラブルがあったのか……?

 そのせいで、言動が攻撃的になっているのではないだろうか?


 要するに、目の前の女は、下着姿を見られたから怒っているのではない。

 家庭環境のせいでストレスが溜まっていて、怒りをぶつけ易い相手に八つ当たりをしているだけなのだ。


 そこまで考えて、俺の中に安易な考えが生まれた。

 この場は口先だけで同調し、宥めてしまえば、許してもらえるのではないかという考えである。


 それを思い付いた時、俺の中には欲も芽生えていた。

 なんといっても、目の前の女は、なかなかお目にかかれないほどの美人なのだ。

 加えて、細身だが胸は大きいという、大抵の男が好むであろう体型なのである。


 この女は、現在、味方が少ない状態だ。

 上手く話を合わせれば、親しくなれるかもしれない。

 後になって言語化するなら、そんなことを考えていた。


「悪かった。お前が、そんなに傷付いてるとは思わなかったんだ。許してくれ」

「先ほど、許さないと申し上げました」

「どうしても怒りが収まらないなら、俺を殺してくれ」


 俺のその言葉を聞いて、宝積寺は意表を突かれたような顔をした。

 その後で、呆れた様子でため息を吐いた。


「……出来ないと思っているのでしょう? そんなことを言われたら、私が怯んで、引き下がると思っているのですよね?」


 当然である。

 下着姿を見られた程度のことで、本当に人を殺す女など存在するはずがない。

 そんな考えは、顔に出さないように気を付けた。


「嘘じゃない。お前が、本当にそれほど傷付いたなら、殺されても仕方がないと思ってるんだ」

「……私は本気です。貴方を殺して、森に運んで埋めますよ?」


 宝積寺は凶悪な言葉を発した。

 だが、俺は真に受けなかった。

 女が1人で、そんなことをできるはずがないからだ。


 昨夜、こいつは階段を何段も飛び降りて、俺を素早く羽交い絞めにした。

 見かけによらず、身体能力は高いのだろう。

 しかし、かなりの細腕で、身体も華奢であることは、羽交い締めにされた際に確認済みである。

 男を殺して、運んで埋めるには、腕力も体力も足りないに違いない。

 だが、そんなことは指摘しなかった。


「俺は、お前みたいな女はカッコいいと思う」

「……何を言っているのですか、貴方は?」

「自分の身を守るために戦うってことだろ? お前は立派だ」

「……私は、貴方を殺すことを検討しているのですが?」

「自分の身を守るためなら、危険な相手を殺すのは悪いことじゃない」

「……本気で仰っているのですか?」

「本気だ。もちろん、俺のことは許してもらいたいし、まだ殺さないでほしいけどな」

「……」

「お前、一人暮らしだろ? 若い女が1人で暮らしてたら、変質者と戦う覚悟がないと、安全に暮らせないってことは理解できる。痴漢とかストーカーとか、色々と物騒だからな。昨日の夜だって、そういう心構えがあったから、襲われても返り討ちにできたんだろ?」

「私は……あの子を殺すつもりはなかったのですが……」

「……そうだったのか? 刃物で襲われたってのに……優しいんだな、お前は」

「そんなことは……」

「昨日は本当に悪かった。俺は、お前の家に、誰が住んでるのかも知らなかったんだ。気持ちが収まらないのは分かるが、許してくれないか?」

「……私に許されなくても、貴方は困らないのではありませんか?」

「隣の家の住人に、変質者だと誤解されたままじゃ、嫌なのは当然だろ?」

「……検討させてください」


 先ほど、「一生許さない」と言った時とは違い、宝積寺の態度は軟化していた。

 俺は、狙いが当たって嬉しくなった。


「本物の変質者に押し入られたら、遠慮することはない。殺しても、正当防衛みたいなもんだ。どうせ、大した罪にはならないだろ」

「……」


 俺が根拠もなく発した言葉を聞いて、宝積寺は、戸惑った様子を見せた。

 そして、取って付けたように、風呂を借りた礼を述べてから自分の家に帰った。

 その時には、ちょっと話を合わせただけで、チョロいものだと思ったのだ。


 俺は、自分のその考えが間違っていることに、最近になるまで気付かなかったのである。

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