第108話 宝積寺玲奈-11
翌週の月曜日の朝。
俺は、スマホの着信音に起こされた。
まだ、起きる時間ではない。
迷惑だと思いつつ、スマホの画面を確認する。
「……平沢?」
そういえば、あいつに勉強を教えてもらおうとした時に、電話番号やメールアドレスを交換した記憶がある。
その後、互いに1回も連絡しなかったので、すっかり忘れていたが……。
『もしもし、黒崎君?』
「……何か用か?」
『実は、早く学校に来て、水守さん達と一緒にパトロールに行ってほしいの』
「……はぁ?」
『今日は、これからずっと雨が降っている予報だから。水守さん達には、もう連絡したわ』
「……学校はどうするんだ?」
『休むに決まってるでしょ? 私達は、いつもそうしているわ』
「マジか……」
『あ、でも、1回は学校に来てね? 制服を着て、鞄も持って来て。もしも雨が止んだら、パトロールを交代して、授業を受けることになるから。大河原先生には、私から伝えておくわ』
「……」
仮にも学生だというのに、それでいいんだろうか?
……おそらく、この町では良いのだろう。
それに。
大河原先生と会わずに済むのは、少しだけ気が楽だ。
自分のことを誘惑しようとしているグラマラスな美人教師と、マンツーマンで特別授業なんて、シャレにならないことである。
最も問題なのは、俺に、誘惑に負けない自信がないことなのだが……。
親への毎朝のメールは、簡単な内容で送った。
書き足りないことは、夜に補足として送ればいい。
俺は、口にパンを放り込み、最低限の準備をして家を出ようとした。
玄関の扉を開けると、そこには宝積寺が立っていた。
「うわっ……!」
驚いて、俺は後退る。
宝積寺は、いつも、門扉の外で待っている。
ここまで来て、俺のことを待っていたのは初めてだ。
「御倉沢からの呼び出しですね?」
「お前……盗聴でもしてるのか!?」
「違います。今朝、目を覚ましたら、雨が降っていたので……」
「……そうか」
宝積寺は、既に制服に着替えていた。
隣の家に来るために、わざわざ身なりを整えてから来るのは、春華さんの教育によるものだろう。
「お願いします。御倉沢に協力するのはやめてください」
「そういうわけにはいかないだろ……。俺は御倉沢の人間で、一緒にパトロールをするのは、俺と結婚してたメンバーなんだぞ?」
「ですが、黒崎さんは、魔獣と戦うための訓練を始めたばかりです。危険ばかりが大きくて、活躍できる可能性は低いのですから、黒崎さんが参加するメリットはないはずです」
「異世界人と遭遇したら、俺が交渉を担当する算段になってるんだが……」
「それこそが、大変危険な役割です!」
「……異世界人の女は、男に弱いと聞いたぞ?」
「だとしても、異世界人が、我々の敵であることは変わりません。特に、異世界は女尊男卑の社会です。相手が、男を痛め付けて楽しむような人間だったら、黒崎さんには何もできないのではありませんか?」
「そりゃあ……ある程度のリスクはあると思ってるが……」
「リスクは、それに対応できる方が負うべきです」
「話が通じない相手からは、逃げるようにするから安心しろ」
「危険な相手は、外見からは判断できません。私は……異世界人と出会ったら、相手がどのような人物であっても、私のことを殺そうとしていることを前提として接します」
「そうなのか? 以前、異世界人と会った時には、親身になって接してたように見えたんだが?」
「……警戒していることを、相手に悟られるわけにはいきませんから。あの異世界人が、私や黒崎さんを攻撃しようとしたら……私は、相手の両腕を折ってから、息の根を止めるつもりでした」
「いや、ちょっと待て! 両腕を折ったら、魔法は使えなくなるはずだろ!? トドメを刺す必要はないじゃねえか!」
「……優しいですね、黒崎さんは」
「いや……普通の人間はそう思うだろ……」
「相手の両腕を折っても、足や口の中に、何らかの武器を隠しているかもしれません。それを使って反撃されるリスクは、全くないわけではありませんから……」
「そうだったとしてもだな……」
「私は、常に、敵を殺すことを想定しています。お姉様も、一番大切なのは自分の命であり、次に大切なのは仲間の命だと仰っていました」
「それは……敵の命は奪っていい、という話じゃないと思うんだが……」
「……私だって、相手にこちらを攻撃する素振りがなければ、殺したりはしません。黒崎さんと一緒にいた時……私達と遭遇した異世界人は、身体を拘束されることを嫌がっていましたが、攻撃的な言動は見られませんでした」
「じゃあ、相手が混乱して、お前を攻撃しようとしたら……問答無用で殺したのか?」
「当然です」
「……」
これも、戦場ではやむを得ないことなのだろうか……?
容易には答えを出せない難題に、俺は頭を抱えてしまった。
「……大丈夫ですか?」
「……ああ」
異世界人は、演技力も高いらしい。
そして、俺には、水沢さんのような、相手の本性を察知する能力はない。
仮に、俺がもう一度、異世界人と遭遇したとして……相手のことを、どこまで信用するべきだろうか?
悩んでいて、この町の連中の様子について疑問が浮かんだ。
「異世界人は、そんなに危険なのか? だとしたら、この町の住人は能天気すぎるだろ。あいつらが、常に、殺し合いに備えているようには見えないんだが……」
「……皆さんは、異世界人のことを敵だと思っていません。むしろ、仲間であるかのように捉えています。異世界人が自分を殺すリスクについては、ほとんど考えていないのです。私から見れば、皆さんの認識が甘すぎるのですが……」
「お前以外の人間は、この町が安全だと思って暮らしてるんだろ? だったら、そんなに心配する必要はないんじゃねえか?」
「黒崎さんは……御倉沢に利用されているんです!」
「お前が心配してくれることは嬉しい。だが、俺は、あいつらを見捨てるわけにはいかない」
「でしたら……私も連れて行ってください!」
「……悪いが、それはできない」
「どうしてですか!?」
宝積寺は、しつこく食い下がってきた。
その理由は、簡単には説明できないものなので、俺は困ってしまう。
早見の話を聞いてから、俺なりに、散々考えたのだ。
宝積寺は敵を殺すことができる。だから必要な存在なのだ……早見はそう言っていた。
だが、本当にそれでいいのだろうか……?
俺は、首を振ってから告げた。
「お前がいると、あいつらが嫌がるだろうからな。それに……俺は、これ以上、お前に頼りたくない」
「そんな……!」
なおも言い募ろうとする宝積寺の両肩に、俺は手を置いた。
宝積寺は、驚いた顔をする。
普段であれば、俺が自分から宝積寺に触れることはないからだ。
「いざとなったら、俺が最初に助けを求めるのはお前だ。その時は、助けてくれるか?」
「……はい」
「そうか、ありがとな」
そう言って、俺は宝積寺から離れ、学校に向かった。
後ろは振り向かないように気を付けた。




