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金色の箱庭  作者: たかまち ゆう


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第107話 黒崎和己-7

「なあ、早見……神無月の内部の事情が、花乃舞に伝わることなんてあるのか?」


 俺が尋ねると、早見は首を振った。


「普通は伝えないのですが……梢さんには、どなたかが話してしまったのでしょう」

「そんな情報管理で大丈夫なのかよ……」


 頭を抱えたくなった。

 神無月や御倉沢だけでなく、花乃舞にまで、俺の異性関係についての情報が流出してしまったのだ。

 芸能人でも政治家でもないのに、晒し者のような扱いを受けるのは勘弁してほしい。


「黒崎さんのプライバシーが知れ渡っても、神無月は困りませんわ」

「お前なあ……! 俺はともかく、宝積寺と北上の立場はどうなるんだよ? それに、俺が原因で御倉沢と神無月が揉めてることを、花乃舞に知られてもいいのか? 敵に弱みを見せるようなもんだろ?」

「あら、そのようなことを心配していらっしゃるのですか? 御三家は、抗争を繰り広げているわけではありませんのよ?」

「水沢さんは、御三家は互いに敵同士だと言ってたが……」

「由佳さんは馴れ合いが嫌いですから。春華さんがいらっしゃらなければ、どのような事情があっても、他の家の人間と組んだりはしなかったでしょう。そもそも、私達が本気で争ったら、全ての家が破滅することは目に見えています。だからこそ、私達は、人間と争うためのスキルを身に付けません」

「はぁ? そんな状態で、どうやって異世界人と戦うんだ?」

「ご存知ではありませんか? 私達は、魔獣とは戦いますが、異世界人とは戦いません。戦っても、お互いにメリットがないからです。そのため、我々が異世界人と遭遇した時には、大人しく投降するように説得します」

「……」


 確かに、その話を聞いたことはある。

 だが、この町の人間は、異世界人と戦うために存在しているのではなかったのか?

 そんな宿命を背負っているはずの連中が、戦うための訓練を積んでいないというのは衝撃の事実である。


 御倉沢の連中の、頼りない様子を思い出す。

 あれは、訓練が足りないからではなく、そもそも訓練をしていないから、何の対応もできなかったのだろう。


 そういえば……生徒会長や水沢さんはともかく、他の連中からは、戦場に住んでいる人間の気迫や覚悟のようなものが伝わってこない。

 一ノ関たちのように、現場で戦っている人間からは、それなりの覚悟のようなものが伝わってくるのだが……上の立場の人間は、平沢も含めて、普通の女と大差ないように見える。

 それどころか、戦場の兵士に対して、安全地帯から命令する連中のような印象を受けるのだ。


「そんな状態で、凶悪な異世界人に襲われたら、どうするつもりなんだよ?」

「戦える人が戦うしかないでしょうね」

「それで大丈夫なのか!?」

「だからこそ、玲奈さんのような方が必要なのです。玲奈さんであれば、殺すべき相手を殺すことができます。他の方々は、そのような能力は持ち合わせていませんから」

「誰かに頼るのはやめて、他の連中のことも鍛えればいいじゃねえか」

「そうしたら、どのようなことが起こると思いますか?」

「……何が起こるんだ?」

「血で血を洗う抗争が起こります。私も含めて、全ての家の、主要なメンバーは命を落とすでしょうね」

「いくら何でも、そこまで酷い状態になるか……?」

「魔法は便利ですから。人を殺して、誰にも気付かれないように死体を運び、深く埋めてしまうといった作業を、容易に実行できます」

「おい、ちょっと待て……それじゃあ……完全犯罪をやり放題じゃねえか!」

「今さらお気付きになられたのですか? 黒崎さんは、多くの女性から恨みを買っているというのに、意外と能天気なのですわね?」

「……」


 須賀川の家で、何者かに襲撃されたことを思い出す。

 あの時、犯人は、魔法で姿を消していたはずだ。

 同じことをされたら、誰であっても、容易に暗殺されてしまうだろう。

 御三家の当主ですら、枕を高くして寝られなくなるに違いない。


「人を殺す能力を保有している私達が、平穏な生活を続けるためには、そのための価値観を教えるしかありません。すなわち、他者と争うことや、人を殺すことは、悪いことであるという価値観です」

「……」

「私達が、学校に通い、集団で学生生活を送っているのは、御三家が交流することで、対立を緩和するためです。それが、欺瞞であると感じる方も少なくないのですが……」

「……そうだろうな」


 禁じられていても、人を殺そうとする者は存在する。

 それに、一緒に学生生活を送れば、仲良くなるとは限らない。


「ところで、早見……お前と同じような体形の女で、姿を消す魔法が使える奴に、心当たりはあるか?」

「まあ! いけませんわ、黒崎さん。私を参考にして、女性の体形を把握しようとなさるなど!」

「……そういう意図で質問したわけじゃない」

「とても信用できませんわね」

「……」

「それに、私だって、皆様の能力を正確に把握しているわけではありませんのよ? 私が存じ上げている範囲では、光を操ることができるのは、桜子さんだけですわね」

「大河原先生が……?」


 俺を襲ったのが、先生である可能性について考える。

 ……可能性は、かなり低いだろう。


 先生の体形は、胸が二回りか三回りほど大きいこと以外にも、早見とは異なる点がある。

 それに、年下に好かれようとして、俺のことを誘惑していた先生が、俺を襲撃するのはおかしい。

 何らかの事情があったとしても、あの女のような、冷酷な雰囲気を発するとは思えない。


 俺を襲撃した女は、まるで暗殺者のような態度だった。

 後ろから抱きしめるようにしていたのに、何の感情も伝わってこないのは、かなり異常なことである。


 あの雰囲気は……初めて出会った時の、宝積寺のものに近い。

 しかし、あの時の宝積寺ですら、怒りとか殺気とか、そういうものを発していた。

 須賀川の家で襲撃された時の、感情がないかのような雰囲気は、かなり独特なものだと言っていいだろう。

 まるで、俺のことを、人間……いや、生物だと認識していないかのような、無機的な態度だったのである。



「……あら?」


 俺の家が近付いてきたタイミングで、早見が再び声を上げた。

 その目線の先を見ると、見慣れたシルエットの女が立っている。


「玲奈さん。ずっと、ここで待っていらっしゃったのですか?」

「……外に出たのは先ほどです。帰りが遅いように思えたので……」

「そうでしたか。ご心配をおかけしてしまいましたわね」

「……いえ」

「では、後はお任せしますわ。私は失礼いたします」


 早見は、そう言って立ち去った。

 その後ろ姿を、じっと見つめている宝積寺が、早見に嫉妬しているように思えて、緊張してしまう。



 早見の姿が見えなくなって、宝積寺はようやく口を開いた。


「訓練は、いかがでしたか?」

「ああ……早見には、手も足も出なかった」

「それは仕方のないことだと思います」

「……俺も、早見に勝てるとは思ってない」

「お疲れですよね? 私の家に来ませんか? お食事をご用意します」

「ああ、助かる。朝から、何も食ってないんだ」

「はい」


 自分の家に向かって、先に歩き始めた宝積寺の、いつもと変わらない赤いリボンを見ながら、改めて思った。

 こいつは……俺がやってほしいと思っていることを、正確に察知できるようだ。

 俺にとっては、都合が良すぎる相手だと言える。


「俺は、お前に頼りすぎてるのかもな……」


 そう呟くと、宝積寺は驚いた顔をした。


「お気になさらないでください。私が、自分でやっていることですから……」

「……そうか」


 俺は……ヒモになる才能があるのかもしれない……。

 そんなことを考えてしまった。

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