第103話 早見アリス-15
「黒崎さんは、おかしな方ですわね」
「……」
背中から砂に叩き付けられた後で、遠くからこちらを見下ろす早見に、先生と同じことを言われてしまった。
先生との関係に、色々な意味で悩んでしまい。
一ノ関との関係について、宝積寺が何かを言おうとしている気配を感じながら、なんとか週末を迎えて。
ようやく平穏に暮らせると思ったのだが、家に押しかけてきた早見によって、先週と同じ運動場へ連れ出された。
俺は、早見との訓練は、ある程度の期間を空けて行うものだと思っていたのだが……そんな時間的余裕はない、と呆れられてしまった。
なかなか冴えてこない頭のまま連れ出され、運動場の更衣室に押し込まれて、突然我に返ったような状態になった後で色々と妄想してしまい、自己嫌悪に陥りながら前回と同じ格好になった。
部屋の外に出ると、早見は黒いビキニを着ており、思わず北上と比較しそうになって目を逸らした。
そして、訓練を始めて、早見に突っ込むと投げ飛ばされてしまったのである。
砂の上で仰向けになったまま、人をこんなに簡単に投げ飛ばすことができるのか……と感心していると、早見から、先ほどの言葉を投げかけられたのだ。
「俺のどこがおかしいんだ?」
「先週は、私の身体を見ることを、楽しみにしているご様子でしたのに……。まるで、私のことを見てはいけない事情が出来たように見えますわよ?」
「……そんなことはない」
「ひょっとして、どなたかと、深い関係になりましたか?」
「……」
「水守さんですわよね?」
「どうして分かるんだよ!? おかしいだろ!?」
「あら、分かりますわよ。先日は、私の胸に興味津々だったのですから。同程度の大きさの胸を触って、満足したと考えるべきでしょう?」
「……」
実に鋭い分析である。
俺と親しい女の中で、早見と互角のサイズなら、一ノ関を最初に思い浮かべることは妥当だろう。
「何だか、複雑ですわね。まるで、お前は用済みだと告げられたような気分ですわ」
「そう言われてもな……」
喜んでも喜ばなくても、文句を言われるのか……。
そう言おうとした時、唐突に、早見が警戒する様子もなく歩み寄ってきた。
「!?」
頭を蹴られそうなほど近付かれ、早見を下から見上げる状態になってしまい、思わず顔を逸らした。
「あら? まだ、意識はしていらっしゃるようですわね?」
腰に手を当てながら、早見がからかうように言ってきた。
「……これだけ近くで見せられたら、意識するだろ……」
仕方なく、俺は認めた。
平静を装っても、こいつが相手では無駄だろう。
早見の脚は長い。
下から見上げると、奥を覗き込んでいるような気分になるのだ。
正直に言えば、刺激が強すぎる。
こっちは海パン一丁だというのに……困ったことだ。
「良かったです。あのままだと、訓練になりませんでしたから」
「……俺は、そんなに集中してなかったか?」
「はい」
「それは……悪かった」
いつまでも寝ているわけにはいかないので、俺は立ち上がった。
改めて早見と向き合い、軽く息を吐く。
「真面目にやっていただけないのでしたら、帰りますわよ?」
「……悪い」
「では、どうぞ」
言われて、俺はすぐに早見めがけて走った。
意表を突くような方法でなければ、早見には勝てない。
少しでも、相手のリズムを崩すべきだろう。
だが、俺の突進は、ひらりとかわされてしまった。
この程度のことは想定内だったようだ。
しかし、こちらも簡単に諦めたりはしない。
すぐに切り返して、早見を追撃した。
方向転換した際に、今までよりも良い動きができたことを感じた。
俺の追撃から逃れるために、早見が跳び上がる。
その着地点を狙って、俺は頭から突っ込んだ。
しかし、俺の手が届く高さまで降りるよりも前に、早見は魔光を生み出し、それを踏み台のように使って跳んだ。
そして、俺が狙った位置からは離れた場所に降り立った。
「ちょっと待て! それは反則だろ!?」
「あら。私は、一切の魔法を使わないとは申しておりませんわよ?」
「……」
確かに、早見は、魔法を使わないとは言っていない。
だが、こちらとしては、早見に魔法を使われると勝つことが困難である。
空中で自由に動き回られたら、そういうスキルのない俺には対抗策がないからだ。
「黒崎さんだって、跳び上がることは可能でしょう?」
「簡単に言うなよ……。海パンが破れたらどうするつもりだ?」
「事故でしたら忘れます」
「……本当かよ?」
「はい」
「……」
一応、この場は信用しておくべきだろう。
早見は、わざわざ、休日に訓練に付き合ってくれているのだ。
「だが、空中にいるお前を転ばせるって……できる気がしないんだが……」
「そうでしょうね。では、黒崎さんが私の水着を剥ぎ取ることに成功したら、私の負けにしましょう」
「お前……それは本気で言ってるのか?」
「はい。脱がすのは、上でも下でも構いませんわよ?」
「……」
これは……自分が絶対に負けるはずがない、という余裕なのだろうか?
それとも、俺をやる気にさせるために……?
早見の意図はよく分からないが、狙ってやれば勝ちになるのであれば、積極的に狙うことに躊躇はない。
「ただし……こちらも、本気を出させていただきますわ」
そう言って、早見は魔法を連発した。
「お、おい!?」
俺は焦ったが、早見はこちらを狙ったわけではなかった。
早見が生み出した魔光は、空中で静止し、階段状に並んだ。
金色の光の上を、駆け上がるようにして、早見が登って行く。
今まで見たことのない魔法の使い方に、俺は焦った。
これは……どういう技だ!?
ひょっとして、魔法で空気を固めた……!?
そんなことを考えている間に、早見は、かなりの高度まで登っていた。
その高さで、今度は水平に魔光を並べて、その上を駆けている。
我に返って後を追おうとしたが、既に階段状の魔光は消滅していた。
こうなったら、跳んで早見を引きずり落とすしかない。
俺は、早見が自分の前に作った足場を目掛けて跳んだ。
しかし、早見は自分の右にも魔光の道を作り、そちらへ方向転換してしまう。
跳びすぎたこともあって、魔光の上に乗ることもできず、俺はそのまま落下した。
砂の上に着地する。
ヒヤヒヤしたが、足を痛めたり、海パンが裂けたりすることはなかった。
息を吐き出してから、早見の方を見上げる。
早見は、空中でも、とても自由に振る舞っていた。
まるで、足を踏み外すリスクなど考慮していないかのようだ。
楽しんでいるように、魔光の上を跳ねて渡っている。
もう一度跳んで、魔光の上に乗ったとして、早見に触れることができるのだろうか……?
可能性は低いが、試してみる価値はあるだろう。
そう考えて、俺はもう一度跳んだ。
その瞬間、早見は魔光のブロックから飛び降りた。
意表は突かれたが、慌てるような事態ではない。
俺は、空中に残っていた魔光のブロックを蹴って、早見を追おうとした。
しかし、魔光を蹴った際に、足を跳ね上げられてしまった。
早見が生み出した魔光は、ただのブロックではなかったのだ。
「……!」
為す術なく、俺はまっ逆さまに落ちていった。
金色の光に包まれる。
その瞬間、下から風で持ち上げられるような感覚に包まれた。
一気に減速した俺は、そのまま、早見の腕の中に収まっていた。
「お怪我はありませんか?」
「……」
早見にお姫様だっこされている俺……。
そのことに、強い憤りのようなものを覚えてしまった。
そして……魔が差した。
水着を剥ぎ取れば俺の勝ち。
そんな条件を出したのは早見の方である。
俺は、早見の背中に手を伸ばした。




