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第七章

隼人との結婚。

最初は、悪くなかった。


優しかった。

いつも気遣ってくれて、家事も手伝ってくれた。

仕事で疲れているはずなのに、私の話をちゃんと聞いてくれた。


休みの日は遊びに連れて行ってくれたし、一緒に旅行もした。


同年代では考えられないくらいの高収入。

安定した仕事。


——それなりに、幸せだった。


でも、それが「当たり前」になると、私はだんだん退屈に感じるようになっていた。


専業主婦。

子どもはいない。

毎日、決まった時間に起きて、掃除して、洗濯して、夕飯を作る。


人と出会うこと自体が、ほとんどなかった。


隼人は優しい。

でも、優しいだけ。


夜の時間も、次第に義務みたいになっていった。

触れられても、ときめかない。

隣にいるのに、心はどこか遠くにあった。


——このまま、一生こうなのかな。


そう思ったとき、私は、佐山晃に出会った。


宅配便の配達員だった。


車を持っていなかったから、重いものや大きいものは、全部ネットで注文していた。


だから、顔を合わせる機会が多かった。


筋肉質で、日に焼けていて、いかにも「外の世界の人」という感じだった。


私は昔から、強引で、引っ張っていってくれるタイプが好きだった。


隼人とは、正反対。


気づけば、ネットで買う必要もないものまで注文して、顔を合わせる回数を増やしていた。


会話も増えた。

世間話から、冗談まで。


そして、向こうから誘ってきた。


最初は、ランチ。

それから……ホテル。


久しぶりに「女として見られている」と実感した。


隼人との穏やかな時間とは違う、刺激的で、感情を揺さぶられる感覚。


私は、簡単にのめり込んだ。


半年ほどで、隼人にバレた。


でも、隼人は離婚したくないと言った。


「夜は帰ってくること」

「週に一回は食事を作ること」

「休みの日は一緒に過ごすこと」


その条件で、渋々、認めた。


正直、驚いた。

怒鳴ると思っていたし、責められると思っていた。


でも隼人は、泣きながら言った。


「それでも、一緒にいたい」


その姿を見て、少しだけ罪悪感はあった。

でも、関係は続けた。


ところが、晃は違った。


夫にバレたと知ると、

急に現実的なことを言い始めた。


慰謝料。

職場での立場。

世間体。


それから半年ほど経って、突然、連絡が取れなくなった。


配達にも来なくなった。


後任の人にそれとなく聞くと、本人から願い出て、別の地域に配置換えしたらしい。


——逃げた。


そう思った瞬間、一気に冷めた。


男らしくない。

結局、口だけだった。


私はすぐに吹っ切れた。


それからしばらくして、隼人は部長になり、年収が一千万円を超えた。


それを機に、私たちは郊外に一軒家を買った。


庭付きのマイホーム。

幸せが形になったみたいで、周りからは「理想の夫婦」だと言われた。


——でも、私はもう、あの頃の私じゃなかった。


それからの日々は、本当に退屈だった。


世間体もあるし、隼人は悪い人じゃなかったから、元に戻ったふりをした。


一緒に食事して、一緒に出かけて。


でも、あの時間だけは戻らなかった。

触れられても、何も感じない。


結婚前、母が言っていた。


「本当に自分のことを大切にしてくれる人と結婚するのが、一番幸せになれるのよ」


あのときの私は、その言葉が、やけに現実味のない綺麗事に聞こえていた。


——大切にされるだけじゃ、足りない。


そう思っていた私は、もう、隼人の優しさを“ありがたいもの”として見ることができなくなっていた。

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