選ばれた色、螺鈿の足枷
王宮は、要塞と同じだ。外からの守りに強く、そして内側からの腐敗に弱い。
エーディットは、朝のまだ日が昇り切らないうちに、着替えを始めた。ファンデルから持ってきたドレスは、どれも、ラウレンスが選んだものだった。
ラウレンスが、似合わない色のドレスも外套もアクセサリーも全て捨ててしまったのだ。あの螺鈿の細工の中に入れておいたアクセサリーの類も全部、売るか捨てるかしてしまった。
あれは、忘れないための足かせだったというのに、それを知ってか知らずか、全て処分してしまった。
夫は、必要ないからといったけれど、たぶんラウレンスはエーディットがそれを足かせだと思っていたことを分かっていたように思う。
自由に演じさせるためには、それが邪魔だと思ったのかもしれない。
だが、今となっては、ラウレンスが選んだ服も靴もアクセサリーも、すべてはエーディットを守るもののような気がする。
「エーディット様、これを」
紺の外套を、フェナが羽織らせてくれた。その指の冷たさに、胸がドキリと拍動した。夫が嫌うこの色を選んだのはフェナだ。他意はないのは知っているが、夫の手が届かない場所に連れていかれてしまいそうで、怖くなった。
突然、勢いよく扉を開いて入ってきたのは、フランカだった。
「鎮圧が終わったようです!」
ノックもしないフランカに、フェナが注意するように強い視線を送った。それに、フランカが気づいている様子はない。
「すぐに、屑が戻りますよ。」
「まあ、そうだったの。それで、騒がしかったのね。」
「フランカ様、屑というのは…少し、」
「フランカ、誰もけがは?」
「残念ながら、どなたも重傷は負っていないそうですよ。屑も!」
「フランカ様!」
そう、良かったと、口にしながら、エーディットは自分の唇を指でたどった。もう、ラウレンスの冷たい唇の感触を思い出すことはできなかった。
あれだけ鮮明に思い出せたのに、どうしてだろうか。
帰ってきて、思いださせてほしい。そう思うのに、帰ってきてほしくはないと思うのだ。
「エーディット様、その外套は?」
「少し、庭を歩こうと思って。肌寒いから、フェナが選んでくれたのよ。」
「そうですか。エーディット様が選んだのではないんですね?」
「……ええ。」
紺色の外套をとめるリボンを指でたどって、エーディットはわずかに下を向いた。
自分は、結局、何を望んでいるのだろうか。なぜ、それほどまでにラウレンスを思うのか。ただの人質に過ぎなかったのに、どうしてそれほど心を傾けられるのか。泡になろうとまで思ったのか。その答えは、結局、見つけられなかった。




