アネモネ色のメリュジーヌ
「チュス、人魚のお姫様の話をして。」
「エーディットお嬢様は、人魚のお話が好きですね。」
寝る前は、ナニーのチュスに必ず人魚姫の話をねだった。布団の中には、チュスが用意してくれた炭火のアンカが入っていて足は温かかった。
「好きなんじゃないわ。分からないんだもの。」
「分からない?」
エーディットは、人魚姫が好きだったわけじゃない。エーディットはどちらかといえば、やられっぱなしじゃなくしっかりやり返す白雪姫の方が好きだったし、自力で戦った赤ずきんの方が好きだった。
「何が、分からないのですか?」
「どうして、人魚姫が、泡にならなきゃいけないの?」
「ならなきゃいけなかった訳じゃありませんよ。」
「そうよ。王子様を刺せば、人魚に戻れたのに。なんで、王子様を刺さずに、自分で泡になっちゃうの?どうして、何もしないで諦めちゃったの?」
チュスは、笑った。ナニーになるには、少しチュスは若かった。夫を早くに亡くして寡婦になったチュスに、メイ家は同情的だったのだ。だから、少し若くて経験の浅いチュスを、それでも娘のナニーに雇った。
「諦めたのじゃありませんよ。」
「じゃあ、どうしたの?」
「人魚のお姫様は、恋をしていたのです。」
エーディットは、すぐに、だから何なの、そう返した。
「恋とはそういうものです。」
お嬢様も、いつか恋をしたら、分かるはずです。
「恋は、人を泡にしちゃうの?」
「そうですよ。恋は、人魚も人も泡にしてしまうのです。」
チュスは、とても寂しそうに、笑った。チュスは、恋をしていたのだろうか。




