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 ログインした私はいつもの様にサクヤに挨拶をして洞を出る。

 お馴染みになっているエミリーの迎えに付いていき地下のテーブルへ。

 誰もいないかと思ったらテーブルには光葉さんが座っていた。


「おはよう」


「おー、ユキさんおはようございますー」


 私がテーブルに座るとエミリーが朝食を取りに行ってくれる。

 光葉さんと花火の話をしていると調理場がある通路から普段ここにいない人物が向かってきていた。


「ユキがおるとは珍しいではないか。朝はおはようだったな」


 メギーアー女王様だ。


「おはよう。私からするとメーアがいる方が珍しいと思うんだけど…」


 私のログイン時間はそこまで早いわけじゃないしいつも同じぐらいの時間だったと思う。


「そうでもないぞ?妾は依頼を受けねばならぬから朝の時間にギルドに行ったりしておるのでな」


 ぇ、それは初耳だ。

 確かにギルドカードの維持の為に依頼を受ける必要があったと思うけど。

 メーアは手に持っていた小皿を私の方へ置き、自分の分と思われる食事と飲み物を置いて座る。


「そうなの?あ、朝食持ってきてくれてありがとう」


「うむ、メイド服の奴が来たのでな。妾が来られる時間はまちまちだったから今まで会わなんだのかもしれぬな。それより食事じゃ」


 メーアに言われて私は頷き朝食を受け取って手を合わせる。


「「いただきます」」


 メーアも慣れたモノで同じように手を合わせて挨拶する。

 食事の合間に気になったことを聞いてみる。


「誰と街に行ったの?光葉さん?」


 メーアは1人では街に行くことができない。

 その為チームの誰かと行ったのは間違いないので、今この場にいる光葉さんに視線を向ける。


「私じゃないですよー」


「うむ、此奴ではない。ドワーフのちびっ子じゃな」


 ドワーフのちびっ子というと…ミナちゃんか。

 ミナちゃんは時々お世話になった宿のお手伝いに行ってるんだっけ。


「行って帰ってくるまでは付き合って貰っておるな」


「へぇー。仲良くなったんだね」


「うむ。荒地でたまに手合わせしておるのでな。ついでに人の技を盗んでおるところじゃ」


 荒地でってちょくちょく行ってるのかな。


「それでミナちゃんはどうしたの?」


「女将さんとやらの所へ行くと行っておったの。用事が済んだらまた荒地じゃろ」


 荒地かぁ…。

 私はあんまり行ってないからなぁ。

 あ、荒地といえば忘れてたことがあったんだ!

 ちょっとメールしておかないと。

 あれ、そういえばメーアが初めて荒地の拠点に来た時に言ってた事だけど今思うと…。


「そういえば、メーア」


「ん、何じゃ?」


「荒地の拠点に初めて来たときに言った事覚えてる?」


 私がそう聞くと首を傾げて考えている。


「森の木のことか?あれから問題になってはおらぬようじゃったが…」


「いや、文字がわからないって言ってたじゃない?」


 私がそう言うとあからさまに顔を背けた。


「そんな事言ったかの?覚えておらぬわ」


「言ったよね?でも、よく考えたらメーアって契約書を普通に書いてたから文字どころか文章もきちんと理解してるじゃない」


「……。ええい、そんな事どうでも良かろう!実際に見に行った方が早いと判断したんじゃ」


 ちょっと嘘くさいなーっと思いながらもこれ以上突っこむのはやめておく。

 多分だけど面白そうだと思って来たんじゃないかと思うし。

 何となく巣でやる事があってもほったらかして来てそう。


「それよりもユキは今日どうするのじゃ?」


「私は習い事かな?」


「何を習ってくるんですかー?」


 光葉さんが気になったのか聞いてくる。

 メーアは気にはなるようだけど咀嚼中だったみたいで視線はこちらに向いている。


「裁縫スキル関係になるのかな。スキルはしばらく取れても使わない予定だけどね」


「ふむ、裁縫か…」


 メーアは裁縫と聞いて食事をしながら考え事のようだ。


「ぬいぐるみ作るんですかー?」


「あー…。闇菜さんに頼まれたのは他の人にぬいぐるみを作って貰う予定だよ。作れる気がしないし」


「ですよねー。アレは私も予想してなかったですよー」


 そう言って苦笑している。

 メーアはあれから大人しかったので光葉さんと話ながら食事を終える。


「ユキよ。以前妾と一緒に狼がこの辺りに来たことは話したな?」


「聞いたけど…、どうしたの?」


「狼のやつ以外にもう一体、妾とこの辺りに来たモノがおる」


「そうなの?」


 以前そんな事は言ってなかったからちょっと驚く。


「うむ…。ただまぁ、人付き合いが壊滅的でな…。趣味に関してなら話ができるかと思ってな」


「へぇ、趣味って?」


「裁縫じゃ」


 言われてなるほどと思った。

 今まで話にあげなかったのは人付き合いができると思ってなかったからかな?

 一応メーアと同じで共存を望んではいるんだよね。

 けど人付き合いはしたくない?

 どんな魔族なんだろう…。


「まぁ、すぐに会わせることはできぬだろう。ユキが何かしら作ったらそれを見せて反応を見たい」


「わかったよ。それでどんな魔族か聞いても良い?」


 少し考えてから頷き。


「まぁ良いじゃろ。上半身が女で下半身が蜘蛛じゃな」


「アラクネですねー」


「そうじゃな。妾と同じで力のある個体じゃな」


 力のある個体って事は…。


「ガードもいるのかな?あれ、メーアってこの辺りに来る前からガードがいたの?」


「彼奴はガードはおらぬ。妾のガードはこっちに逃げてきてから生みだしたモノじゃ。妾だけでは出来る事が限られぬのでな」


 言われて浮かぶのは蜂は集団を作るのが浮かぶけど、蜘蛛はそう言うイメージがないからかな。


「蜘蛛も集団を作る種はありますよねー?」


「らしいの。妾は見た事がないがな」


 おっと、そうなんだ…。

 光葉さんが聞いてくれなかったら蜂と違って蜘蛛は集団を作らないからかなって言うとこだったよ。

 蜘蛛にも集団を作る種がいるんだね。


「彼奴の場合は集団を作る種でないのか同種でも付き合いたくないのかわからぬのだがな…」


 メーアはそう言って遠い目をする。

 私達はその反応に苦笑いだ。

 持ってきてくれた朝食はすでに食べ終えているので飲み物を口にする。

 メーアはなくなったらアイテム袋から追加で取り出しているのでまだ食べている。

 光葉さんは宙に指を走らせながら飲み物片手に時折会話に参加している。


「とはいえ、魔族でもガードを持っておる個体は少ないであろう」


「そうなの?」


「うむ…。まず魔族は個々の能力がかなり高いであろう?」


「いや、そう言われても私はメーア以外だとワジオジェ様しかしらないし…」


「ワジオジェ爺の能力などわからぬか…。普段から動かぬ上に、多くの力を失っておるしの…」


 そう言うと考える仕草をする。


「まぁ、なんじゃ。ガードは生み出す際に魔力と媒体が必要での。他にもデメリットがあるんじゃ」


「へー。メーアもデメリットを受けてるんだ?」


「いや、妾はもう回復しておるな。それにも色々事情があるんじゃ」


 そう言うとメーアは話を続ける気がないのか食事に戻った。

 時間を見ながら手持ちのアイテムを確認する。

 最近は戦闘も採取もしてなかったからそこまで変わった物はないんだけどね。

 ただ生産するのに素材の在庫確認って大事だよね。

 足りないモノとか補充しておいた方が良いモノをエミリーに伝えて用意を頼んでおく。

 すぐに必要なわけじゃないから帰ってきたときにアイテムボックス入れれたら良いかな?


「ユキはこれから習い事じゃったか?」


「そうだね。その前に知り合いのお店に行くつもりだけど」


 私がそう言うと、気になるのかこっちを向いて質問してきた。


「何の店じゃ?むっ、ユキは肉を食わぬからパンの店か?」


 そんな事を言うメーアに呆れつつも首を横に振って答える。


「違うよ…。食べ物じゃなくて魔道具のお店。荒地で使う予定の魔道具のことで相談にね」


「ほぅ、魔道具か。あそこにある転移装置も魔道具じゃったか?」


「そうだね。最初は金額のこともあって設置には抵抗があったし、使ってみると注目浴びて恥ずかしかったりしたけど…。今じゃ無いと困る必需品だよ」


 いちいち街に戻るのに時間を使う事になってたら不便だったと思う。

 此所に拠点があっても楽しめてるのは確実に転移装置のおかげだろう。


「ふむ…」


 食べ終わって片付けをしながら飲み物を飲んでいたメーアは私の話を聞くと手を止めて考え事を始める。

 その様子を見て器用だと思う。

 中脚って言うのか中腕って言った方が良いのかわからないけど2本で片付けをしながらもう2本の腕で飲み物を注いで飲んでいるんだから。


「メギーアーさんは巣に転移装置用意するんですかー?」


 そうそう、メーアの呼び方だけどひと悶着あったが呼び捨てかさん付けに変わっている。

 切っ掛けはルナが言い出した事なんだけどね。

 揉めた原因は私の呼び方で様付けしてる人がメーアの事はさん付けに変えた事だ。

 メーアは気にしてないみたいだけど私が気にしたから私の呼び方も変えて貰おうと思ったんだよね。

 結果だけで言うと何でか抗議されて私の呼び方は変わらず…。


「悩んでおるな。此所にあるような登録地点を自由に行き来できるようなのはいらぬのじゃが、対になっておる場所へ行くようなのがあるのなら欲しいと思うておる」


 そう言われて遺跡にあったのが確かそんな感じじゃなかったかなぁと思った。

 なので。


「そういうのもあったと思うから聞いておくよ」


「では頼むとしよう」


「うん、返事は明日伝えれば良いかな?」


「そんなにすぐできるのか?妾は用事などないからいつでも良いが」


「ううん、魔道具をすぐには用意できないと思うよ。使えそうかだけは早く知りたいんじゃないかと思って」


 私がそう言うとメーアは頷いて。


「そうじゃな。早くに移動手段がなんとかなるとわかるのは助かる。それとじゃな…、できれば街で設置して良い場所があるか確認してきてくれるとなお助かる」


「んー、街の設置場所は確認してくるけど…。何に使うの?」


「うむ。妾は巣に人を呼ぼうとしておるじゃろう?その関係で人が安全に街に戻れる方法も考えておいた方が良いかと思ったのじゃ」


 そう言われて視線を彷徨わせる。

 そういえば職人ギルドに行ったときにそんな話をしていた気がしてきた。

 光葉さんと視線が合うが光葉さんの表情は険しい。


「何じゃ。2人して難しい顔しおって」


「私は反対ですかねー。例えメギーアーさんが信用できる相手でも脅されてー、って事がないとは言い切れないですー」


「でも、今思い出したけど職人ギルドで転移装置用意しておけって言っちゃったよね?」


 私がそう言うと光葉さんは何かを調べるように指を動かし始める。

 メーアは覚えてないのか。


「そんな事もあったか…?」


 なんて言っていた。

 あの時のメーアはすでに買い食いがしたくてその事で頭がいっぱいだったのだろう。


「んー、転移装置に関しては領主様に相談しておくよ」


 私がそう言うと2人とも頷いてそれが良いと言ってくれた。

 正直私達だけで何とかできる問題じゃない気がする。

 話をしていると時間なんてあっという間に過ぎてるモノで9時頃になっていた。


「そろそろ私は出掛けてくるね」


「うむ、気をつけて行ってくるが良い」「行ってらっしゃいませー」「お嬢様、お気を付けて」


 3人に見送られながら転移装置を起動させて街に跳んだ。

 時間に余裕があると言っても早めに冒険者ギルドに行きたい。

 なので用事を済ませるためにサロユさんのお店に向かう。

 現実で朝だから異人は少ないと言っても住人の人がいないわけじゃない。

 住人の冒険者や街に住んでる人が朝食を買ったりして飲食店は人が多く訪れている。

 それ以外にも工房やクスリなどを扱っている店舗は朝早くからお店を開けている。

 私は通行の邪魔にならないお店の入り口にある日よけより上を飛んで移動する。

 気づいた住人の人が声をかけてくれたりするので手を振ったり挨拶しつつも移動する。

 元々飛べるは飛べるけどそこまで速度は出せないんだよね。

 だからルナやシュティに運んで貰った方が早く移動できたりする。

 サロユさんのお店に着くと表の入り口から中に入る。


「いらっしゃいませ。おや、ユキさんでしたか。今日はどうされたんですか?」


「おはようございます。今日はですね……」


 メーアに頼まれていた転移装置の事を伝える。

 これに関してはやっぱり存在しており、用意する事もできるそうだけど専門じゃないから時間が掛かるという。

 早めに用意だけはしたいと伝えると普段作ってる職人さんに話をしておいてくれると言ってくれた。

 転移装置の話が終わったら私の用事を伝える。

 内容は明日付き合って欲しいというもの。

 理由を話すと二つ返事で請け負ってくれた。

 話が済んだところでお客さんも来たので挨拶をしてお店を出る。

 お客さんは少ないけど最近水を出す魔道具の問い合わせがちょっと増えてるとか。

 浮かぶのは荒地のホームでカノンさんが言ってた事だけど、全く無関係じゃないだろう。

 用事が済んだので冒険者ギルドを目指す。

 とは言っても少し気乗りがしない分移動速度が落ちてる気がする。

 それでも9時半過ぎには冒険者ギルドに到着した。

 シキ姉さんに言われた通りルガードさんの方へ向かう。

 忙しそうにしているが私に気づくと手招きをしている。


「よう、嬢ちゃん。待っておったぞ」


「おはようございます」


「まぁ、待ってたのは俺じゃなくて迎えだがな。何だ、嫌そうだな?」


 待ってたと言われて気乗りがしない事が表情に出たようだ。

 笑ってたルガードさんが真面目な顔で聞いてきた。


「公爵様の馬車ですよね…?」


「そりゃそうだろ。公爵邸に用事があるんだろ?」


「アポイントメントはシキ姉さんが取ったので知らなかったんですよ…」


「あのエルフの姉ちゃんか。悪い奴じゃないのはわかったが、押しが強かったからな…」


 以前うちのホームで食事をしたときの事を思いだしたのか笑っている。


「だが、嬢ちゃんの事を思っての事なんだろ?良い姉ちゃんじゃねえか」


「そうですね。いつも世話になってばかりです」


 ルガードさんは笑いながら。


「良いじゃねえか。頼れる相手がいるなら頼れば良いんだ」


 そう言われて思う事がないわけじゃないけど素直に頷く。

 そういえば最近忙しそうにしてたけど今はそうでもなさそうだ。

 その事を聞くと。


「異人が少ない日だからな。仕事がないわけじゃねぇが、多少は余裕があるな」


 ルガードさんの言う通りなのか夜よりは職員の方も少ない気がした。


「多くの異人が活動して忙しくなる週末は全員出て、それ以外の日で休みを取ってるんだ。それより待たせてるんだろ。行かなくて良いのか?」


 見回した事で思った事を察したのか理由を教えてくれた。

 ルガードさんの言う通り話しててちょっと時間が経っている。

 気乗りがしないとは言え迎えに来てくださってる方に申し訳ない思いもあるので馬車が止まっている場所へ向かう。

 ルガードさんが案内に職員の方を付けてくれたのでついて行く。

 とは言え何度か来た事があるので1人でも行けると思う。

 その事を職員の方に言ってみると。


「一応ギルド職員しか入ってはいけない場所もありますからね。ユキさんの事を信用してないわけではないのですが、これも決まりですので」


 そう言われて納得した。

 確かに通ってる通路は受付の奥に進んでいる。

 会議室や練習室も奥にあってはいるときは必ず案内がついている。

 でも会議室から出るときは職員の方が一緒じゃないから奥にいけちゃうんじゃ?

 それを聞いてみると。


「資格がないと通れなくなる魔道具みたいなモノがあってそれで通路が区切られていると思って頂ければ」


 そう言われた。

 と言う事は実際には何らかの通るのに必要な鍵みたいなモノがあって職員の方が一緒だと鍵があるから通れる。

 戻るときは鍵が必要ないから職員の方は付いてなくても大丈夫って感じかな?

 多分簡単に説明してくれただけで、もっと色々と機能があるんだろう。

 防犯システムの一部だけでも教えて貰えたのは信用されてるからか。

 話をしながら通路を進み馬車の停留所になっている場所に着く。

 そこには以前本屋の店員をしていた執事の方が待っていた。

 職員の方は頭を下げると戻っていった。

 私は執事の方に近付き挨拶をする。


「今日はお世話になります」


「いえ、奥様がとても楽しみにしていらしたので来て頂けて感謝しております。ここで立ち話をしていては奥様に文句を言われてしまいますので」


 そう冗談っぽく言われて馬車に乗り込む。

 執事の方は私の向かいに乗り扉を閉めると御者に合図をした。

 するとゆっくり馬車は動きだす。

 馬車の中にはメイドの方がいた。

 男性と2人きりにしない為かな?そんな事を考えていると執事の方から声をかけられる。


「帰りもギルドまで馬車を出した方が良いでしょうか?」


 もう帰りの事を聞かれるとは思ってなかった。


「あ、はい。お願いします」


「畏まりました」


 ゴトゴトと馬車の進む音を聞きながら視線を外へ向ける。

 特に会話がないのでちょっと気まずい。


「以前の本は如何だったでしょうか?」


 そう思っていたのは執事の方もだったのか私に声をかけてくれた。

 私は視線を執事の方に向けて返事をする。


「とても助かってます。あの時頂いた本があったから出来る事が増えて今があると思ってます」


「そうですか、それは良かった。正直なところ少々緊張しておりまして、先ほどはいきなり帰りの事を聞いてしまいすみませんでした」


「いえ、お世話になりますので…。それよりも、緊張ですか?」


 私からすれば公爵様の執事と言う事は王家の人とも関係があるんじゃないかと思っている。

 関係と言っても主従なんだとは思うけど、そう言う地位のある方々と比べれば私相手に緊張するというのがわからなかった。


「恥ずかしながら以前は、ただ可愛らしいお客様だと思っておりました。しかし、領主である旦那様より最上位の客人として応対するように言われましてね」


 最上位の客って…。


「やはり驚かれますよね。ユキ様の扱いは王家と同じようにと言われたのです」


 顔に出ていたみたいだけど続けて言われた言葉でさらに頭が痛くなる。

 私の扱いが王家と同じってどういう事!?


「詳しい話は教えて頂けなかったのですがそれだけ重要視されている方が、使用人である私にも敬語で話されているのです。異人の方が我々と違うのはわかっていてもどうして良いかわからなくなってしまいましてね」


 そう言って笑いかけてくる。

 今の話を聞いて私の秘密、この場合は世界樹の事があるからだと思うけど…。

 もしかしたらメーアとの関係もあるからかもしれない。

 そんな事を考えて難しい表情をしていたからか。


「あぁ、私がこのような事を言った事は旦那様には内緒にしてください。貴方もお願いしますね」


「はい」「わかりました」


 口の前で人差し指を立て私とメイドの方にそう言って笑っていた。

 もしかしたら私の緊張を和らげる為に言ったのかなって思えた。


「そんな事言ったら平民の私が何度も公爵様のお屋敷に行く気持ちを考えてくださいよ。今日だって緊張しちゃって。そういえば今更ですけどお名前聞いてもよろしいでしょうか?」


 笑いながらそう言うと執事の方はハッとしてすまなさそうな顔をする。


「これは失礼しました。私はオットーと申します。今後ともよろしくお願いします」


 それからはメイドさんも会話に加わってあれこれ話をした。

 話題は食べ物の話から開拓の話まで色々だ。

 世間話のように思えるけど知らない事を聞けたり聞かれる内容が答え辛い内容だったりもした。

 答え辛かったのはシルクのことで、現状どうなってるか知らなかったんだよね。

 やっぱりメイドの方も気になるようでいつか小物でも良いから手にしてみたいと言っていた。

 モノはソフィア様の持っているモノを触らせて貰ったのだとか。

 メイドの方と話している方が長かった。

 オットーさんだけでなくメイドの方が乗っていたのは話し相手という意味もあったのかな。

 屋敷に着くとメイドの方がそのまま案内をしてくれた。

 案内されたのは以前ファッションショーのようになっていた部屋だ。

 メイドの方がノックをして用件を伝える。


「ユキ様をお連れしました」


「どうぞ」


 ソフィア様の返事の後、メイドさんが扉を開いてくれて私は中へ入る。


「さがって良いですよ」


「はい、失礼します」


 ソフィア様に言われて案内してくれたメイドの方はお辞儀をし扉を閉めた。

 部屋の中にはソフィア様とメイドの方が1人。

 衣装部屋なのか沢山のドレスや小物などがある。

 以前来たときは気にしなかったけど目立つのは大きな姿見だろうか。


「ふふ、こちらへ来てお座り下さい」


 キョロキョロと部屋を見ていたからだろう、ソフィア様にそう言われて見渡すのをやめる。

 以前来たときはなかった気がするソファーとその前にあるテーブルに近付く。

 テーブルには私用に小さなイスとテーブルがあった。


「えっと、今日はよろしくお願いします」


 私はそう言って小さなイスに座ってソフィア様を見上げる。

 ソフィア様はきょとんとした表情で私を見ており何か気づいたのか手を合わせて微笑んだ。


「ユキさん、今日は私が教えるんじゃないんですよ?」


 そう言って楽しそうにこちらを見ている。


「え?そうなんですか…?」


「えぇ。教えるのはここにいるメイドのリラですよ」


「リラと申します。よろしくお願いします」


 ソフィア様に紹介されたリラさんは私にお辞儀をする。

 私も慌ててお辞儀をして返事をする。


「私の方こそ今日はよろしくお願いします」


「ふふ、それにしてもシキさんは説明していなかったんですね」


「そうですね…。会った事があると言ってたのですけど誰とは言ってませんでしたので…」


 顔を顰めてそう言うと面白かったのかソフィア様は笑っている。

 笑われているとは言っても笑い方が上品な感じで嫌みはない。


「リラは私に刺繍や編み物を教えてくれた先生みたいなもので、今も刺繍した物を見て貰っているんですよ。リラ、いつまで後ろにいるんですか」


「それでは失礼します。本職ではございませんが、お力になれるよう努めさせて頂きます」


「はい。経験がないのでお手数お掛けすると思いますがよろしくお願いします」


 ソフィア様は私の方を見ながらも刺繍をするようで道具を用意していた。

 私も来る前にエミリーから渡された道具を取り出す。

 中には布と刺繍枠、刺繍針が入っている、

 どれも妖精用のようで私でも扱えるサイズになっている。


「道具が小さくて可愛らしいわね。できあがりが楽しみだわ!」


 ソフィア様は私の道具を見て目を輝かせた。

 できあがりに期待されてもいきなり綺麗にはできないと思うんだけど…。

 用意された布には予め花柄が描かれていた。


「シキ様と事前に相談して練習して頂く柄を決めさせて貰いました。それではまずこちらの柄からやりましょう。やり方ですが…」


 リラさんはシキ姉さんとやる事を決めていたようで布毎に違う花柄が描かれている。

 私はリラさんが手にしている柄と同じ柄の描かれた布を手にした。

 やり方を覚えるべく言われることを真似するのだった。


 ・

 ・・

 ・・・


 チクチクと布に針を通していく。

 会話は特になく、教えて貰うときの質問とそれの返事ぐらい。

 ソフィア様は時折こっちを見たりしながら自分の刺繍をしている。

 私はリラさんに見て貰いながら始めはおっかなびっくりと針を刺していた。

 今は最初と比べて少しはマシになったんじゃないかと自分では思う。

 今もリラさんからアドバイスを貰っているけどね。

 柄以外にイニシャルを刺繍する方法も教えて貰ったけど、私は今までただ等間隔で縫うだけだと思ってた。

 実際に教わった縫い方をやってみるけど、見栄え良く綺麗にやるのは思ってたより難しい。

 初めてすぐできるほど器用じゃないのは理解してるけどね。

 用意されてた柄はどれもやり方を変えて教えて貰っているので覚えるのも大変だ。

 それでもちょっと上手くできたかなと思うと嬉しくて夢中になってしまった。

 扉をノックする音がした。


「どうぞ」


 ソフィア様が返事をすると扉を開けメイドの方がお辞儀をする。


「お食事の用意ができましたが如何しましょう」


「もうそんな時間ですか。わかりました、食堂へ向かいますのでそう伝えて下さい」


「承知しました」


 返事をするとまたお辞儀をして扉を閉めた。

 私達は作業の手を止め各々道具箱にしまっていく。

 私の場合は箱に入れてアイテムボックスに入れておく。

 2人は片付け終えると先にリラさんが立ちソフィア様が立つのをサポートする。

 ソフィア様は大丈夫と口では言っているけど頼ってるのが見ていてわかる。

 部屋の外へ出るとメイドの方が2人リラさんと交代でソフィア様に付いた。

 気になって理由を聞いてみると。


「リラは余程の事がない限りメイドとして主人と共に食事をしないのですよ。今日は午後も私達について教えて貰うので同じタイミングで食事を取ってくるそうです」


 リラさんは普段だとソフィア様の食事時は後ろで控えて、後ほど他のメイドと交代で食事を取っているのだとか。

 理由を聞いてちょっと申し訳ない気持ちになる。

 ソフィア様は私の表情を見て。


「謝ったりしないで下さいね?リラったら凄く楽しそうだったんですよ」


「そうなんですか?」


「えぇ、ユキさんは真剣に刺繍をしてらしたので気づかなかったと思いますが、リラはその様子を見て微笑んでいましたもの」


 ソフィア様がそう言うと後ろから「えっ」っと驚いた声が上がってすぐに「申し訳ありませんでした」と謝罪が来た。

 後ろにいたメイドさんが驚くほどリラさんが微笑んでる姿はレアなのかな?


「リラってば殆ど表情を出さないように小さい頃から訓練させられてたみたいで、よく見られる表情は怒ってるところなんですよ」


 どう反応して良いかわからず曖昧に返事をする。

 何か複雑な家の事情があるのかもしれないから何とも言えなかった。

 以前来たときと同じ食堂に案内されてメイドさんが開けてくれた扉をソフィア様と通る。

 中には執事のオットーさんを後ろに控えさせてイスに座るクリストファー様がいた。

 ソフィア様と一緒に案内されて席に座る。

 広いテーブルにイスも多いのに座っている人は2人だけ。

 私は以前と同じでテーブルに用意された小さなテーブルとイスだ。

 クリストファー様とソフィア様は並んで座っており、その間に私の席がある。

 私はクリストファー様やソフィア様の方を向いて座っているので上を向けばお二人が見れる。

 逆に言うと2人からは常に見られている感じだろうか。

 料理の方は妖精用にと考えて下さってるようで食べやすいし美味しい物がでた。

 ただ気になったのは飲み物だろうか。

 お酒だったのだ。

 いや、貴族の食事だと飲み物はお酒というイメージがあったけどね。

 妖精の私が飲む量はそこまで多くないしクリストファー様のついでかもしれない。

 ちなみにソフィア様はお茶だった。

 私にお酒が出たのはきっと他の異人達からの情報だろう。

 出された物はありがたく口にする。

 ワインだったんだけどガイさん達に分けて貰った物より飲みやすい。

 それなりに価値があるワインなのかも。

 前回食事を頂いたときはお茶だったけど、会議前だったからかルナもいたからかな?

 食事中はあまり会話をしないのかと思っていた。

 しかし、二人が積極的に話しかけてくれたのでそれに答える。

 内容は料理の話から荒地の事も聞かれている。

 荒地の事に関しては私よりも情報収集してるからか詳しいこともあった。

 なんでも殆ど建物の方は出来上がっているらしい。

 ちょっと早すぎないかな…。

 現実じゃこんなに早くできないと思うけど魔法があって妖精達が頑張ってくれているからだろうか?

 お土産にケーキ買っていってあげようかな。


「そういえば、メーア…。メギーアー様が街に転移する場所が欲しいって言ってたんですけど…」


 来る前にメーアから頼まれていたことを思い出したので確認する。


「ふむ?ユキ嬢の拠点を行き来する事ができれば良いのではないか?」


 そう言われるとそんな気もする。

 けど使うのがメーアじゃなくて街からメーアのところに移る人達だ。

 そうなると問題が起きるかもしれないのできちんと説明する。


「なるほどな。そういう事であればこちらで対応しよう。話を通してからになるからまだ決まりではないが、多分冒険者ギルドになるのではないかと思う」


「ギルド内に転移装置を置くと言うことですか?」


「あぁ、実際地下遺跡への転移装置以外にも用意はされているんだ。普段は使われることは無いがね」


 用意はしてあるけど使われてないのはなんでだろうと思って聞いてみる。


「緊急の時の為に用意してあるモノだからな。時折訓練で使うことはあるが普段は使っていないんだ」


 なるほど。

 何かあった時の備えなんだろう、それなら普段使わないのも納得だ。


「えっと、それじゃ決まりましたら教えて貰っても良いでしょうか?」


「もちろんだ。私がメギーアー様を呼び出して伝えるわけにもいかないからな」


 そう言われて確かにと思った。

 呼ばれれば喜んで来そうだとは思うけど、メーアの事を勘違いされても困るもんね。

 簡単に言うことを聞く相手だと認識されたら問題しか起きないだろう。

 食事を終えると部屋を変えて客間に案内された。

 午前中とは違ってのんびりお茶を飲み話をしながらまた刺繍をする。

 私は話をしながら刺繍をしようとするとズレたりしてミスが増えてしまった。

 話をしようとするとつい顔をあげてしまったり、手を止めて考えたりしてしまう。

 午前中とは違って話ながらだったのであまり練習は進まなかった。

 2人には慣れだと言われたけど慣れるのにはまだまだ時間が掛かりそう。

 けど話ながら刺繍をできるようにはなりたいと思った。

 リラさんは午前中と違って刺繍はせず私に指導したりしながら普段通り仕事をしているようだった。

 途中休憩の時にはクリストファー様が見に来てソフィア様の刺繍をしているのを見て褒めてらした。

 後で私も見せて貰ったけど妖精をモチーフにして刺繍をしていた。

 時折私の方を見ていたのはそのせいだったのか、とちょっと納得した。

 ちなみに私のは人から見ると細かくて私が失敗した部分を伝えても伝わらなかった。

 その為これなら売れるんじゃないか?と言われてしまった。

 自分でも良いと思えれば考えたかもしれないけど失敗したのを売られるのは嫌だ。

 やってて思ったのは私が刺繍した物は普通の人から見るとかなり小さい。

 だからハンカチにしても端の方だと目立たない気がする。

 これは刺繍に限らずゲームの身体で物を作れる物は基本的に小さすぎる。

 小さくても使えそうな物も考えた方が良いのかな。

 そんな事を頭の隅で考えながら刺繍をしてミスをした。

 考え事をしながらだとやっぱり疎かになるね…。

 そんな事もあったけどやってくうちに気づけばスキルの習得に必要なポイントが0になっていた。

 経験で消費ポイントが減ったり習得できたって事があったからもしかしたらと思ってはいた。

 けど、まさか初日に条件を満たせるとは思ってなかった。

 裁縫のスキルはパッシブじゃなかったので習得だけはして控えに置いておく。

 そういえば、スキルのシステムもよくわからないよね。

 経験で習得できても控えにあると効果がない。

 そもそもセットできるスキル数に制限があるというのも何か理由があるのかな?

 何だかんだあれこれやってるうちに時間は過ぎて夕方近くになっていた。

 夕食のお誘いを受けたけど流石に断って屋敷を出る。

 ソフィア様は残念そうにしてたけどまた来る事を伝えると笑顔で楽しみにしてると言われた。

 ゲーム内で週の2日目、現実で午前中に来る事になった。

 リラさんはいずれ刺繍以外にもレース編みもやってみましょうと言っていた。

 レース編みもちょっと気になるからやってみたい。

 モチーフに雪の結晶があったんだよね。

 ルナが喜びそうなモチーフだと編み物より刺繍かな。

 しばらくは練習してからになると思うけどプレゼントも考えておこうかな。

 ゴトゴトと揺れる馬車の中でそんな事を考える。

 帰りの馬車もオットーさんとメイドさんが乗っていて、今後もお世話になるのでどうするかの話をする。

 時間は今日ぐらいの時間で、場所も同じ冒険者ギルドにして貰った。

 送って貰った私はルガードさんに週の2日目は公爵様の邸に行くので迎えに来て貰うことを話しておく。

 冒険者ギルドじゃなくても良いんじゃないかと言われたけど馬車の停留所よりこっちの方が来やすいんだよね。

 それに向こうだと公爵家の馬車が停まってると思ったより目立つ。

 パーティーの時は結構な馬車が往復してたけど公爵家の紋章は付いてなかったんだよね。

 冒険者ギルドの停留所はそこまで広くはないけどあまり利用する人は多くないみたい。

 だから、目立たないわけじゃないけど注目はされにくい。

 あまり利用されないのは冒険者が馬車を使うことが少ないからだそうだ。

 馬車で移動するのは基本貴族の関係者か、乗合馬車を利用する住人ぐらいだそうだ。

 そもそも今街の外には馬車が出ていないそうなので、それが利用が数ない1番の理由だろう。

 冒険者ギルドを後にした私は荒地で頑張ってくれてる妖精達のためにケーキを買っていく。

 荒地にいる妖精がどれだけいたか覚えてないからちょっと多めに買っておく。

 余っても食べたがる相手はいるから消費は早いんだよね。

 お店を出ると良い時間だったのでホームに戻る。

 光葉さんはもうログアウトしていていなかった。

 ログインしてるのはミナちゃんだけで、ホームにいないと言うことはまだ荒地かな。

 ホームにいる妖精達の近況を聞きながら一緒に食事を取る。

 少しずつだけど上に登る階段を作ってくれてるみたいだった。

 他にも畑の様子やワツシワの好み、コッコ達の様子を妖精達が話してくれる。

 気づけば沢山の妖精が集まって一緒に食事を取っていた。

 普段はなかなか話す機会がないから話をできると集まってきてしまったとエミリーに謝られた。

 私としては嫌じゃなかったから謝らなくて良い事を伝えた。

 ホントならもうちょっと交流する機会が作れれば良いのかもしれないけど、それを伝えたら逆にエミリーに恐縮されてしまった。

 それについては今はまだ良い案もないし、またみんなで食事したいねと伝えるだけにしておいた。

 食事を終え妖精達に挨拶をして洞に戻るとサクヤに声をかけてログアウトした。

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