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 聞き覚えのある目覚ましの音がして枕元に手を伸ばす。

 寝惚け眼をこすりながら、片手で目覚ましを探す。

 欠伸をしながら視線を向けるが、思っていた方と音の鳴っている方向が違うことに気づいた。

 聞き覚えがあるのは一人暮らしをしていた頃に使っていた目覚ましの音だったからだ。

 当時は枕元に置いていたから無意識に手をそちらにやっていたようだ。

 どうやら音がしているのは足の方から。

 身体を少し起こしてそちらを見ると、勉強机の上に目覚まし時計が置いてあった。

 うるさいから止めたいとは思うけど位置が悪い。

 面倒くさくなってベットにまた寝転がる。

 近くに置いてある携帯を手に取り時間を確認する。


「うー…。まだ6時…?」


 今までこんな時間に起きてなかったし、昨日も夜ちょっと遅くなってしまったので眠い。

 と言うわけでいそいそと布団をかぶり直す。

 目を閉じたところで部屋の扉が開いた。


「ふわぁ…。お姉ちゃんおはよー。起きてるー?」


「寝てるよー」


 欠伸をしながら声をかけてきた那月に返事はするが起きる気は無い。


「起きてるじゃん」


「目は覚めたけど、まだ眠いし寝直すところ。起き上がってないからまだ起きてないんだよ」


 私がそう言うと那月は勉強机の方に歩いて来て、未だ鳴り続けている目覚まし時計を止めた。


「もう、変な事言ってないで起きてよー」


 那月はベッド脇までくると、そう言って容赦なく布団をはいできた。


「あぁ…」


 まだこの時期朝は寒い。

 はぎ取られた布団のぬくもりが恋しくて手を伸ばす。

 那月はその手を取って引っ張ってきた。


「はい。起きようねー」


「わかったよ…。ん~っ」


 那月に起こされて座った私は手を上に上げて伸びをする。

 閉まっているカーテンをチラッと捲るがまだ外は暗かった。

 手伝って貰い車椅子に乗るとエアコンの暖房をつけて部屋を出る。

 洗面所へ行き洗顔などを済ませてリビングへ行くと母さんが朝食を並べているところだった。

 トーストに目玉焼き、サラダにスープと完全に洋食だ。


「洋食だと…。さてはお母さんの姿をした偽物だな!」


 那月がそう言うと、母さんは呆れた様子で那月を見てから私の方を向いた。

 那月の言った事はスルーのようだ。


「雪菜、おはよう」


「おはよう。目覚まし誰が置いたの?」


「もちろん私よ。那月が朝練だって聞いたから、一緒に済ませてしまおうと思ったのよ。洗い物が一度で済ませれるからね」


 そう言われてしまうと返す言葉もない。

 食事のタイミングが違えば洗い物をその都度やるか溜めるかのどちらかになる。

 一人暮らしの時はついつい溜めてしまい、まとめてやることが多々あったけどね。

 それはそれとして。


「喫茶店のモーニングみたいでちょっと嬉しいな」


 母さんがヨーグルトを運んできたのを見てそんな事を言う。

 行ってた喫茶店だとスープとヨーグルトがなくて、目玉焼きじゃなくてゆで卵だったけどね。

 私としては目玉焼きの方が好きだから嬉しい。


「お姉ちゃん、仕事してるときは喫茶店とかよく行ってたの?」


「休みの日だけど、伯父さんに連れられて時々ね」


「2人ともお茶で良い?」


「うん」「お母さん、私オレンジジュース!」


 私が頷くと那月はオレンジジュースを頼んでいた。

 母さんは自分の分に牛乳を注いでいた。

 こういう朝食だとコーヒーが良いなぁって思ってしまう。

 2人も席について手を合わせる。


「いただきます」


 母さん曰くパンをオーブントースターで焼いてる間に目玉焼きを作っただけの手抜きだという。

 サラダはポテトサラダで買っておいた物、スープはインスタントだそう。


「そういえば那月、アンタ支度は済んでるのよね?」


 昨日ログアウトする前、穂風ちゃんに朝練だって言われてたっけ。


「うん。寝る前にやってあるよ」


「遅くまで起きてたみたいだけど、怪我に気をつけるのよ?」


「ぶっ…、ごほごほ。何で知ってるの!?」


「雪菜の部屋に目覚まし時計置きに行ったついでに、アンタの部屋見たらまだゲームやってたじゃない」


 あれ、那月も部屋に戻ったから落ちたのかと思ってたけどまだやってたんだね。

 思い当たるのは花火かな、何か盛り上がってたよね。

 そういえば…。


「那月、朝練って辛いの?」


「ん、どうして?」


 私が聞くと不思議そうに聞き返してきた。


「穂風ちゃんに言われたとき嫌そうにしてたように見えたから、かな」


 母さんが朝練に行ってなかったのが私と一緒に朝食が取れないからだって言ってたけど、昨日の穂風ちゃんとのやり取りを見て他にも理由があるのかと思った。

 なので私がそう言うと、那月は少し考えてから。


「ん~、嫌ではないかなぁ。朝が早くなること以外は辛くないし。むしろ身体動かした方が1日頑張れる気がする」


「そうなんだ?」


「ぁ、でもお姉ちゃんと朝話せなくなるのは嫌だったな。お姉ちゃん、朝弱いのによく仕事大丈夫だったよね」


 そう言われて当時を思い出し苦笑しながら返事をする。

 2人とも知ってると思うけど、学校行ってたときはちゃんと起きてたよね。

 一人暮らしを始めてからその辺だらしなくなってしまった気がする。


「大変だったよ。目覚まし増やしてみたり色々試したよね」


「起きれないことはないのね」


 母さんに言われて頷く。


「そうだね。那月が早いときは私も早めに起きるよ」


 どうしようか迷ってはいたけど、朝練自体は嫌じゃないみたいだし。

 私と話したり朝食をとる事で行こうと思えるなら、早く起きるぐらい大したことじゃないだろう。

 多分…。


「それは良いわね。雪菜の生活習慣も改善されそうだし、洗い物も一度で済むし助かるわ」


 那月も嬉しそうにしている。

 けどやっぱり不安なので予防線は張っておく。


「でも起きれる自信はないから起こしにきてくれると嬉しいかな…」


「うん、任せて!」


 仕事に行ってたときはギリギリまで寝てたこともあるくらいだしね。

 伯父さんのところに泊めて貰ったときは絵梨さんが起こしてくれたから目覚ましすらかけてなかったなぁ…。

 絵梨さんと言えば何度か電話のやり取りはあったけど事故の後まだ会ってない。

 もし会えたら心配かけたことを謝罪して、お世話になってたからお礼を言いたい。

 私がそんな事を考えていると母さんは那月をからかっていた。


「良かったわね。大好きなお姉ちゃんがアンタの為に起きてくれるってよ」


「そ、それよりも!お母さん、今日はいつもより早かったんじゃ?」


 那月は話題を変えるようにちょっとトーンをあげてそう言った。


「そうねー。トサカ達の様子を見たかったから早く起きてみてきたのよね」


「おー!どうしてた?」


「寝てたわね。よく考えればこの時間向こうは深夜じゃない。近くに行ったら気づいたみたいだけど、眠そうにしてたからすぐ離れたわ」


 6時間毎に向こうは1日経つ。

 日の切り替わりが0時、6時、12時、18時だからこの時間は丁度日付が変わった頃だね。

 朝は8時前後のログインが向こうも朝で丁度良いかな。


「そうそう。雪菜、エミリーちゃんに道具は預けておいたから」


「道具?」


「そうよ。使うことになる道具ね」


「ぁ、お母さんが昨日頼みに行ってた事で使うやつ?」


「えぇ、一応確認して問題も無さそうだったわ。妖精達って意外と器用よね」


 言い方からして道具作りは妖精にお願いしたって事かな?

 確かに人に使う道具作って、なんて言っても妖精用なんて作りにくいよね。


「お母さん、どんな事やるの?」


「雪菜のことを気にする気持ちはわかるわ。それよりも、アンタは着替えてないけど時間大丈夫なの?」


 母さんが言うように那月はまだパジャマのままだった。

 いつも那月はご飯を食べてから着替えてる。

 言われて時間を確認すると、返事はせずに食べるペースが上がった。


「慌てて食べると危ないよ」


「わはっへる(わかってる)」


 私が那月のコップに飲み物を注ぎ足すと、一気に飲んでからお礼を言ってきた。

 飲み終わると手を合わせて。


「ご馳走様でした。ごめん、支度するから先に席立つね」


 そう言って慌ただしく部屋に戻っていく。

 しばらくするとチャイムの音が鳴る。


「穂風ちゃんかな?」


「だと思うわよ」


 私の予想に母さんが同意している。

 母さんが玄関に向かう様子はなく、那月が玄関に向かっていったようだ。


「おはよう。迎えに来たよ」


「おはー。ごめん、もうちょい待ってー」


「はいはい。まだ余裕あるから焦らなくて良いよ。昨日の様子からてっきりまだ寝てるだろうと思って迎えに来ただけだし」


 予想通りだったようで2人の会話が聞こえてくる。

 久しぶりの喫茶店ででてくるモーニングのような朝食を食べ終えて挨拶をする。


「「ご馳走様でした」」


 私と一緒に母さんも手を合わせていた。

 母さんは食器を流しに持って行くと私の後ろに回り車椅子を移動させる。

 玄関に続く廊下に出ると中で立っている穂風ちゃんがいた。


「「おはよう」」


「おはようございます」


 エレベーターが無いのでここまで階段を上がって迎えに来てくれている。

 私の事ではないけど申し訳なく思うし、ありがたくも思う。


「那月のこと迎えに来てくれてありがとね」


 私がそう言うとちょっと照れた様子で両手を振り。


「そんなお礼言われるようなことじゃないですよ。なっちゃんはムードメーカーなんでいてくれると部の雰囲気が良くなるんです」


「そうなんだ。今度那月の部活の様子とか教えてよ」


「はい。もちろん」


 そんな会話をしていると部屋のドアが開き、着替えて準備が終わった那月が出てくる。


「もう!聞きたいなら私が話してあげるのに」


「那月が話してくれるのも嬉しいけど、人から見た那月のことも聞いてみたかったんだよ」


「そっか…」


 私の言った事を聞いて那月は嬉しそうで顔が緩んでる。


「そろそろ行った方が良いんじゃないの?」


 母さんに言われて2人はスマホを確認する。


「そうだね、なっちゃん行こうか」


「うん。お姉ちゃん、お母さん行ってきます」


「「いってらっしゃい」」


「お邪魔しました」


 2人は玄関を出て手を振る。


「2人とも気をつけてね」


 私がそう言うとゆっくりと玄関の扉は音を立てて閉まった。

 母さんは車椅子を引きリビングに戻る。

 そして使った食器を洗い始める。


「雪菜」


「ん、なに?」


「時間は朝からでお願いしてあるわ。やる事は一応手芸かしら。場所は冒険者ギルドに迎えが来ると思うからルガードさんに聞きなさい」


「えっと、現実で言うと?」


「こっちだと多分午前8時半ぐらいで良いんじゃないかしら?」


「それだと…、向こうで毎週2日目の朝10時って事で良いのかな」


 私が確認すると頷いて肯定された。


「続けるかどうかはアンタ次第だから、まずは一度行ってみて考えれば良いわ」


「いいの?」


「いいのよ。向こうは専門の人じゃないけど技術は高かったわ。教えるのも上手かったから問題はないはずよ」


 そう言い終わると洗い物が終わったのか蛇口を止めて手を拭いている。

 飲み物を持ってきて私の前に座る。

 私も出したままになっていたお茶をコップに注ぐ。


「やってみてダメだと思えばまた他のことを考えても良いし、しばらく続けるならそれで良いと思うわ」


 母さんの話に頷く。

 話が途切れたところで飲み物を口にして喉を潤す。

 手芸って言ってたけど具体的にはどんな事をやるんだろう。

 気になって聞いてみる。


「刺繍やレースなんかを教えて貰えると思うわ」


 って事はさっき言ってた道具は針や糸かな。


「相手は雪菜も会ったことある相手だから大丈夫よ」


 私も会ったことがある相手かぁ。

 ギルドに迎えを出してくれて、専門の人ではないけど刺繍などが上手。

 何よりも会ったことがある相手。

 そうなるとかなり限られてくるんだけど…。

 聞いた話から1人だけ浮かんだ人物がいる。


「母さん、私の予想が合ってたら凄く行きたくないんだけど…」


「多分その予想通りだと思うわ。そんなに難しく考えないで友達に教えて貰いに行くと思えば良いのよ」


「いや、友達って言うのは無理があると…」


「何にしても一度行ってから考えなさい。いいわね?」


 そう言われると首を縦に振って頷くしかない。

 ちょっと気が重く感じてお茶を飲む。

 気が晴れることはないけど、まだ冷えているお茶が心地よく感じる。

 向かいにいた母さんは飲み物を飲むと夜のうちに部屋干ししていた洗濯物をハンガーから外したたみ始める。

 ボーッとその様子を見ていてあることを思いだした。


「あ、漫画」


「ん?漫画って、急にどうしたの?」


「いや…。好きだった漫画久しぶりに読んでて続きが出てるか調べたら8冊も出てたんだよ」


 私がそう言うと母さんはたたむ手を止めて考えている。

 すぐに浮かんだのかたたむのを再開しながら確認してきた。


「掃除の時に読んでたやつ?」


「うん。仕事してた頃は漫画も買ってなかったし」


「テレビも部屋になかったじゃない…。アンタ何を楽しみにしてたのよ」


 呆れたようにそんな事を言われる。


「殆ど飲食でお金なくなってたかなぁ…」


 当時を思い返すと食べたり飲んだりが唯一の楽しみだったと言える。

 近場に買いに行ったりお取り寄せしたり。

 それを伝えるとちょっと苦笑して。


「まぁ、それも1つの楽しみね。…漫画は買ってきてあげるわ」


「え、いいの?」


「今日買い物行ってくるつもりだったしついでよ」


 ついでと言った母さんの表情はちょっと嬉しそうに見える。

 父さんも好きな漫画だったからかな。

 持ってる巻を伝えると、スマホを操作している。

 洗濯物をたたむのを再開した母さんをボーッと眺めて過ごす。

 手伝うと言ったら断られたんだよね。

 テキパキと洗濯物をたたみ終えた母さんは仕事へ行く準備を始める。

 着替えを済ませた母さんは冷蔵庫の中身を確認しながら私に声をかける。


「そういえば食べたい物とかはある?」


「んー、すぐには浮かばないけど…。ぁ、コーヒーが欲しいかな」


 私がそう言うと手にしたスマホを操作している。

 さっきもだけど、スマホにメモしてるのかな。


「インスタントで良いの?」


「何でも良いよ」


「なら、お湯入れて作るのが良いかしら…。お昼に食べたい物とかは良い?」


 言われて考えるけど1人の時はキッチンで作ることはできないからインスタン食品で済ませている。

 全くできないわけじゃないとは思うけど不安だからと母さんと那月に止められている。

 まぁ、座った状態で料理したことないし私自身不安もあるから素直に従っている。

 その為お湯を入れるだけとかレンジでチンするだけで食べれるモノばかりになっている。


「サラダ以外で野菜が多いのもあったら嬉しいかな?」


 私がそう言うと母さんは少し考えて。


「簡単に食べれる野菜の多いおかずね。チンのご飯は大丈夫?」


「うん、まだあるよ」


 私がそう言うと母さんは頷いてスマホをポケットにしまった。

 買っておくモノの確認とメモが済んだのだろう。

 母さんはこちらを向き私を見ると俯いてしまった。


「……。雪菜、アンタは後悔してない?」


「急にどうしたの?」


「アンタが働かないといけなくなったのは私にも責任があるでしょ…」


 そう言われて思い出すのは父さんが亡くなってからしばらくの事。

 今思えば那月は空元気だったんだと思うけど、それまでよりも明るく話すようになっていた。

 母さんは仕事が忙しかったのか遅くまで帰ってこなかった日が増えていた。

 後で知ったことだけど当時はそこまで売れてなかったから商品の売り込みや新商品を作ったりして試行錯誤していた時期だ。

 夜の遅い時間に母さんが家計簿をつけながら頭を抱えているのを見た事もある。

 当時は私が高校に入ったばかりでお金がかかった。

 那月だって数年後には高校受験があるし私が大学へ行くとなればもっとお金が必要だった。

 私は大学は行けなくても良かった。

 母さんが苦しんでるのを見ると胸が苦しかった。

 何となく那月の顔が見たくて部屋に行き寝顔を見ていると、那月には高校だけでなく大学も行かせてあげたいと思った。

 当時の那月は学校の先生になりたいと言っていた。

 今後どうなるかわからなかったけど学校に行けなくて諦める事はさせたくなかった。

 だから伯父さんに相談して資格を取るために勉強をしたし、アルバイトを始めた。

 アルバイトで得たお金を生活費に回すことは母さんから反対があったけど最後は折れてくれた。

 当時の母さんの収入だけでは苦しいという思いもあったんだろうと思う。

 勉強やアルバイト、進路は母さんや那月に相談はしないで私が勝手に決めたことだ。

 この事に対して後悔してるかと聞かれれば答えはNoだ。

 だから。


「もし過去に戻れたとしても私は同じ選択をするよ」


 そう言うと母さんは俯いている顔を歪める。

 頬を光るモノが伝うのが見えた。


「兄さんにはあんな事を言ったけど…。私だって後悔したわ…。病院のベッドで横になる雪菜を見て、何度も、何度も…。働かせないでもっと部活をやったり遊んだりさせていればって……」


 声を荒げてはいないけど悔やんでいるのが震える声から伝わってくる。


「母さん…」


「だけど当時は苦しかった…。雪菜が助けてくれたから何とかなってたのも頭では理解してるのよ。でも、もし雪菜が学生らしく過ごして大学に行けていれば事故になんて遭わずにすんだんじゃないかって……」


 ずっと溜め込んでいたモノをはき出すように母さんは言った。

 いや、実際溜め込んでいたのだろう。


「那月だって1人にさせてばかりで寂しい思いをさせて…」


 声を小さくしていく母さんの手を包むように両手で握る。

 母さんの頬を伝った滴がぽたぽたと私の手にも落ちる。

 立っている母さんと同じ高さで視線を合わすことはできないけど、俯いている今は見上げれば視線が合わせられる。


「私は感謝してるよ。やりたいことをやらせて貰っていたから。こんな事になっちゃったのは確かに辛いけど、誰かのせいだなんて思ってない。母さんと那月には自棄になっていた私のために色々してくれて感謝してるよ。だから泣かないで欲しいな」


「雪菜…。ごめんなさい。ありがとうね」


 母さんは涙を指で拭い、しゃがみ込んで私を抱きしめた。

 私も母さんの背に手を回し抱きしめて、普段はなかなか言えないお礼を口にする。


「私の方こそ、迷惑ばかりかけてるのに…。いつもありがとう」


 そこまで長い時間ではなかったと思うけど、どちらからともなく抱き合うのをやめる。

 母さんは少し泣いて落ち着いてきたのかきまりが悪そうに顔を背けている。


「目元冷やしておいた方が良いんじゃない?母さんが泣くとこって久しぶりに見たかも」


「そうね」


 私がからかうように声をかけるが普通に同意されてタオルを水で濡らして顔に当てている。

 記憶にある母さんが最後に泣いてたのは父さんが亡くなったときだったかな…。


「急に悪かったわね。2人きりで話してたら兄さんとの話を意識しちゃってね」


「ううん、母さんがどう思ってたか聞けて良かった。それに那月に寂しい思いをさせてたのは私もだから」


「私だって兄さんの気持ちはわかるつもりよ。でも後悔ばかりしてたって何も変わらないもの…。だから、兄さんに言った事は私の本音よ。もちろん雪菜だけじゃなくて那月の力にもなるつもりよ。まぁ、那月はアンタとゲームができて毎日が楽しそうだけどね」


 ずっと隠していた本音を吐き出したからか表情が少し穏やかになった気がする。

 言われると確かに以前より那月が嬉しそうに笑ってる気はするかな?

 それが私と遊べるからだとしたら嬉しいな。


「そういえば雪菜」


「ん、なに?」


「こんな事言うのは今更だけど…。寝顔見に行くついでに寝ている相手にあんな事するのはどうかと思うわよ?」


 寝ている間にあんな事…?

 事故に遭ってから私から那月の部屋に行ったことはなかったと思う。

 言われて浮かぶのは那月を大学行かせてあげれるように働くことを決めたとき。

 寝ている那月に対して私は…。

 いや、それよりも!


「な、ななな。なんでそれを!?」


「隠れて様子を見てるのを気づかれてないと思ってたの?甘いわね。それにしても雪菜がねぇ…」


 そう言ってニヤニヤと笑いながら私を見てくる。

 今まで私だけの秘密だと思っていたから流石にちょっと焦る。


「那月には言ってないよね?」


「言ってないわよ。言ったところで大喜びするだけだと思うけど」


「言わないでね!」


「はいはい、わかってるわよ。それよりもこれからは遠慮しないで頼りなさい」


「うん、迷惑かけると思うけど…」


 私が言いかけるといきなり頭を撫でられた。

 びっくりして母さんを見上げると。


「迷惑なんかじゃないわ。ずっと手が掛からない子だったもの。もっと甘えていいのよ」


 そう言われて少し恥ずかしい気持ちはあったけど嬉しく頷いた。

 私の頭をポンポンと撫でてから母さんは洗面所の方へ行った。

 洗剤とかの確認かな。

 私はテーブルのとこに戻ってお茶を飲みながら携帯を確認する。

 普段はそんなに連絡が来ないのに今日に限ってメールが溜まっていた。

 確認するとゲームから送られてきたメールのようだ。

 送り主はチームのメンバーで内容はどれも花火を作ってと言うことだった。

 シュティやスノウさんみたいにどんなのでも良い人は気が楽だけど…。

 闇菜さんのリクエストが1番細かかった。

 と言うか見た目ネコは良いけど…、送られてきた写真見るとネコの絵じゃなくて立体!?

 これ、もうぬいぐるみだよね?

 しかも口から花火ってどうなの?

 うーん、ぬいぐるみは私じゃ作れないなぁ…。

 作ってくれる人から探さないと。

 流石に考えたくなくなってテーブルに突っ伏す。


「どうしたの?」


「これ…」


 母さんに声をかけられたので横を向き携帯の画面を見せる。


「これは…。手持ち花火型の魔道具と言うよりぬいぐるみ型の魔道具ね」


 実際手持ち花火型と母さんが言ったモノは木の枝を仕上げて色付けてそれに魔道具くっつけただけのものだ。

 ぬいぐるみを用意するのとは手間が違う。


「ぬいぐるみなんて用意できないからどうしようかとね」


「スノウちゃんはお祭り用の服作ってるからお願いできないわね」


 スノウさんに頼むのも考えたけどやっぱり無理そうかぁ…。

 それなら。


「母さんは?」


「今日は買い物で遅くなるから無理よ?」


 そういえばスーパー行って買い物してからだと帰りは遅くなるね。

 あー、すぐに用意できなくてもいっか…。

 それよりも確認しておくことが。


「晩ご飯はどうする?」


「私の分はスーパー行くついでに買ってきて済ませるから、那月と一緒に先食べちゃって良いわよ」


「わかった。メールしておこうっと」


 母さんは買い物に行ってから帰宅になるので、夕食は2人で先に食べる事をメールで送る。

 携帯の時間を見るともう7時半を過ぎていた。


「母さん時間大丈夫?」


「まだ少し余裕はあるけど…。そうね、そろそろ出掛けておこうかしら」


 時間を確認して少し考えてから母さんは部屋に鞄を取りに行った。

 支度を済ませて出掛ける母さんを玄関まで見送りに行く。


「それじゃ、行ってくるわ」


「気をつけてね」


「何か欲しいものがあったらメールしなさいよ」


「その時はするよ」


 母さんは私の返事を聞いてから出掛けていった。

 母さんが言っていた時間まではまだ余裕があるけど早めにログインしておいた方が良いかな。

 そう思った私は部屋に戻りベッドに横になりゲームを立ち上げた。

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