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GAME OF SHADOWS#7

 暴れ回る雷帝によって犠牲は増え続けていた――ブシコート元帥は雷帝と直接対峙する他無いと考え、異国の権力者同士の超人的な死闘が始まった。

登場人物

―ジーン二世・レ・マングル…フランス軍元帥、超人元帥ブシコート。

―バヤズィッド・ビン・ミュラード…雷撃を操るオスマン帝国の第四代スルターン、雷帝バヤズィッド一世。



一三九六年九月二五日:ブルガリア、ニコポリス郊外


 雷帝は電光石火のごとき瞬速で動き回った。単純に考えれば彼の最高速度は(いかずち)と同速であり、それは常人にとっては視認不能の速度であった。

 権力によって常人よりも速いフランス騎士であったが、しかし下級騎士は一方的に嬲られた。

 雷が発生するにあたって亜光速である本命の電流がその仕事をする前に、先駆放電と呼ばれるある種の電流用の道が空気中に形成される。

 雷帝は恐らくこの速度に準拠して行動する事が可能であると思われた。そして先駆放電が発生地点と衝突地点の間を往復して形成された電気の道を、本命の雷が更に往復する。

 とは言えその速度に見合った思考速度や認識速度、その他が無ければそこらに激突するだけであろうから、やはり強大な権力を持つ者でなければ運用は難しいのであろう。

 ともあれフランス騎士達が嬲るつもりが単一の敵によってやりたい放題され、稲妻が次々と鎧を貫いた。

 ジーン提督は馬をやられて落馬しそうになり、飛び降りながら己の馬が苦悶と共に死にゆくのをスローで見ていた。

 壮絶な喧騒が続く戦場においても馬がどさりと倒れる様がどこまでも重苦しく感じた。

 見れば雷帝の相手はブシコート元帥が引き受け、彼は信じられない速度で動くオスマンのスルターンよりスピードでは劣るが、しかし先読みを駆使して互角に渡り合おうとしていた。

 飛び上がったブシコート元帥が馬上槍(ランス)を全力投擲し、それを雷光そのものへと変じてバヤズィッドは回避したが、後退った先で待ち構えていたブルゴーニュ伯が恐れも知らぬまま騎馬ごと突撃した。

 突き出された馬上槍(ランス)を磁場で受け止めるも、しかしブルゴーニュ伯の権力は強力な磁力によるガードを蝕み始めた。

 単純な怪力で磁力操作に勝とうとは、さすがの雷帝も考えてはいなかった。スルターンは更に二〇人を殺したが、まだ足らないらしかった。

 彼は戦場に転がるあらゆる金属を掻き集め、それを己の周囲へ全方位のファランクスのように配置し、素早い思考で束の間次の手を考えた。

 クシー伯が生存者を集めており、その間に馬上の要塞である大元帥のウー伯が凄まじい勢いで突撃した。

 その速度は雷帝の最大速度の半分にも達する程であり、重装甲である事を思えばまさに全速力であった。

 雑多な金属が寄せ合わさった不細工な金属の山は木っ端微塵に砕け散り、しかしウー伯の馬上槍(ランス)は空振って、その馬も砕けた金属を踏み越えて通過するのみであった。

 真上数百フィートへと雷化によって瞬く間も無しに移動してそこで実体化したスルターンは、滞空しながら即座に特大の落雷を落とした。

 まるで火山でも噴火したかのような凄まじい轟音が遥か彼方までを揺るがし、光量が凄まじ過ぎて何も見えなくなった。

 オスマンの兵士達はスルターンの威光に対して更なる畏怖と崇敬とを抱き、更に莫大な権力が生まれた。

 しかし雷帝とて完全に稲妻と化す際には権力の消費が大きいため、彼は回避の一瞬などにそれを使う事にしていた。

 彼は派手なデモンストレーションも好きだが、しかしそれをする際の(わきま)えは持ち合わせていたのである。


 恐るべき巨大な落雷が発生した瞬間、騎士団長のジーン元帥は空中に飛び上がって剣でこれと打ち合った。

 ブシコート元帥もウー伯もこれを止める暇無く、あっと声を上げる間すら無いままに騎士団長は飛び出したのである。

 彼は尋常ならざる非自然的な落雷を剣で捻じ曲げ、強引に進路を曲げられたそれは一瞬でオスマン軍の右翼方面の五百人を蒸発させ、そして何度が捻じ曲がって暴れ狂ったその進路は川向けて伸び、これもまた一瞬で川が蒸発した。

 ゆっくりと水が再び流れ始め、悪臭放つ川底に潤いが戻ったその瞬間にジーン提督は着地し、燃え尽きた手甲の中から焼け爛れた両手が現れ、そして剣がその手から落ちた。

 膝を衝いたままで何秒か耐えた後、彼はどさりと倒れ伏した。

 ジーン提督としては己の命を犠牲に時間を稼ぎ、盾となる事を選んだのであるが、この尊い犠牲とて混迷極まる戦場においては束の間の慰めにしかならなかった。

 名高い騎士団長の戦死は生き残りの騎士達を動揺させ、士気が落ち、そしてそれは権力の失墜をも意味した。

 今保有している権力は有限の物となり、供給量は決してこれからの激戦に耐えられなかった。

 空中にいたバヤズィッド一世は稲妻の弓を形成し、そしてこれを即座に放った。

 形成された矢はフランス騎士達の近くに落下し、そこから一瞬で展開して延ばされた細かな電撃群が全ての騎士に襲い掛かった。

 これだけで既に多くの戦死者が出て、更に権力が低下した。

 ブシコート元帥を除く『他者からの権力に大きく依存する上位の騎士達』はこれの防御で更に権力を消費し、ただの人へと戻り始めた。

 次の瞬間には雷帝は地上におり、そして楽しそうに語り掛けた。

「まだやるつもりかな? 君達の希望は消え失せ、そして僕は勝利に限りなく近付いたんだけどね」

 バヤズィッド・ビン・ミュラードは己の言葉が通じているという期待はしていなかった。フランス人達を田舎から出て来た荒武者以上の存在とは考えていなかった。

 彼が歩く度にその足跡がばちばちと電光を放ちながら(しばら)く残り、そして彼は全身がぼうっと輝き、蒼い閃光が不規則に煌めいていた。

「言葉はわからなくても大体のニュアンスは通じるだろ? さあ、ここで降伏して身代金を待てよ――」

「誰が(くだ)るものか!」

 不意にオスマン語で何かを言われ、雷帝は面食らった。

「ジーン二世・レ・マングル、人は我をブシコートと呼ぶ! 例え全軍が撤退しようと、私は十字軍として集った事を忘れぬ、決して降伏などせぬと誓おう、異教徒の帝王よ!」

 それを聞いて雷帝はふと思った――田舎騎士と馬鹿にしていたものの、しかしそれでも己らの言葉で語り掛けられた時、胸が高鳴るのを感じざるを得なかった。

 異人が己らの言葉を話すというのが存外に嬉しかった。明らかに己らとは違う発音や訛りが光栄に思えた。先程まで虫けらだと思っていた相手に対し、途端に情けや親しみが感じられた。

 後は適当に軍勢を『号する』事で、雑に処理しようと思っていた心が不意に点火したのであった。

 見ればその男はフル装備故に詳細はわからぬなれど、しかし未だに騎乗しているのは彼だけであった。

 他の騎士はとうに馬を殺されたか、己の防衛を優先して馬を見殺しにしたか、あるいは逃したか逃げられたかであった――その中で唯一馬共々健在であると?

「これはこれは、僕とした事がとんだ不注意をしてしまったようだ」

 彼は楽しそうに笑った。淡い蒼の瞳が輝き始め、蒼い雷光が更に激しく乱舞し始めた。

「それじゃ、僕もそれに答えてやるよ。おっとその前に、死んだらごめんね?」

 雷帝は左手を軽く肩の高さまで掲げるようにして引いて、その掌にはばちばちと殺人的な電力が集中した。

 莫大な権力を糧にして発生するそれは、彼が前向けて何かを投げるようにして手を押し出した際に放たれた。

 一条の雷撃が発射され、それはじぐざぐではあるが雷帝が望んだ位置へと正確に飛び、そして常人には視認不能なプロセスを経て到達したそれはウー伯を貫き、そして彼から連鎖するように分岐して数珠繋ぎに次々と『感染』した。

 ウー伯もその威力故に膝を衝き、己に残された権力でダメージの軽減を図ったが、しかしジーン提督の死によって崩壊しつつあった士気故に、やはりそれは最後の軽減となった。

 他の騎士達もやや貫通したダメージで負傷し、もはや立つ事叶わなかった――わざと加減したのではないか?

「さあ、これで君と僕とで遊ぶ事ができるってわけさ」

 その声は背後から聴こえ、そして雷帝はその手をブシコート元帥に突き出して地獄めいた直接放電を行おうとしたが、しかし既に残像すら無いままに最後の騎士はその場から消えた。

 へぇ、とオスマン帝国のスルターンは感心した。よもやここまでの瞬速とは。

 己の右斜め後ろにいるブシコート元帥が騎乗したまま右手の馬上槍(ランス)と左手の三日月斧(バーディッシュ)とで攻撃するのを、ミュラードの息子は原始的な弱い電気によるレーダーで察知した。

 金属の群れが割り込み、蝙蝠の群れじみたそれが時間を稼ぐ間に雷帝は離脱し、一端距離を置いた。そこで即座に雷帝は考えた。

 相手は三つの武器を同時に運用する事ができるような規格外の手練れ、真の脳筋であり、そしてフル装備であっても平時と同じように振る舞うため訓練を日常的に積んでいる。

 更には思った通り、彼だけは未だに権力が枯渇していない。

 あれは東洋人が気と呼んでいる自らに対する内なる権力を扱うために厳しい修行をした結果であろう。

 となれば、彼自身の意志が折れぬ限り、半永久的な権力供給を可能とするかも知れない。

 いざという時の手も考えつつじっくり戦わねばなるまい。彼の軍にはブシコート元帥に匹敵する程の権力と技量とを持つ者はおらず、恐らく義弟のセルビア公もここまでの力は持つまい。

 そうなれば己の手でこれを相手取るのが最も効率的であり、被害も少なかろう。手の空いた軍勢はセルビア軍の援護に当たらせよう。

 宙に浮かんだバヤズィッド一世は雑多な金属の群れの一部で空中に浮かぶ即席のゆったりとした玉座を作り、その上で寛いだ――投げ出した左手で後方の臣下に指示を出した。

「敵には惜しい力だ。ま、悲しいが敵同士なんだけどな」

 地面から数十フィート程度浮かぶ玉座の上のスルターンに対し、フランス軍の先行した一団における最後の戦闘可能な騎士が言い放った。

「陛下、悪いが私にとってあなたの言葉はどれも無意味でしかない!」

「へぇ、そいつは実に悲しいってもんだぜ!?」

 それを契機に地上で騎乗したままのブシコート元帥は一瞬で距離を詰め、いつの間にか爆発的な慣性で飛来する馬上槍(ランス)を残して消えていた。しかしレーダーで位置は把握可能であった――頭上か。

 スルターンは強力な磁力と金属の群れとで三日月斧(バーディッシュ)による一撃目を受け止めたが、しかし三日月斧(バーディッシュ)を受け止められたのを手放して抜剣した。

 少し浮かんでいる己に対して正面からは飛来する馬上槍(ランス)、正面下方からは飛び込んで来るであろう元帥の馬、そしていつの間にか着地した元帥が背面下方から斬り込んで来る。

 雷帝はまず正面のそれを強烈な電磁的作用で方向を捻じ曲げた――彼の力ですら困難な程の直進性であったが。

 馬は金属の群れで足止め、本命の抜剣したフランス騎士からは全身を稲妻そのものへと一瞬だけ変えて逃れた。

 生身の状態へと戻る前からそのまま前駆放電と同じ爆発的な速度でニコポリスの街――十字軍の陣の向こう側――が面する川と平行して己の左手側へと向かった。

 一瞬だけ密かに進軍中の義弟ステファンと目が合ったが、眼下の彼は兜で表情が見えなかった。

 さて、どうやって遊んでやろうか――そう考えた途端に彼は『遊び方』を思い付いていた。

「じゃあさ、こういうのはどうだい?」

 稲妻の先触れと同速で動ける己から見てもその八割の速度に到達できるフランス人には驚いた。

 彼とほぼ一体化しているかのような気さえするその馬は爆発的な速度で地を踏み締め、そして進路上にいた少なくない数の軍勢が弾き飛ばされた。

 しかしこれでいい、死傷者の数を減らすにはあの元帥を引き離す他無いから。

 じぐざぐに宙を駆け抜ける雷帝はわざとらしく地面に落下し、落雷さながらに地を穿った。裕にメインの戦場から一マイル程度離れていた。

 晴れゆく噴煙の向こう側からレーダーで捕捉している通りの敵が見えた――そう、君はバヤズィッドの敵として対峙しているのさ。

 フェイントが来るかと思ったが真っ直ぐに向かって来た騎馬を見据え、雷撃じみた眼光でそれを射抜き、ブシコート元帥がそのように感じた瞬間にオスマン家の現当主はその場から消えていた。

 フランス軍の超人元帥はこれまでに見た雷帝の能力からある程度の予測は立てていた。そしておおよそ予測通りの手を打って来た。

 バヤズィッド一世はあらゆる方位へと高速移動し、それは例の一瞬だけ一迅の稲妻となって行われる移動であった。

 なるほど、全方位からの単体による嬲り殺しか。

 右肩に何かが触れそうな感覚があり、それは強力な電撃であると思われた。それとほぼ同時に頭上からも、左後方からも。

 あえて元帥は一歩も動かなかった。相手の雷撃はあくまで権力によって発現した異能なれば、それが尋常の振る舞いだけであるとは限らなかった。

 そのためあるいは、受けるだけで致命的な悪影響を受ける可能性もあった。

 しかしフランス軍の元帥として、ここで意地を張らないわけにはいかなかった。避けるだけでは相手の方が速い以上、何も進展があるまい。

 これらの攻防は常人からしてみれば一切視認できるものではなかった。

 すなわち攻防の結果として発生する副次的な効果を見て初めて、そこで行われている権力者同士の隔世的な衝突をぼんやりと認識する事ができるのであった。

 普通に考えれば雷帝の速度は、大雑把には一秒でパリからランスまでを一跨ぎできる程の凄まじい速度である。

 このようなものを普通の人間が視認するのはほぼ不可能であった。

 バヤズィッド一世は己に供給される権力が断たれない程度の安全距離で戦闘を再開したわけである。

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