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GAME OF SHADOWS#1

 二つの全く異なる民族、それらの化身達。木こりとトリックスターの伝説に残る激突もまた、権力を用いた闘争の一つであったらしかった…。

登場人物

―木こりの巨人…伝説に血肉を与えて具現化した巨人。

―トリックスターの巨人…木こりの巨人を阻止するために出動した巨人。



詳細不明:異位相、北アメリカ某所、森林地帯


「なるほど、これは知らないな」

 燃え盛る巨人は膝を衝き、己の超自然的な動力源が流出するのを感じていた。損傷は酷く、頭部からは液体化したイーサーがどろどろと流れた。

 その悲痛な様には、これからこの巨人がそれらを刈り取る予定であったにも関わらず、周囲の山河が己らを血染めにして敬意を表した。

 雄大な異位相の自然はどこか人工的な色合いの、まるで快晴のニューメキシコのそれのような蒼によって全体が染まっていた。

「知らない技だ。君の兵器と技は全てシミュレートし無力化できる範疇だったが、最後のこれは…」

 言語機能が低下しており、不意に言葉が途絶えた。致命的かつ修復不可なダメージに曝され、残り少ないエネルギーを言語機能に回した。

「魚か。いい型のウォールアイだ、豊かに肥え、そしてそれらは君の味方であるから、私という未知との戦いにも喜んで力を貸す」

 巨人の眼前には別の巨人がいた。その巨人は同じく膝立ちになると、巨大化させていたウォールアイを元に戻しつつ、その巨大な手で足元の川へと優しく離した。

 信じられないような激闘の生き証人の一人は何事も無かったかのごとく元気に水の中へと消えた。

「淡水魚をハイアデス関数的性質によって一時的に対神罰兵器に匹敵する滅殺剣へと変異、これの持つ性質を利用して非リニア時間線的兵器である斬撃を放った。私の創造主には非リニア時間線的兵器を解析・再現する事ができなかったため、そのままそれが私の弱点となった。十七世紀フランスの剣豪シラノという非リニア時間線的兵器のいいサンプルがあったものの、創造主はこれの存在を知らなかったか、単純に軽視した」

 主に神々が使用する非リニア時間線的兵器とは、簡単に言えば過程が存在しない攻撃の総称である。

 と言っても単にそこらの過程を得ない攻撃――例えば低位の悪魔がその気になれば使えるような――の事をそのようには呼ばない。

 人類に理解し易く言い換えれば、非リニア時間線兵器とは『通常レベルの過程が存在しない攻撃』よりも『速い』のである。

 速いと言ってもそれは人類が理解しているような速度とは違う尺度であるため、ややこしいのであるが。

 死に瀕してなお語り続ける巨人は赤いチェックの上着とジーンズ姿という、肉体労働者をそのまま巨大化させたかのような姿をしていた。

 しかし実際にはそれはその衣服の内側で燃え盛る白い焔であり、その機能美を無視するならばおよそ幽鬼じみた姿であった。

 燃え盛る焔で形作られた機械巨人の頭部から流れる緑色のイーサー液が大地に飲み込まれた。

 それらは次の季節かそのまた次の季節の豊穣のために使われるであろうと思われ、巨人自身もまた己の致命的な損傷をそのままにしていた。

「お前は俺が戦った敵の中でも最強だった。殺すしか道が無いのは惜しい」

 対面する別の巨人が残念そうに言った。そちらの巨人は人間味があった。

 赤味が掛かった裸体は返り血のごとき液体化したイーサー燃料によって所々が緑に染まり、本当は上半身にも服を着ていたが、一カ月以上続いた絶え間ない激闘により、ばらばらに千切れてしまったのであろう。

「私を惜しむ必要があるとは思えない。私はこの土地を奪おうとする勢力の化身として顕現する身。それの守護者たる君が敵方の兵器を惜しむのは私には理解できない」と致命傷の巨人は淡々とした調子で言った。

「そうだろうな。お前には理解できないだろうぜ」

 だがそれでも、惜しまずにはいられなかった。眼前にて機能停止寸前の巨人は、とある一族が三世代百年を費やして完成させたものの使い道の無いままであった巨人を『白人』の化身として、それらが持つ木こり伝承の具現化として結び付けた実体である。

 その伝承に登場する巨人の在り方を侵略と解釈する事は確かに可能である。

 しかしそれでも牧歌的神話の存在が侵略用サブルーティンによって、己との闘争に使われるために顕現したのかと考えると、その本分があまりにも軽視され、無碍にされているように思えてならなかった。

 だが死にゆく巨人は己に向けられたそうした憐憫が今ひとつ理解できないらしかった。

「君の、いや君達の持つ精神的な豊かさ、物質的かつ『近代的な』意味での豊かさとは全く種類の違うそれらは知っている。しかし私の創造主はその手の知識が無かったので、私のデータベースの君達への理解も限られている」

 致命傷によって地面に対する杖の役割を担っている巨人の両腕が徐々に力を喪失し始めた。

 ここまで燃料が流出しては些細なエネルギー浪費ですら次の転倒に繋がる。仕方が無いので腕に力を込める事無く可能なバランスの計算を始めた。

「創造主っていうより、お前達の世界が知らないんだろ」

 巨大なインディアンの男は呆れて言った。この敵も、そしてそれが代表するあちらの世界も、彼らはなんでもかんでも物事を複雑にし過ぎていると思えてならなかった。

「そうとも言える。我々の世界は己らが到達した『近世』という概念を絶対視するあまり、それに当て嵌まらない世界に関しては『歴史が無い』と断じるものであるから。君達と直に接した事で私自身は己らの無知に気が付いたが、しかしそれでも不足している。故にそうだな…この無理解をどのように弁明すればいいか。そう…すまない」

「よしてくれよ」

 どこまでも人間臭く、湖岸インディアン的な巨人は言った。勝者であるにも関わらず、彼の表情は晴れなかった――何かが引っ掛かった。

「謝ったのには二重の意味がある」と死にかけの巨人は言った。その血肉である白い焔の勢いは弱り始め、イーサー液の出血も弱まった――既にかなりの量が流出したと思われた。

「我々は四〇の昼と、それと同じ数の夜を戦った。そして朝が来て、君が勝者である事が明らかとなった。しかしこれは全て私の仕組んだ罠である」

 弱った焔の巨人がそう言うと、急に相対者は表情を歪めた。

「なんだと?」

「簡単な事だ。君は私という物理的な脅威に立ち向かうため、その狡猾な頭脳のほとんどが使用不能となった。これは私が代表している『白人』の読み通りであり、君は本来の知性的機能に使うエネルギーを戦闘に割かねばならず、そのため君は戦術を理解できても戦略へはアクセスできない状況にあった。更に言えば、私は君の持つ狡猾さを奪ったのだ。

「我々が戦場に選んだこの位相について考えてみるといい。選択・提案したのは私であり、それは平時の君であればまず乗らない悪手であった。我々がいるのは時間の流れが異なる位相である。全体がそうなのかそれともこの地域だけなのかは不明だが、ここでの数週間はすなわち起点位相における数十年である。半世紀近い月日が経てば、人間の手で変わる物事はとても多い。君も知っての通り人間は確かにか弱く、大いなる力の前にただ指を咥えて見守るしかない場合もある。しかし人間は、弱過ぎるという事は無い。

「この場における戦いは君の勝ちである。それは疑うべくもない、確実な勝利である。私は過酷に打ち負かされ、無様に膝を衝く。私の血肉は創造主が風のイサカ、君達がイタクワと呼んで理解する異星神が纏う神造甲冑を目指したものであるから、これは大地を潤すには硬過ぎ、せいぜいその内に流れていた液体イーサー燃料が肥料にでもなる程度であろうが、君は勝者として私を好きな形で戦利品にする権利があるだろう。

「しかし今の君は平時の偉大なる兎、欺きと導きの調和的顕現たるナナボーゾとは言えない。かくしてナナボーゾは最も得意とする知略を封じられ、この巨人型兵器ポール・バニヤンとの不毛な物理的ないしはそれに近しい『直接的な』戦闘に時間を費やしてしまったのだ。君は戦いを制した勝者であり、そして同時にもっと上の視点で見た場合の敗者でもある」

 ポール・バニヤンの言葉はどこまでも嫌味のように響いた。その真意は朝日に消え、全てがニューメキシコの空じみた蒼で塗り潰されたこの位相において、この位相にとっての異物である両者のみが通常彩色で存在感を放っていた。

「私にも理解はできる、この結末が残酷である事が。すまない」

 そう言うとポール・バニヤンと名乗った巨大な兵器は活動を完全に停止した。

 憎き敵へと不意に手を伸ばしたナナボーゾの眼前で、それは静かに膝立ちで眠っていた――恐らくもう二度と起きる事もあるまい。

「何者にもなれぬまま、朽ちる事も無いまま、ここで永久に囚われていろ、卑劣な野獣めが」

 この卑劣な策略を憎む事はできた。実際にナナボーゾの心は煮えくり返っていた。しかし彼は昨日ではなく今日や明日を生きる身であり、憎しみは眼前の川に流した。

 すると己の内側に何かが入り込んで来るのを感じた。ナナボーゾはそれの持ち主であるから、それが何か知っていた。

 卑劣、それはトリックスターたる己の所有物だ。ポール・バニヤンは本人が言うように何かしらの侵略機能によってナナボーゾから要素を奪っていたのかも知れない。

 しかし、かくのごとき欺きの王者らしくない真正面からの激突は嫌いではなかった。

 目の前で死んで行った敵の死を惜しむ事が彼にできる唯一の事であり、歴史が手の届かないところで形成されるのをじっと異位相から眺めていた。

 ナナボーゾが代表しているアルゴンキン系インディアンのオジブワと、フランス人やイギリス人との関係は確かに悪い出来事も少なくなかったが、しかしある程度の友好や同盟関係はあった。

 交易を通して得られた銃火器によってオジブワは黄金期を迎えた事もあった。

 オジブワとダコタの対立は『白人』の介入も含めて複雑に絡み合い、やがてアメリカなる魔物が現れると、徐々に物事は悪い方向へと向かい始めた。

 ナナボーゾとポール・バニヤンの隠れた激闘はこうした歴史の化身であり、側面であり、そしてそれ以外であった。



数十分前:異位相、北アメリカ某所、森林地帯


 蒼ざめた牛は敵対者の背後から、搭載している全ての通常兵器を斉射していた。シールドが明滅し、ナナボーゾは膝を衝いた。

 その好機を見て小惑星の核を材料にして作った重金属の斧を手にしたポール・バニヤンは両手でそれを頭上で振り被り、数マイル先から一瞬で距離を詰めて振り下ろした。

 ほとんど不死のナナボーゾの頭部で火花が飛び、彼は歯を食い縛った。

 がりっ(・・・)という音が何マイルもの彼方まで響き渡り、木々は不安そうにして、肥えた栗鼠(りす)が餌を手から落とした。雁の群れが急いでその場を離れ、危険を察した駒鳥がさっと飛び去った。

 ナナボーゾが力強く腕を振るうと燃え盛るポール・バニヤンは弾き飛ばされ、巨大なインディアンの男は追撃のために追おうとした。

 しかしゆっくりと飛行する有角のサポート・ユニットは肋骨のように配置された付属肢達を一気に開き、胴部中央から暗黒物質を発射した。

 軽度の一時的高重力を目的としたそれに引き寄せられてオジブワの神話的英雄は動きを制限され、その間にポール・バニヤンは立て直したらしかった。

 不意に白い焔ポール・バニヤンの眼前からナナボーゾが消えた――重力拘束を脱した事をセンサーで確認したが、一時的に位置を錯乱させられた。

 上にいると認識した瞬間、森の守護者は木こりの動的化身目掛けて、その頭上遥か上から強力なコンカッション兵器をお見舞いした。

 しかしこれはポール・バニヤンにとっては既知であった。原理が理解でき、シミュレート可能で、それと全く同じ対現象を発生させる事で時空そのものに作用するコンカッション効果を無効化した。

 『白人』は多くのお伽噺を持ち込んだ。法螺話も多かったが、本国で衣服や船に付着して一緒に海を渡ったか、長く過酷な航海の過程でいつの間にか付着した奇妙な生物や実体も含んでいた。

 まだ権力が魔術と同様に武器や道具として当たり前に使われていた時代であったから、開拓からアメリカ建国までの間に様々な人物が神格化されたり、あるいは不思議な出来事と結び付けられた。

 こうして北アメリカ大陸において入植ヨーロッパ人の新しい神話が生まれると、その中に巨大な木こり男に関する話も出現した。しかしそれ単体では姿形無き虚構及び伝説に過ぎなかった――過ぎないはずであったのだ。

 ある時いずこかの地において、長期的かつある程度広範囲における人々のありのままの生き死にそのものを贄とした、確実かつ倫理的にも抵抗は小さいものの手間の掛かる儀式が行われた。

 その場所は有力説によるとヨーロッパであるらしいが、場所はわからなかった。

 怒れる雷帝に踏み潰されたアナトリアの正教会の教会地下であるとか、あるいはヨーロッパではなく砂漠に埋もれたティンブクトゥのモスクに関連があるだとか、はたまた九尾の狐を含む悪しき実体達を打ち破ったヴェトナム龍王を祀る地底湖の祭祀所がその中心であるという説もあった。

 あるいはノガイ・オルダの統治者達の時代と関係があるとして、これら遊牧民の叙事詩を探る動きとてあった――要するに起源は謎に包まれている。

 一つ言えるのは、その巨人はアメリカ大陸へと渡った入植者達の間で生まれたポール・バニヤンなる巨人及び彼ら入植者自身の化身として顕現しており、そしてそれは強力な兵器で武装し、神と人の中間のような実体であるナナボーゾを相手にして互角にやり合えるだけの戦闘能力を持つ現実の脅威であった。

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