七十一話 紫の夜香蘭
簡単なあらすじ『キジカ、ログマが城を抜け出そうとしているのを目撃する』
キジカから突然の抱擁を受けたログマ。
だが彼は驚きつつも抵抗はせず、彼女を無理に引き剥がそうとはしなかった。
「嬉しい」
それから数秒後、ログマはキジカの呟きを耳にする。
「キ、キジカ……?」
「嬉しいわ、ログマ……私達、両想いだったのね」
「キジカ、お前まさか……」
「ログマ……私もね、アナタにずっと言えなかった事があるの。
聞いて……私も。
私も、アナタの事が好きよ。
だから、ずっと一緒にいて欲しい……これからは、恋人として……私の隣には、アナタがいて欲しいの。
いいえ、アナタじゃなきゃだめなの」
そこで顔を上げ、想い人を見つめ返すキジカは。
相変わらず涙が頬を伝いこそしていたが……それでも。
その中で微笑む彼女はとても美しく、魅力的だと。ログマの目にはキジカがそう映った。
しかし、だからこそ共にいてはならない。
ログマの表情は途端に険しいものと変わり、彼はキジカの視線から逃げるように顔を背け言った。
「だ、ダメだ!!お前、さっきの話をちゃんと聞いてたのか!?
俺がいると、お前に迷惑がだな……」
すると、キジカは再びそれを遮り。
「そんなの関係ない!!
何があろうと関係ないわ!!
〝私が守るから!!〟
今度は私が必ずアナタを守ってみせる!!誰にも文句なんて言わせない!!何たって私は女王なんですもの!!例え本当に問題が起きたとしても、私が何とかしてみせるわ!!
だから……もう一度言うわ。
お願いログマ、ずっと私の側にいて……」
力強く、そう言い切って見せるのだった。
困惑するログマと、彼から目を離さないキジカ。
二人はそうして暫くの間、ただじっとしていた。
「……はぁ」
だが、張り詰めた空気が漏れ出るようにして吐かれたログマの溜め息。それを皮切りとして変化が訪れる。
彼は漸くキジカに視線を向けると、こう言った。
「全く……お前、女王になった途端にいきなり権力を振り翳すつもりかよ?
こいつはとんだ女王様になりそうだ……仕方ねえな、俺が見守っててやるよ」
それはキジカの提案を了承するかのような言葉だった。
それを聞いてすぐに、彼女の面にはぱっと笑顔の花が咲く……そして。
好意の表現であろうか、自身の指先へと口付けする彼を前に。咲き誇る彼女の笑顔は見事な赤色に染まった。
「えぇっ!?ロ、ログマ、ちょっと……は、恥ずかしいわ……!!」
…………だが。
彼女はまだ、知らなかった。
背に回されたログマの右手。そこに彼の得意とする、毒魔法によってある物が作られ始めているというその事実を。
それは一瞬の出来事だった。
口付けを終えたログマ。
彼はキジカにある物を手渡した。
そして、彼女へと手渡されたその品とは……
紫の夜香蘭、その一輪であった。
「あら……ふふふ、良い香りね。
でもログマ、急にどうしたの?私にくれるの?」
その一輪を受け取り、微笑むキジカ……すると。
香りを感じると共に、突然にも彼女は力無く崩れ落ちる。
それは……弱めた毒魔法で細工が施された代物であり。そのために、キジカは眠りに落ちてしまったのだ。
彼の、胸の中で……
そして、そのような事をしたログマは。
キジカを横抱きにし、静かに。
彼女を寝台の上にそっと寝かせるのだった。
「……すまない、キジカ」
最後にキジカの頬を一撫でし、彼は部屋を後にする……直前。
部屋には一雫の雨が降った。
翌朝、キジカは朝日と、王都を包む喧騒によって目を覚ました。
だが、それも当然……今日は観兵式の当日。
むしろ必然であり、そしてその喧騒は彼女のためにあるのだ。
「あら?もう、朝なのね……
でも私、いつの間に眠ってしまったのかしら……?」
寝起きのキジカはそう訝しむも眠気の残滓によって思考は邪魔され。彼女はごろりと寝台の上でただ寝返る事を繰り返す。
その途中、不意に自身の指先へと視線が向き。
彼女は昨夜彼のした行為を思い出し、再び頬を赤く染めた。
すると。指先の、更にその奥にあったある物へとキジカの視線は移り変わる……そのある物とは。
手紙、らしきものだ。
そのようなものが紫の夜香蘭。その一輪のみが生けられた花瓶の下に挟み込まれていたのである。
「……こんなの、昨日はなかったわよね?」
不思議に思い、キジカは眠い目を擦りそれを手に取った。
「やっぱりこれ、手紙ね。ええと、差出人は……
…………ログマ?」
数分後、キジカは部屋を飛び出した。
キジカは部屋を飛び出した。
開け放たれた扉も、寝衣であるのさえそのままに。
それどころか例え誰に見られようが、不作法と咎められようが。今の彼女は決して足を止めはしなかっただろう。
だが、それもそのはず。
彼女にはそうしなければならない理由があったのだ。
間も無く真に王女となるであろうその者が。なりふり構わず、城を駆け抜けるに値する程の理由が……
キジカが読んだあの手紙。
そこにはこう書かれていた。
『キジカ、お前に手紙を書くのは初めてだな。
だが、お前がこれを読むのは大事な観兵式の直前になるだろうし、余計な挨拶は省いて単刀直入にいくぜ。
…………まずは謝らせて欲しい。
すまないキジカ。俺にはどうしても、お前の願いを聞き入れる事が出来ないんだ。
理由は前にも言った通り二つある。
一つは、俺の脛に傷があるからだ。
勿論、それでも普通に生きてる奴はごまんといるだろうし、俺もソイツらを悪く言うようなつもりは全く無い。
だが、それが女王様の側近となると話は別だ。しかもお前が直々に指名したとか、招き入れただとか、そんな奴となれば尚更にな。
まあ、お前は関係無いと言ってくれたが……それでも、もしバレたら周囲や民衆は黙っちゃいないだろうぜ。
二つ目は……俺も、お前を。
そして、お前も俺を好きでいてくれて。
恋人になって欲しいとまで言ってくれたからだ。
だが俺は、他の奴からして見れば何処ぞの馬の骨とも知れない男だ。そんな野郎と女王様が釣り合うはずも無い。
まあでも、お前ならきっとこれも関係無いと言ってくれたんだろうな……
けど、だからこそダメなんだ。
この国の人間達は前者ならまあ、百歩譲るくらいで認めてはくれるかもしれないが、それが恋人となると間違い無く猛反発するだろう。
それで内乱でも起きれば、最悪お前の命に関わるような事になるかもしれない……
ここまで言えば、もう分かっただろう?
俺がお前の側にいると、お前は必ず不幸になっちまうんだよ、キジカ。
だが、それでもお前が……いや、俺もだな。
互いを忘れるなんて難しいだろうから。
だから俺は、姿を消す事にしたよ。
恐らくお前がこれを読む頃にはもう、俺はこの国を去っていると思う。
勝手な事をしてしまって本当にすまない。
その代わり、最後にした約束は必ず守る。
俺はお前を遠くからずっと見守っているよ。
さあ、俺からの手紙はこれで終わりだ。
読み終わったらすぐにこれを破り捨てて、お前は観兵式の準備を始めるんだ。
いいか?間違っても絶対に泣いたりするんじゃないぞ?泣き腫らした顔の女王様なんて見たら、王都の奴等は全員驚いちまうだろうからな、分かったか?
……それじゃあ、お別れだ。
キジカ、本当におめでとう!!
今までよく頑張ったな!!
お前は必ず立派な女王になれるはずさ!!
お前の努力を今までずっと隣で見てきた、この俺が保証してやる!!
[親愛なるお前の元相棒より]
追伸
これはもしも、本当にもしもの話だが。
もしもお前が、俺を捕まえる事が出来たのなら。
その時こそ俺はお前の側にいてやるよ。願いだっていくらでも聞いてやるさ』
最後まで読み終えても尚、手紙に差出人の名は見当たらなかった。
だがまず間違い無く、それはロク・ログマであろう。
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