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 一.


 Dear,由貴よしたか


 アメリカはまだまだ寒波ですか?

 こちらは相変わらず、パパと冴子さんに当てられて、違う意味であつーい毎日です。

 今思うと私、もっと早く家を出ていた方が、パパと冴子さんにも新しい家族が生まれたのではないかしら、と申し訳なく思う程仲良しです。


 そうそう、この間はMACのリップスティックをありがとう。

 冴子さんから昨日受け取ったよ。

 色、すっごく気に入った、嬉しかったー。

 冴子さんとお揃い、それも、嬉しかった。むふふふ……。

「脱ピンク認定」貰ったと喜んでいます。


 今日は、ちょっとしたご報告。

 保育士の資格、無事一発合格出来ましたっ!

 教育実習の時にお世話になった保育園に行って、私にプロポーズしてくれた例の子に報告したら、怒られちゃいました。

「ボク、今年卒園しちゃうから会えないじゃんか!」

 ですって。

 小学校の先生になってよ、って泣かれて、ちょっと切なかったかな……。


 改めて、ありがとう、と、由貴に伝えます。

 貴方が先に歩いてくれていなかったら、私は今も“自分の道”が見えなくて、由貴の夢に乗っかってるだけで、自信を持って歩けなかったかも知れない。

 ただ一緒にいたい、というだけで、自分が見えてなかったから。

 今までの、由貴とのメールね、この間久しぶりに読み返したの。

 自分のは、あまりにも恥ずかしくて削除しちゃったわ。

 でも、由貴からのは、ずっとお守りにしているの。

 いつも、何度でも、伝えてくれてありがとう。

「目ん玉思い切り開けて、自分をよく見ろよ」

 毎回、それしかくれないんだもん、最初はすっごく怒ってたのよ、私。w

 今なら、解るわ、由貴が何を言いたかったのか。

 だから、今、私、こうしてる。

 好きな道見つけて、好きな事して、大事なもの見つけて、笑って、自分の道を、歩けている。


 私が私である、って事が、すごく、幸せ。


 ありがとう、由貴。


 From 光子こうこ


 P.S.

 店長から伝言よ。

「いい加減に帰って来い! バカタカ!!」ですって。


 --------------------


 この春先に送られて来た光子からのメールをまた読み返して、由貴はまたクスリと笑った。

 三年前とは違う、余裕のある表情で由貴は空港に降り立った。

「代官山まで」

 タクシーに乗り込むと、元の職場へと行き先を告げた。


 あれから由貴は店長と話し合い、休職願を受理してもらった。仕事についても、自分を磨くという意味においても、シビアに己の言動の反応が返って来る、自由の国・アメリカを勉強の場に選んで旅立った。

 時折届く光子からのメールが、由貴を支える毎日だった。

 彼女に送りながら、自分にも発していた言葉。

「目ん玉思い切り開けて、自分をよく見ろよ」

 塞ぎたくなる様な挫折や、背けたくなる苦痛の想いも、返って来る光子からの、やはり自分の様に足掻いている様を語るメールを読んでは踏ん張って来た。

 “愛すべき好敵手”

 光子はそんな存在になっていった。


 旧山手通りでタクシーを降り、懐かしい風景を眺めながら、徒歩で美容院に向かった。

「すいませーん、予約してないんですけど、いいっすか?」

 とわざとらしく入っていった。

「おぉっ?! 三波先輩! いつ帰って来たんっすか?!」

 と、鋏を持たせてもらえる様になっている後輩に驚かれた。

「空港から直で此処に来た。久しぶり、出世したな」

 と返答した。

 由貴のいた頃からの馴染み客もいて、特にマダムな皆様には

「いやん、何だか随分落ち着いちゃって可愛くなくなっちゃったじゃないの」

 などとからかうのを、自然な笑顔で答えていた。

 店長が接客を終えて、由貴のもとへ近づいて来た。

「今日はお客様なのね。特別に、VIP待遇で入れさせていただくわ。上へどうぞ」

 そう言うと、由貴のバックパックをクロークに片付け二階へ案内した。


「ばさっと、思いっ切り切っちゃってくれる? あと、色、戻したいんだけど」

 シャンプーが済んで、背中まで伸びた髪をつまんで、ここまで、と長さを示した。

「いろいろ、吹っ切れたみたいね。お帰りなさい」

 店長は手際よく作業を進めていきながら、今後の事を由貴と話した。

「もう一日早く来てくれてたら、原宿の方だったのに。出来れば向こうに来て欲しかったわ。いつから向こうの店に入ってもらえる?」

「ん~……まだ、親父さんとも冴子とも話してないから、即答は無理、かな。今年中には、とは思ってるけど、まずは住むトコ先に確保しないとねぇ……ホームレス生活は、もうたくさん」

 笑いながらそう言う由貴に、店長は「笑えないわよ、そのジョーク」と眉間に皺を寄せた。

「まあでも、あのどん底経験のお陰で、あとは這い上がるだけ、っていい勉強させてもらったよ」

 と笑って話せる様になった由貴に、成長を感じる店長だった。

 今年中って、もう来週には師走よ、忙しくなるから今週中に宜しくね、と打診した。

「そうそう、光子ちゃんが、原宿店第一号のお客様になってくれたのよ」

 友達を伴って、来店してくれたそうだ。クチコミでそれが伝わり、経営も軌道に乗ってきているとの事だった。加奈子以外の友達も出来たんだな、と、由貴はの成長を感じて安堵した。

「あ、そだ。俺、アイツの今の住所知らないんだ。聞いてっていい?」

『個人情報保護条例に則り、却下』と意地悪く言う店長に、俺、身内だし、と笑って反撃すると光子がくれた名刺を渡してくれた。

「これまでお世話して来た子供たちと、ずっと仲良くしたいから作ったんですって」

 実習の他にも、大学のサークル活動などで関わった保育園で配るなどしていると聞いて、活動の場を広げている事を改めて感じた。

「光子ちゃんに逢ったら、見違えちゃってビックリするわよ、三波クン」

 はい、おしまい、と笑って店長はケープを外した。




 二.


 光子が学校でコピーしてきた求人情報を眺めていると、インターホンが鳴った。今日は特に友人との約束もなく、客人の予定も無い。

「はい?」と受話器を取りモニタを見ると、宅急便の帽子が大きく映し出されていた。

「すいませーん、宅急便でーす。三波様からのお届け物ですが、ちょっと大き過ぎて宅配ポストに入らないので、お届けさせてもらって宜しいでしょうか?」

 由貴から? あれ、私、住所って教えていたかしら?

 疑問に思いながらも、お願いします、とロック解除ボタンを押した。玄関のチャイムが鳴ると、光子はドアチェーンをつけたまま扉を開いた。

 夕暮れの逆光に照らされて、その表情は読み取れなかったが、懐かしい声がそれが誰かを教えていた。

「毎度。デカ過ぎてポストに入らなかったんで、直接玄関口までコレ、届けに来ちゃいました」

 と、彼は自分を指差した。

 光子は大きく瞳を見開いた。ドアチェーンを外す手がとてもノロマに感じられて歯痒い。やっと扉を全開させて、その姿をもう一度確認した。

 三年前よりも少しだけやせているけれど。

 髪は脱色でも長髪でもないけれど。

 何故か宅配業者の帽子を被っているけれど。

 昔から変わらない笑顔で、でも昔よりもずっと精悍な顔つきで、そこに立っていたのは、光子が待ち続けていた人だった。

「……その帽子、何処から盗んで来たの……?」

 そっちかよ、と由貴が突っ込みを入れる前に、彼の身体を温かなぬくもりが包んだ。

「……お帰りなさい、由貴……」

「……ただいま」

 万感の想いを込めて、少し大人になった光子を抱きしめた。


「店長から聞いてはいたんだけど、ホント、変わったな、お前」

 部屋に通された由貴はダウンを脱ぎながら、しげしげと光子を眺めた。

「そーぉ? 中身かな、見た目かな? 自分では基本はあんまり変わったって実感ないんだけどなぁ~」

 カウンターキッチンで紅茶を淹れながら、光子は逆に聞いて来た。

 以前の様な、ストレートの長い黒髪にフレアスカート、というお嬢様な雰囲気はなく、下手をしたら由貴よりも短いのではないかと思う程のショートヘアでボーイッシュな雰囲気を漂わせていた。

 それだけに、デニム地のショートパンツから覗く脚線美が、際立って色香を漂わせていた。

 紅茶を出すと、光子もカウンターのこちら側に回り込んで、由貴の隣に腰掛けた。

「……また、行くの……?」

 遠慮がちに光子は訊いた。

「いや。先に店に寄って来た。俺、来月までに原宿入りだって」

 光子の顔がぱっ、と明るい笑顔になる。

「そっか。じゃあ、由貴の中で、納得出来るものが得られたのね。よかった……」

 そう言って、紅茶をすすった。

「熱……」

「アホ、猫舌の癖に淹れたて飲むからだ」

 う~、と舌を出して手で煽る光子を見て、由貴は苦笑した。

「髪、随分思い切ったんだな。いつ切った?」

 短くなった髪を掻き撫でて、由貴は尋ねた。

「ん……彼氏と別れたすぐ後」

「うそ、別れちゃったの?」

「ん……振られちゃいました。『嘘つきは嫌い』って」

「何じゃそりゃ」

 いろいろあったのよー、と、笑顔で受け流す光子は、昔の様な幼さはなく、自分でそれらを乗り越えた、しっかりとした自我を持つ大人びた表情をしていた。

「私、由貴に何しに来たんだろう、とか、訊いてないでしょ? そゆ事よ、『嘘つき』、って」

 髪に触れる由貴の手を取り自らの頬に寄せ、愛しげに両の手で包み込んだ。

「そっか……。俺、今日、玉砕覚悟で来たんだけどな……」

 もう一方の手も光子の頬を包み、由貴は光子の瞳を真っ直ぐ見つめて告白した。

「迎えに来た。一緒に歩ける自信がついたから」

 待たせた俺にまだその資格はあるか、と問う由貴に、そんな事訊かないで、と、光子は瞳を閉じた。

「時間をくれて、私こそ、ありがとう」

 夕闇が、重なる二人を包み込んだ――。

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