ロベルトについて
グレイを連れて拠点に飛ぶと、すでに転移方陣の前に荷物が運ばれていた。
「指示通り、グレイさんの部屋にあった荷物全部持ってきたつもりだけど、これで大丈夫ですか?」
「ええ、大丈夫です。ありがとうございます」
ハヤテが荷物の前でグレイに確認をする。ディクトはそこから距離を取って、荷物のかなり後ろの方にいた。明らかなグレイ対策だ。
おそらく呼び寄せても来ないだろう。仕方なく自分から彼の方に歩み寄った。
「ビビりすぎだろ、全く。……今のところ何も問題ないか?」
「問題ないって。騎士団の宿泊は事前に共鳴石でウェルラントから連絡来るし、準備もばっちり。だからもうグレイ連れてインザークに戻っていいぞ?」
「はいはい」
この男が昔スパルタの鬼教官だったというのが信じられない。
ていうか本当に、グレイはディクトに何をしたんだろう。
気になるけれど、これに関してはグレイもディクトも口を開かないからどうにもならない。
ターロイはあきらめてハヤテに話しかけた。
「ハヤテ、指弾の練習してるか?」
「ああ、まあ少しずつ。五メートル離れた的くらいだったら命中するようになってきた」
「そうか、それはすごいな」
やはり身体を自在に制御できる分、習得速度が半端ない。
ハヤテには『片手に弾を乗せて、逆の人差し指で弾く』ものではなく、『片手だけで、親指で弾く』高難度の指弾を練習させている。これはとにかく予備動作がないのが最大の利点だ。
「今、インザークで指弾の弾を試作してもらってる。今のうちに要望があれば聞くけど、何かあるか?」
「弾? わざわざ作るのか。だったら、重さかな。軽すぎると空気抵抗で失速したり逸れたりするし、重すぎると遠くまで飛ばない。ええとね……この石ころくらいの重さがちょうどいい」
言いつつ彼は練習用にポケットに入れていた小さな石を取り出した。使い良いものを探してストックしていたようだ。
「なるほど、この重さか。分かった、伝えておく」
それを受け取ってポーチに入れる。
そして、そろそろインザークに戻ろうとグレイを振り返ると、いつの間にか移動してディクトのところにいた。
「あっ、もう、油断も隙もないな!」
「大丈夫、まだ苛めてませんから」
「まだって、苛める気満々じゃないか」
急いで間に入ろうとする。しかし、ディクトが神妙な顔をしているのに気が付いて、足を止めた。
「……何かした?」
「ロベルトの話を少し」
ロベルト。さっきの教皇の孫の話か。
「あいつがガントにいるかもしれないのか……。あの後の消息が知れなかったから、てっきり教団の方に連れて行かれたんだと思ってた」
そう呟いてディクトが考え込む。
「……ディクトにどういう話をしたんだ?」
「ロベルトがガントで目撃されたという話と、どうすれば彼を仲間にできるかという話です」
「ああ、それか。でも……」
「ロベルトを仲間にする!?」
グレイに私見を返そうと思ったら、唐突にハヤテが会話に混ざってきた。口をへの字にして、何だかとても不服そうな様子だ。
「俺は反対だ、あんな男を仲間にするなんて。確かに戦闘力はすごいけど、超わがままだし。ディクトさんにも無礼だし。それに、あいつのせいでみんなが……」
「やめろハヤテ。あれはロベルトのせいじゃない」
ハヤテが何かを言いかけたところで、ディクトがそれを制止した。
それにハヤテが渋々と口を閉じる。
何か訳ありのようだ。
ディクトがため息を吐きながら頭を掻いた。
「……まあ、わがままは仕方ない。ロベルトはそういう育て方をされて来ちまったからな。あの頃は精神的に未熟だったし。……問題は、今のあいつがどうなってるのかだ」
わがままか。第二小隊を作った経緯や、ディクトを隊長にした強引さから、それはうかがい知れる気がする。グレイですら御しがたいと言っていたくらいだし。
そんな男が今はどうなっているのか?
「ディクトとしては率直に言って、ロベルトを仲間にした方がいいと思う? つうか、教皇の孫だろ? そもそも仲間にできると思う?」
訊ねると、ディクトは眉根を寄せたままひとつ頷いた。
「……仲間にはできると思う。ロベルトは教団のやり方を好いてなかったし、教皇にも反発していたしな。できればこっちに引き入れてやりたい。それに教団に連れ戻されたら、ロベルトは俺たちにとってすごく大きな脅威になるぞ」
「でもディクトさん、あいつがあの時のままの状態でいるなら、仲間にしても危ないだけですよ」
「そうだな……」
そう言って、ディクトは腕を組んで考え込んでしまった。
どうも複雑な事情がありそうだ。
しかし、正直な話、今急いで掘り下げる話題でもない。
「まあ、俺たちがガントに行ったところで、そいつに会ってもわからないだろうから、差し迫った話じゃないよ。もし見つかったら改めて考えよう」
会えるかどうか分からない人間とのことで、これ以上時間を割くのも不毛だ。ターロイは一旦話を回収することにした。
それにしても、グレイは何で今、この話をディクトに振ったのだろう。
……まあ、その答えは、すぐに分かった。
「ターロイたちが見て分からないなら、ディクトもガントに行ってみたらどうですか? ロベルトを探しに。……思い出しますねえ、昔、彼が剣の訓練中に逃亡して、一緒に探しに行ったこと」
昔語りを始めたグレイに、途端にディクトの顔色が悪くなる。
「グ、グレイ様、その話はお止めになっていただけませんでしょうか……」
「何故ですか? 私的には大分楽しい話なんですけどねえ」
震える声を発したディクトに、グレイが楽しげににやにやと笑う。
この様子、どうやらディクトのトラウマレベルの話っぽい。
きっとグレイはここまで織り込み済みで話を振ったのだ。ロベルトの話がついでなのか、こっちのディクトの話がついでなのか、分からないけども。
「鬼教官だったあなたが、まさかあんな……」
「ターロイ! 何とかして!」
グレイの説得は無駄だと判断したディクトがターロイに泣きついてくる。そうやって狼狽えるさまを見るのがグレイにとっては楽しくて仕方が無いのだから、難儀なことだ。
まあ、グレイを止めると言ったのは自分だし、ディクトに抱きつかれてるせいでハヤテの怨念のこもった視線が痛いし、さっさと回収して行こう。
「グレイ、無駄話はそこまでだ。もう戻るぞ」
「……これからがさらに楽しいのに」
「後はティム相手にやれよ」
「……あの男は打たれ強すぎてクッソつまらないんですよマジで……」
「はいはい。じゃあ俺たちはインザークに戻るわ」
グレイに荷物を無理矢理持たせて、転移方陣に追い立てる。それに安堵をしたディクトが、最後に声を掛けてきた。
「そうだ、ターロイ。ロベルトなんだけど、……もしかすると頭にオリハルコンの輪っかを着けてるかもしれないんだよ」
「オリハルコンの輪っか? それを目印に探せばいいってことか」
マントフードをかぶっていたりすると確認するのは難しいが、そんな分かりやすい目印があるならありがたい。そう思って返すと、ディクトは首を振った。
「いや、もし今もその輪っかを着けてたら、接触しないようにしてくれ。最悪、問答無用で殺されるかもしれない」




