インザーク到着
アルブス村から、随分話が飛躍してしまった。
何故教団が村を次々に潰していったのか。
そんなところまで話が及んで、休むどころではなくなったターロイは、横になっていたベッドから上体を起こした。
「やはり神が教皇に、村の破壊を指示しているってことか? ……でも、ガイナードの知識や前時代の文献では、グランルークは常に人間族を守る立場だった。俺だって最初は神も殺すべきと思っていたけど、今は教団が神の名を借りて悪事を働いているとしか……」
「端から見るとそうでしょうね。しかし、以前ザヴァド大司教様が、教皇様に語られる神の声を聞いたことがあるのだそうです。扉越しで姿は見えなかったようですが」
「声……それはグランルークの?」
「さあ? さすがに、そもそものグランルークの声はザヴァド様だって知らないでしょうし。ただ、場所は教団本部の最奥に建つ神の塔の、教皇様しか入れない託宣の間……。他の誰かを引き入れるとは思えません」
グレイは書き終えた日記を閉じて鞄にしまうと、こちらに向き直った。
「そして聞こえた言葉は『我らが理想郷のため、破壊し、集め、捧げよ』だったそうです」
「……理想郷?」
「教団内部には以前から、選民のみで作られた理想の国を作る思想があるんです。おかげでそれなりの地位を得た教団員は自身を選ばれた人間だと勘違いして、庶民は死んでも問題ないと思っている」
その思想を聞いて、サージや昔やり合った司祭たちの言動が腑に落ちる。
あいつらは本当に、庶民なんてどうなってもいいと思っていたのだ。
村を破壊することも、金品を奪い取ることも、神の命令だから何の罪の意識も感じない。それこそ、阻止しようとするターロイやグレイ、ウェルラントたちこそが悪だと思っているのだろう。
「そんな指示をするのが神だっていうのかよ……。神の皮を被った悪魔じゃないのか?」
「さあ? しかし、神は人間を救って当たり前、と考えるのは人間のエゴでしょう。……まあもっとも、グランルークは神ではない。後世の人間が勝手に彼を神と称して祀り上げただけです」
「つまり、神でもないグランルークの指示でこんなことをしてるってこと? でも、そう言ったら過去の行動からして、グランルークこそ人間を救いそうだけど……」
前時代のグランルークは救世主として、主に人間族のために尽力していた。後期には多種族とも手を組んでいたようだが、残念ながらその頃の知識はガイナードにはない。
しかし基本的に正義の味方で、無駄な殺生はしない人間だったはず。それに。
「グランルークの人格部分は、今カムイの中にいるはずだしなあ……」
「……何ですって? ターロイ、その話詳しく」
そう漏らすと、即座にグレイが食いついてきた。
……しまった。つい口を滑らせた。後でウェルラントにめちゃくちゃ怒られるな、これ。あの人カムイに関することは特に感情的になるし。
このまま黙りたいけれど、それを許してくれるグレイではない。
その面倒くささを知っているターロイは無駄な抵抗はあきらめて、早々に口を割った。
「……カムイに移植された知識のデータはグランルークの基盤の青年、ルークなんだってさ。今は人格ごと、カムイの中にいるらしい」
「なるほど、魂言や魂方陣を扱えるからまさかとは思っていましたが……。本体は教団にあって、取り出された情報だけがカムイの中に移植されたということですか」
「ウェルラントの話だと、グランルークは元々人為的に作られた英雄なんだってさ。ベースがルークで、そこに他の能力を合わせられたようだ。今の身体の方には、その能力データだけが残っているって」
「ほう、他の能力を……。つまり、グランルークはキメラ・ベースだったということですか。そこから本体の人格が取り出されたら、果たして残った身体と能力はどうなっているのか? 実に興味深い」
グレイは言葉通り、わくわくとした様子で考えを巡らせながら顎を擦った。
「さっきの話を聞くに、本体はルークとは別の意思で動いているんじゃないのか?」
「そうかもしれません。しかし、別の意思とは誰の意思でしょう? これは、ルークに移植された能力が、どこの誰のどういう能力かを調べる必要がありそうですね。本人に聞ければ一番いいんですが」
「ウェルラントが会わせてくれるわけないじゃん……。まあ、もし万が一機会があったら確認してみるよ」
そう言って、ターロイは肩を竦めた。
何だか、アルブスの村の話から大分話が逸れてしまった。グレイの思考もそっちに行ってしまったし、今日のところはもう寝てしまおうか。
「とりあえず、グレイはインザークを目指す方が先決だろ? この辺にしておけよ。明日も早くから歩かなくちゃならない。今日はもう休もう」
「どうぞ、先に寝て下さい。私はもう少し考えをまとめたいので」
言いつつグレイは再び鞄から紙とペンを取り出す。相変わらずこういうことには熱心だ。
ターロイは小さく呆れたため息を吐いて、布団に潜ることにした。
翌日、翌々日は小規模の追いはぎに遭遇したが軽く伸して、予定より少し遅い程度でグレイの目的のインザークに到着した。
ここはあまり教団の色は濃くなく、ターロイの特別通行手形にも過剰な反応はなかった。良くも悪くも、他人のことに無頓着な街なのだ。
ここの住人の関心事は、主に研究、開発。
オタク的な人間が多く、自分の興味のある研究しかしない者ばかりだが、スポンサーがつくほどの成果を上げているから、生活には問題ないらしい。
グレイにはぴったりの街かもしれない。
「グレイ、これから家を探すのか?」
「いいえ、一応家はここに持っているんです。名義が私なだけで、今は別の者が住んでますが」
「別荘? グレイさんってお金持ちなんですね」
確かに、他の教団の人間と違って贅沢に興味がないグレイは金を貯め込んでいたけれど、こんなところに家をもっているとは初耳だ。
「王都で研究をするときに、インザークでしか手に入らない材料というものが結構ありましてね。それをストックしたり管理したりするのに、家と管理人が必要だったんです。そこそこの広さはあるので、今日はあなたたちも泊まっていくといいですよ」
そう言ったグレイは通りを歩き出した。
普通の街は入ってすぐの通りに宿屋や道具屋、酒場などがあるものだが、インザークは薬や爆薬、研究機材、使い道の分からない機械などの店が並んでいる。うーん、マニアックだ。
そして商店街を抜けると、辺りは研究所や施設だらけになる。右奥にある大きなビニールハウスの温室施設手前には、リングム商会の看板があった。あの先が先日会ったリングムの農場になっているのだろう。
「ここですよ」
通りから少し路地に入ったところに、グレイの家はあった。
「想像したよりでかいな……」
そこは柵に囲われ、作物の植わった庭があった。いや、作物というより、薬草の一種のようだ。
家は二階建てで、家族八人くらいで住めそうな大きさに見える。材料ストックのためだけの建物とは思えないが……。
グレイは門から入ると、ノックや呼び鈴を鳴らす事もなくいきなり扉を開けた。
「ティム!」
エントランスで、管理人とおぼしき人の名前を呼ぶ。
すると二階で何か金属がゴツンと床に落ちる音がして、すぐに開いた扉から誰かが出てきた。
「グ、グレイさん、いらっしゃい! つか、呼び鈴くらい慣らして下さいよ! びっくりするじゃないですか!」
「来るって連絡入れておいたでしょう。……ところで、また私に内緒で高額の機材買ってないでしょうね? チェック入れますから、あなたはターロイたちの案内をして下さい」
「ええ~……」
明らかに狼狽えたティムの横を通り抜けてグレイが二階に行くと、トホホ顔をした彼が観念したようにこちらにやって来た。
「えーと、こんにちは。俺はティム。君がターロイだよね? 話は聞いてる。後ろは連れのスバルとユニだね。よろしく」
「ああ、今日泊めてもらうのでよろしく」
「よろしくです」
「よろしくお願いします」
挨拶をすると、彼は気弱そうな笑みを浮かべた。
歳は二十代前半といったところか。細身の白衣に眼鏡、いかにも研究者然とした男だ。
「部屋に案内するからついてきて。……こっちが女の子二人で、ここがターロイの部屋」
エントランスから右に入ったところの部屋を案内したティムは、時折ちらりと天井を伺った。どうやら二階のグレイを気にしているらしい。
「ティムさんとグレイって、研究者仲間か何か?」
少し気になって訊ねると、彼は軽く首を振って苦笑した。
「俺のことはティムでいいよ。……グレイさんは俺の命の恩人で雇い主なんだ」
「命の恩人?」
グレイの医療術で病を治してもらったのだろうか。聞き返したターロイに、ティムはわずかに声を潜めた。
「俺、以前ある村に住んでたんだけど、グレイさんの勧めでインザークに移ってきたんだ。そしたらその後、その村が全滅しちゃって……。グレイさんがいなかったら死んでた」
「村が? ……そうか」
昔、各村を回りながら、グレイも救える者は救おうとしていたのだ。しかしきっと、彼のように応じた者は一握りだろう。大きな事件でもない限り、慣れた環境・慣れた日常を手放すことは難しい。
「あちこちの村からグレイさんが助けた人たちがここに住んでたんだけど、みんな自立して、今ここにいるのは俺だけなんだ」
なるほど、この建物が彼らを受け入れるために作ったものなら、この大きさも納得がいく。
「そうなのか。じゃああんたはグレイのために、ここの管理に残ってたんだな」
「いや、俺はグレイさんのためと言うより、ここが好きで残ってる。インザークは研究設備を整えるには最適の場所だし、少しくらい異臭がしたって爆発したって誰も気にしないんだよ? いいよね、素晴らしいよねインザーク」
……あ、この人もグレイと同類か。
「ティムって、何を研究してるんだ?」
「うん、よくぞ聞いてくれた! あのね、俺は」
「ティム! ちょっと来なさい!」
ターロイの問いに答えようとしたところで、二階からグレイに呼ばれてティムの表情が一変した。多分、何かまずいものを見つけられてしまったことを覚ったのだろう。
わたわたと右往左往した後に、結局がくりと肩を落とした。
「……ごめん、行ってくる」
「……いや、俺のことは気にしないで、行ってらっしゃい」
何か死刑宣告を受けに行く罪人のような後ろ姿だ。
数分後、二階に盛大な雷が落ちた。




