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金貸しイリウ

「サージが好き勝手しているのは、上から抑えつける人間がいないからです。あの男は基本的に、プライドが無駄に高いだけの小心者。あれが逆らえない司教を一人連れてくれば収まるはずです。……税金の方は今の段階では対応が難しいですが」


「いや、ひとまずはあのサージとか言う司祭がどうにかできれば御の字だ。一体どうするんだ?」


 イリウが期待のこもった瞳で訊ねる。ターロイもどう解決するのかと次の言葉を待っていると、グレイは少し意地悪な顔で口角を上げた。


「父親にチクります」


「……チクる?」


 期待したわりに、せこい作戦だ。


「二人とも何ですか、その顔は。大司教や教皇を動かせればもちろんいいですが、彼らは滅多に本部から動かないので仕方ないんですよ。その点、ここにサージを送ったことから分かるように、モネはサージの父親の管理する司教区です。移動してくるにも問題がありません。彼は司教という立場で、あの男の報復を恐れず叱れる身でもありますからね」


 確かに、いい考えかもしれない。

 他の司教ではサーヴァレットを持ったサージをもてあますか、知らずに叱責して反撃を食う可能性もある。一度あの剣が発動してしまうと、あの男が死ぬか日付が変わるまで被害が出るわけだから、下手な手は打てない。


 しかし父親ならさすがのサージも手を出すまい。

 あの男は昔から彼に守られ、そのコネと金で出世して、何不自由ない生活を送ってきたのだから。


「もちろん私は死んでいるのでチクれませんし、庶民がチクったところで取り合ってはもらえません。ですが、ウェルラントあたりから話を持って行ったら必ず動きます。モネで教会による理不尽な財産没収が行われているとの報告がある、調査してそれが本当なら裁判に掛けて断罪するとでも言ってもらえばいいでしょう」


「なるほど、ウェルラントに頼むのか」


 それなら共鳴石ですぐに連絡できる。

 モネがサージの父親の司教区ならば直接話を持って行っても何らおかしくはないし、彼に話が通れば息子の行動を止めるために自分が調査に行くと言い出すだろう。


 そうすればサージの行動は制限されて、一応だが、大きな問題は取り除かれる。


「どうですか、イリウ。これだけやれば、とりあえず今回の宿泊代くらいにはなりそうですかね?」


「そうだな、これであの男の脅威がなくなるなら十分だ。後の心配は、捕まった奴らが無事に解放されるかだが……」


「その辺も俺からウェルラントに話してみますよ。今晩連絡すれば、明日には動いてもらえるでしょう。そこからサージの父親が来るまでは五日以上かかるだろうけど、その前に早馬を出すと思うから、うまくいけば三日後くらいには止まるはずです」


 そう告げると、イリウは安堵したように息を吐いた。


「それは早いな。何か特別な通信手段があるのか? ……まあ、何にせよありがたい。今教団で捕まってる奴らの中の何人かが、借入金の完済がまだなんだよ。このままじゃ金を回収できないところだった」


「……ん?」


 この男、今何かすごく萎えることを言いおった。

 ターロイが顔を顰め、それを横で聞いていたグレイが苦笑する。


「イリウは相変わらずですねえ」


「……え? あんた、捕まってる人のことが心配で、サージをどうにかしたいと言ってたんじゃないのか?」


 あまりに気持ちが萎えて、ついタメ口になってしまった。


「もちろん心配だ。が、それとこれとは話が別だ。あの男に財産没収されたら俺に返済する金がなくなっちまうだろ。これ以上俺の顧客が減ったら困る」


 そう言えば、グレイがこの男を『鬼のように有能な金貸し』『必ず利益を回収する男』と称していた。

 こんな状況でも金回収のことを考えている、確かに有能な金貸しかのしれないが。


「……もし今捕まってる人が無一文で解放されたら、どうする気だ」


「またうちで金を貸してやる。商売させて儲けた金で返済させればいいからな」


 うーん、徹底している。免除してやろうという気はないらしい。

 ターロイが半ば呆れていると、グレイが少し真面目な顔で呟いた。


「それよりイリウ、早馬が来るまでのこれからの三日間、あなたの方が心配かもしれませんよ。モネで金持ちと言えば、あなたもその括りに入ります」


「ああ、確かにそうだよな。自分も財産没収されたら、金を貸すこともできなくなっちゃうじゃん」


 その可能性を指摘した二人に、しかしイリウはあまり動じていなかった。


「大丈夫。その辺は、もう手を打ってある。……まあ、本当は自分だけさっさと荷物と金をまとめて、街を出ちまえば安全だったんだろうけどな」


 そう言って苦笑した彼の様子で、ふとさっき何故王都の招集に応えないのかと訊ねたターロイに、事情があると言った意味が分かった気がした。


 イリウはこの状況のモネを放って、一人で王都に行くわけにはいかなかったのだろう。自分が狙われるリスクを負ってでも。

 そして、財産を失った人の再興を助けるために、他人に貸せるだけの自身の資産を確保しているのだ。


 そう考えると、ただの金の亡者かと思った彼に対する感情は大分変わる。


「とりあえず、すぐにウェルラントに連絡してみるよ」


 何にせよ、事は急ぐに越したことはない。


 ターロイは食事を済ませると、共鳴石をとりだして鈴を鳴らし、ウェルラントに連絡を入れた。






 翌朝、ターロイたちは予定通りモネを出るために、出立の準備をした。


 昨晩イリウが尾行の男たちに言った通りにしないと、要らない不信を買ってしまう。それは何の得もない。


「ターロイ、モネの転移方陣はどこに作っていくです?」


「……街の中だと教団の目があるし、城門を出てから作るよ」


「それが賢明です。家の外にはすでに尾行の人間が待機しているようですしね。ユニ、あんまり外を見ない方がいいですよ。目が合うと面倒ですから」


「うん、わかった」


 ユニが窓を閉めると同時に、部屋にイリウが入ってきた。


「朝飯食わずに出るんだろ? 隣におにぎり作ってもらってきた。持って行きな」


「わざわざありがとう、イリウさん。ところでサージの件だけど、ウェルラントに頼んだから、一応は大丈夫だと思う。……ただ、モネに連絡が届くまでの間、本当に気をつけてくれよ」


「ああ、平気だよ。手を打ってあるって言ったろうが」


 そう言った彼はにこりと笑った。それでもどこか不安が拭えないのは何故だろう。

 ターロイは何となくそれが気になった。


「では、そろそろ出発しましょうか」


 しかしグレイに促されて、その不安の正体がわからないままリュックを担ぐ。……まあ、彼が平気だと言うのだからそれを信じよう。

 転移方陣があれば、来ようと思えばすぐ来れるのだし。


「じゃあ、お世話になりました」


「ああ。道中気をつけてな」


 ターロイたちはそれぞれに挨拶をすると、イリウの家を出て、尾行を引き連れたまま城門に向かった。

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