モネにある危機
金貸しの家の二階は、何故かベッドが六台もある部屋があった。そしてその中央には大きなテーブルがある。
簡素だが暖炉も置いてあり、中の上程度の宿屋と遜色なかった。
「晩飯は食ったか? まだなら俺の分と一緒に隣の定食屋から届けてもらうけど」
暖炉に火を入れて、イリウが訊ねてくる。部屋に荷物を下ろしながら、それにグレイが遠慮なく答えた。
「お願いします。それから、外に出ると教団の人間がいるかもしれません。適当にあしらっておいて下さい」
「……お前、またそういう面倒臭い時に俺のとこに……。しょうがねえな……」
ぶつぶつと文句を言いながらイリウが部屋を出て行く。
それを見送ったグレイが、こちらにも荷物を下ろすように言ってきた。
「今日はここでお世話になりましょう。あの男はモネの教団に顔が利く。尾行の連中を上手く追い返してくれるはずです」
「教団に顔が利く……? あの人って何者なんだ?」
「鬼のように有能な金貸しですよ。その利益から教団に結構な額を上納しているので、ある程度のことは見逃してもらえるのです」
「だったら最初から宿を探さずに、ここを頼ったら良かったですのに」
スバルが言うと、グレイは苦笑して肩を竦めた。
「イリウは損得にとても厳しい男なんです。今回の宿泊代として、これから色々情報を搾り取られますよ。必ず利益を回収する男なので。できることなら借りを作りたくない相手なんですよね……」
「グレイの昔なじみって言ったよな。彼は教団側の人間なのか? だったら提供できる情報って言っても、困るんだけど。王国の内情を知らせるわけにもいかないし」
正直なところ、教団の人間に渡せるような情報は皆無と言っていい。それだったら少しくらい高くても、金で清算した方がマシなのだけれど。
そう思って訊ねたターロイに、グレイは首を振った。
「ああ、それは大丈夫です。イリウは今でこそすっかり庶民として街に馴染んでいますが、そもそもは前王が崩御した際に解体された、王国軍の部隊にいた人間。今でもウェルラントと連絡を取っているはずです」
「王国軍の? 昔なじみっていうから、てっきり……。今更だけど、グレイの知り合いって王国側ばっかりだよな。もしかして、あんたも王国軍にいたことがあるとか?」
「いいえ、最初から教団所属ですよ。昔ザヴァド大司教様が王宮の講義でドグマを教える時にいつも同行していたので、自然と知り合いになった者が何人かいるんです。ちなみに教団側の知り合いがいないのは、馬鹿とクズばっかりだったからですけど」
「そうか。王国軍で教義を学んでいたのは、ウェルラントだけじゃないもんな」
グレイの答えに納得したところで、一階の扉が開く音がした。
「おいお前ら、料理届けてもらったから下りてきて、みんなで二階のテーブルに運べ。キッチンからグラス持って行って、カトラリー並べろ」
「はいはい、今行きますよ」
階段下から声を掛けられて、みんなで下りていく。すると店のカウンター部分に料理が所狭しと並べられていた。
「随分注文しましたね」
「来客が来たから多めにって言ったら、こんなことになった。まあ、味は保証するから。温かいうちに食おう」
イリウの指示で食卓の準備を済ませると、ターロイたちは席について、思いの外贅沢な夕食を頂くことになった。
「とりあえず外で見張ってた教団の人間にはお引き取りいただいた。俺の知り合いで、明日にはモネを出て行くと伝えておいたから、特に変な動きをしなけりゃ問題ない。……しかし、何で教団に目を付けられてんの? あいつらグレイに気付いてるわけでもなさそうだったけど」
「ああ、私の連れが国王権限の特別通行手形を持っているものでね。今教団は政権を国王に取り上げられてぴりぴりしてますから。私たちが何か密命でも受けてきたと思ったんでしょう」
「へえ、国王権限の手形を。ターロイっつったか、お前、なかなか見所ありそうな奴だな。あのサイ様に信頼されるなんて」
食事を口に運びながら、イリウは好奇の目でこちらを見た。
彼はサイとも親しそうな口ぶりだ。
「イリウさんは元王国軍の方なんですよね? 今回の王都の招集に応えないんですか?」
「……ああ、ちょっと、事情があってな。ま、俺のことよりも、色々情報くれや。王宮側が権力を取り戻してから、いつも情報を持って行き来する行商人たちが、王都に向かって行くばっかりで、全然戻って来ねえのよ。今の王都の様子はどうなんだ?」
グレイとターロイは、イリウに現在の王宮の状況や、教団の様子、王都の住民たちのことなどを話した。
「こっちの方まで王国軍の配備ができるのには、もう少し時間が掛かりそうです。それまで行商人はミシガルと王都の界隈で商売をするでしょうから、モネあたりは少し物資不足になるかもしれませんね」
「……そうか。モネはしばらく教団管轄か」
話を聞いたイリウが大きく嘆息する。どうやら王国軍が来るのを待っていたようだ。困惑しているようにも見える。
「モネの教団に何か問題が?」
まあ、教団自体が問題だらけだが、そんな彼の様子を訝ってターロイは訊ねた。
するとイリウは余程の気がかりがあるのか、眉間を押さえて、もう一度深めのため息を吐く。
「……今後、王国軍がここに常駐するようになると、教団は税金収入がなくなるだろう。その前に住民から金を搾り取ろうと、最近教団があらゆる物に税金を掛け始めたんだよ」
「税金? そう言えば、道具屋に寄った時にミシガルと比べて随分商品が高いと思ったけど、そのせいか。食材や水も割高だったし……」
夕方に巡った店の商品についた値段を思い返すと、確かに高かった。これでは次第に旅人の足が遠退きそうだ。
宿屋あたりは自分の懐具合と相談しながら選べるが、物資は売れなくなるだろう。もし次に行く街がミシガルなら、それまでは有り物で我慢しようという気にもなって当然だ。
今の時点ですでに経済的な打撃が予想できる。
「それだけじゃない。先日教団本部から来た司祭が最悪なんだ。お供を連れて酒場にやって来て、気に入らないことがあると店主を捕まえて店ごと資産を没収する。それに誰かが抗議に行くと捕まって、家ごと資産を没収される。おかげで誰も反抗できずに、今の教団はやりたい放題だ」
「教団本部から来た司祭って……サージか」
酷い横暴に、怒りを通り越して呆れる。おそらくグレイ襲撃の件で、叱られてモネに飛ばされたことにふてくされて、憂さ晴らしをしているのだ。
「あの男を知っているのか? ……俺は一応金を出してる分、教団の連中には話が通る方なんだが、あのサージという男への意見は全て却下された。何だかみんなあいつを恐れてるみたいだった」
「なるほど……。まあ今のところ、あの男には触らないのが正解です」
グレイが肩を竦めて告げると、イリウは眉根を寄せた。
「早いこと王国管轄にして教団を追い出さないと、モネは疲弊してしまう。捕まった中にいた領主や何人かの資産家は教団側の人間だったが、あの男に難癖をつけられて財産を没収されている。今のモネは街をまとめる人間すらいなくなっているんだ」
「……金持ちは手当たり次第か。そして没収した資産は全部自分の懐へ……。あの男、本当に救いようがないな」
もう一度、この上ない恐怖を与えて殺してやるべきだろうか。悪事を働けば酷い目に遭うということを、何度も身体に教えてやらないと馬鹿は分からない。
つい剣呑な目つきをすると、
「ターロイ、サージとはやり合わずに行くんでしょう?」
それに気付いたグレイにやんわりとたしなめられた。
「……分かってるけど。でも、モネをこのまま放って行くのかよ」
「あなたはモネに縁もゆかりもないでしょうに」
「それは、そうだけどさ……」
教団の理不尽な悪事が許せない。その状況を考えただけで、胸のあたりがとてももやもやとして、酷く破壊的な衝動が来るのだ。
そう言えば以前、好戦的な時は狂戦病のウイルスが活性化しているとグレイに言われたっけ。それが関係しているのかもしれない。
ああ、今すぐあいつを殺したい。
「まあ、落ち着いて。私たちが直接サージとやり合わなくても、どうにかできるかもしれません」
しかしそんなターロイを余所に、グレイは何でもないようににこりと笑った。




