野営の夜
食事を終えると近くの沢で鍋や食器を洗い、それから休む支度を始めた。
テントは二人用のため、当然スバルとユニ用になる。男二人は外で交代で見張りと火の番をしながら、マントに包まって眠ることになった。
まあ、昔グレイと野宿する時はいつもそうだったから、特に問題はない。
しかし少女二人はそれが気になるようで。
「二人とも、外にいるなら、せめてこれ使って温かくして」
ユニが二枚だけ用意しておいた毛布を差し出してきた。
「俺たちはマントがあるから大丈夫だ。焚き火の近くだしな。お前たちこそ、こっちに比べて薄着なんだから、温かくしておけ」
「一枚だけでも使ったらどうです? スバルは狼の姿になれば毛皮に覆われるですから、寒くないですし」
そう言うスバルに、ターロイははたとさっきのグレイとの話を思い出した。
「そうか、毛皮じゃないけど、羽毛があった。やはりその毛布二枚、俺たちで使おう」
右手で毛布を受け取り、逆の手でユニの肩に乗っていたひよたんをひょいと取り上げる。
グレイに聞いたひよたんの羽毛布団、どんなものか試してみよう。
ターロイはテントの入り口からひよたんを中に下ろすと、何が起こるのかと不思議そうに後ろから覗くスバルとユニの前で命令をした。
「ひよたん、二人が眠れる大きさの羽毛布団になれ」
形態変化のできる魔道具は、基本的に質量や大きさは自在。マナを使って、一時的に必要な物質を疑似生成する機構が備わっているという話だ。だからこんな小さなひよたんが、大きな鳥に変化できたりする。
そう考えれば、ユニのマナでフルチャージ状態のひよたんなら、こんな命令は朝飯前のはずだ。
「おお!? ひよたんが何か膨れてきたですよ!?」
ターロイの命令によって、ひよたんがぐんぐんと大きくなり出した。……布団と言ったのだが、特大サイズのぬいぐるみみたいなことになってきた。
見る見るテントの中いっぱいにひよたんが膨れていく。
「わあ、ひよたんが破裂しそう! テントが壊れちゃう!」
ユニが慌ててひよたんを抑えると、不意に大きくなったひよたんのおなかに穴が開いて、プシューと音を立てて空気が抜けた。
そのままへなへなとしぼんだひよたんが、最後にぱたりとテントの中に倒れる。見ると大きなひよたんはいい具合の厚さの布団になっていた。
「ひ、ひよたん布団……!」
それを見たユニが瞳をきらきらさせる。
……うん、女の子が使うには可愛いな。正直、俺やグレイが使ったら恥ずかしくて眠れないくらいファンシーだ。
テントの床一面に大きく平たくなったひよたんは、おなかに開いた穴がそのまま中に入れる開口になっている。例えるならば、有袋類が子供を運ぶ袋のような感じだ。そこに入って寝るのだろう。
「これ、ボクたちが使っていいの?」
わくわくとこちらを見上げるユニに頷くと、彼女はすぐにひよたん布団に潜り込んだ。
「ふわぁ、あったか、ふあふあ!」
「ひよたんにこんな使い方があったのですね……」
スバルがはしゃぐユニを見ながら感心したように言う。彼女は羽毛布団機能を知らなかったようだ。
「アカツキはこういう使い方をしないのか?」
「アカツキ様あたりは、獣化すれば毛皮があるですし、やっぱり見た目が可愛すぎるので使わなかったのかもです。そもそもスバルも、ひよたんについては大雑把にしか知らないですから」
「そうなんだ」
確かにひよたんは稀少アイテムだし、スバル自身もこれを持ってないしな。
「まあ、ユニがご満悦なので良かったです。ターロイたちにも毛布が渡りますし。……ではスバルたちはテントを閉めるですが、夜中に何かあったら遠慮なく呼ぶですよ?」
「ああ、分かった。俺とグレイがいれば大丈夫だとは思うけど」
「それはもちろん分かってるです。でも仲間ですから、何かあれば頼るがいいのです。一方的に守ろうとしなくていいということですよ」
そう言うと、スバルはにこりと笑った。
「スバルは当然ですが、ユニもターロイの役に立ちたいからここにいるのです。たまにはターロイも守られればいいです」
「……機会があったらな」
「そのうち、きっとあるですよ。……じゃ、おやすみです」
何だか予言めいた呟きを残して、スバルはテントの入り口を閉めた。
「スバルは思考がまっすぐで単純、そのわりに思わぬ洞察力もあるんですよね」
焚き火近くに戻ると、火に薪をくべていたグレイがスバルを評した。ターロイは彼に一枚毛布を渡し、その向かいに座る。
炎の向こうで、グレイがこちらを見、にやと笑った。
「アカツキの祠の鍵を託されていた彼女は、一体何者なんでしょうねえ?」
「獣人族の生き残りだろ。他に鍵を持つべき獣人がいなかっただけじゃないのか?」
そうグレイに返してから、そういえば幼い頃、あの檻に入っていた時の彼女はそんなものを持っていなかったことを思い出す。
どこかに隠していた? それとも後で他の誰かに託された?
どちらにしてもそれはスバル、ひいては獣人族の問題で、自分が詮索することではないと考える。
「あんまり余計なこと考えるなよ。他にすることいっぱいあるだろ」
「まあ、そうなんですけどね。……ああ、少しでいいから彼女の血液調べさせてもらえませんかねえ」
「……おい、駄目だぞ」
じろりと睨むと、グレイは息を吐いて肩を竦めた。
「面白いことが分かるかもしれないのに……。仕方ない、今はあきらめますか」
今は、とか言っている。全く研究オタクにも困ったものだ。
ターロイは強制的に話を変えた。
「それより、さっきの話なんだが。昔、村を巡回しなくなったのは行く場所がなくなったからって言ったよな。あれって、もしかして……」
訊ねた言葉に、グレイが少し表情を暗くする。無意識なのか、声のトーンも一段階下がった。
「……ヤライの村と同じですよ。ご神託によって、教団と守護者に全滅させられました」
「やっぱり、そうなのか」
予想していた答えとはいえ、ターロイも顔を曇らせる。村を潰すことが、一体教団にとって何の得があるというんだろう。
「かつては王国管轄下の村は十個ほどありました。街と街の間や、街の外れに点在する形でね。ファラの村とヤライの村が全滅したことはご存じの通りですが、私があなたを引き取ったときはすでに村が五つまで減っていました」
「他にもそんなに!?」
「その残り五つをあなたと巡っていたわけですが……しばらくして、そのうちの三つが潰された。そこで私は巡回を止めました」
「え、何で? ……残りの二つは?」
そこまで行くと、教団は全部の村を潰そうとしているとしか思えない。なのにグレイは残りの二つの村を見捨てたのか?
そう思って訊ねると、彼はターロイのリュックを勝手に開けて、ガイナードの封印場所を書き込んだ地図を取り出した。
「これは現在、教団の認可のもと作られている地図です。街はもちろん載っていますが、今も二つだけ、村が残っています」
言われて、焚き火を回り込んで近付いて見ると、確かにインザークとモネの間、街道から外れたところにひとつ、ガントのさらに西にひとつ、村が載っていた。
「……残りの二つはまだ無事ってこと?」
「そうです。この二つは、まだご神託から外されている」
「何でこの二つだけ……」
「詳しい理由は分かりませんが、私がこの二つの村の巡回を止めたのは、教会が小さくて守護者がいなかったからです。村を丸ごとひとつ、秘密裏に一晩で全滅しようと考えたら、守護者の力がないと難しい。それがいない間は大丈夫だとふみました」
「でも、だからって安心なわけじゃないんだろ?」
「もちろん。インザークに居を構えたら、しばらく村に通ってみるつもりです。何か分かるかもしれない。それに……」
グレイが地図上のインザークとモネの間にある村の、更に少し外れを指さした。
そこにはガイナードの封印場所の印。
「村の近くに封印が……」
「ガントの外れの村の近くにも封印場所があります。関係があるのかないのか分かりませんが、ここに未踏破の遺跡があるために村が生かされていた可能性がある」
「……それって、俺が遺跡を踏破したら村が消されちゃわない?」
「平気でしょう。教団はサイ様に権力を取り上げられて、こんなことに構っている場合じゃない。そうそう勝手もできないでしょうし」
そう言って、グレイは地図を片付けた。
……あの地図には、本来あと八つの村が載っているはずだったのか。教団は、一体何が目的でそれらの村を消したのだろう。
ターロイが記憶を辿っても、ファラもヤライも、特に教団に反抗的でもなく、隠した秘密などもなかった。村の金品を召し上げるにしたって、村ごと焼き払う以外にいくらでもやりようがある。
何か、理由があるはずなのだ。
しかし考えたところで分かるはずもなく、ターロイは黙って炎を見つめるしかなかった。




