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出立の準備

「旅に出る?」


「ああ。その間、留守を頼む」


 ディクトに話をすると、彼はあっさりと了承してくれた。


「ま、どうせすぐに連絡が取れるし、万が一の時は転移方陣があれば戻ってこれるんだろ? 宿駅の方は問題ないだろうから、大丈夫だ。それで、どのくらいで帰ってくるんだ?」


「何もなければ転移方陣で途中で戻ってくるつもりはないから、とりあえず片道十日から半月かな。今回はガントまで行って、そこから方陣で戻る」


「ん? ガントなら北の街道を使って西に行けば、十日もあれば往復できちゃうじゃん」


「……そうしたいのはやまやまなんだが、グレイが南からインザーク経由で行けと言うんでな……」


 ため息交じりに告げると、ディクトはぱちりと瞳を瞬いた。その表情が見るからに明るくなる。


「え? グレイも行くの? そうか、インザークに置いてくるのか。それは嬉し……いや、うん、あいつも研究環境ができていいことだ」


 分かりやすく喜んでいるようだ。まあ、グレイと顔を合わせるたび苛められる、最近の彼の心労を考えれば当然か。


「ついでだから今後のことを考えて、各街で戦力になる人間を探してこようと思ってるんだが。ディクトとしては、増やして欲しい兵種はあるか?」


「兵種はなんでもいいわ。ターロイが人間として信頼できそうな奴なら。今後の戦いの基本はここを守る防衛戦だと考えると、ここぞと言うときに信用できる、敵に靡かない、逃げない奴が重要だからな。……あ、ハヤテは最初から逃げ要員だから。あいつには絶対敵に渡せない重要なものなんかを持たせておくと安心だ」


 なるほど。ディクトは作戦を練ってから人を配置するのではなく、そこにいる人間の適材適所を考えて、それに合わせて策を練るタイプだっけ。

 だからこそ少人数でも対応できるのだ。


「じゃあ、俺の気分で探してくるか」


「おたくがボスなんだ、自分と相性のいい人間を見つけたほうがいい。何でもかんでも俺の下に入れないで、対等な仲間を作ったら?」


「……いや、俺はできるだけ仲間を作りたくないんだ。面倒見がいい人間でもないし。お前が下の者を見ていてくれればいい」


「あれ、自覚なし? おたく、かなり面倒見がいい人間だぞ。仲間を守るために強くなるタイプだと思う」


 ディクトのその言葉に苦笑する。

 自分は、仲間を守れなかった時に不必要に強くなってしまう人間だ。そして仲間すら手に掛ける。


 だから絶対仲間なんて作らないと、教団にいる時は思っていたはずなのに。他人とは利害だけで繋がっていればいいと思っていたのに。

 気付けば、仲間と呼んでしまう人間が、増えてしまった。


「……お前、死ぬなよ」


「何? 急に。死なねえけど。そのうち隠居して拠点のマスコットになるし」


「いや、マスコットにはしない」


「……着ぐるみ着るよ?」


「いらん」


 教団を潰した後のことなんて、考えてもいなかったけれど。

 ターロイは彼らが生き延び、この拠点を離れ、王国の元で普通の生活ができるようになったらいいなんて、柄にもないことを思って、苦笑した。






「もちろんスバルも行くです!」


 旅に出ると言ったら、スバルが即、手を上げた。


「ボ、ボクも行きたい」


 そして何故かユニも手を上げた。


「あのな、遊びに行くんじゃないんだぞ」


「もちろん分かってるですよ。スバルはターロイを守るために行くのですから」


「ボクもターロイの役に立ちたい」


「ふふ、いいじゃないですか。美少女二人を侍らせての旅なんて」


 グレイが隣で笑みを浮かべている。

 美少女とか全く興味がないくせに、よく言う。彼はただ単に、獣人族とエルフ族の二人を観察したいだけなのだ。


「スバルは自分で戦えるからまだいいが、ユニは危ないから駄目だ」


「そんなぁ……」


 見るからにユニが凹むと、即座にスバルがフォローに入った。


「ユニはスバルが守るですから大丈夫。それより何日もの間、男ばかりの中にユニを一人で置いておくほうが危険じゃないですか」


「どうせユニが女の子だと知ってるのなんてディクトだけだぞ」


「いや、こんな男所帯では、そのうち欲求不満でいっそ男でもいいという輩が現れるかも……。ユニは男だと思っても可愛いですからね」


 グレイまで乗っかってきた。おかげで更にスバルが勢い付いてしまったではないか。


「そうです! 二・三日ならまだしも、半月近くユニだけ置いていくなんて何があるか分からないです。ターロイが駄目って言っても、スバルが連れて行ってあげるです」


「そうそう。連れて行ってあげればいいじゃないですか、ターロイ。危険な場所に行く時はユニを街に置いておけば問題ないですし。道中は我々がいて彼女を守り切れないということはないと思いますよ」


「迷惑掛けないようにするし、みんなが疲れた時は歌を歌うから。……駄目かな?」


 またもや子犬のような瞳で見上げられて、言葉に詰まる。

 ターロイはユニのこれに弱いのだ。


 数瞬の間そのまま逡巡していたけれど、最後には根負けして、大きくため息を吐いた。


「……危なくなったらすぐに転移で拠点に戻すからな」


「うん! ありがとう!」


 途端にぱあと笑顔を見せる子供に、俺も随分甘くなったものだと思う。


 困ったように笑ったターロイの隣で、グレイは何だかにやにやしていた。それに気付いて軽く睨む。


「……何だよ」


「いえ、いい兆候だと思って」


 そう言って、彼はターロイから少女二人に視線を移すと、場を仕切るようにパンパンと手を叩いた。


「さて、同行も決まったことですし、旅支度をしましょう。不足のものは一旦ミシガルに寄って買いそろえることにして、最低限のものだけ鞄に詰めて来て下さい」


「スバルはすぐに出かけられるですから、ユニの荷造り手伝うですよ」


「ありがとう、スバルさん」


 少女二人で連れ立って、部屋に消える。

 それを見送ったグレイが、自身も踵を返した。


「では私も旅の荷物を取ってきます。私物は後でインザークに着いた時に、ターロイに転移方陣で持ってきてもらえばいいですから、置いていきますね」


「勝手なこと言うなあ……まあ、いいけど」


 余計な手持ちの荷物は邪魔なだけだ。女の子二人を連れているとなると野宿用のテントも必要だし、グレイにもそれなりに荷物を持ってもらわないといけない。


 都度、転移方陣を書いて拠点に戻れば旅用の荷物はいらないのだけれど、転移方陣はあまり増やしすぎるとイメージが散漫になって、目的の場所に飛べなくなるのだ。特に、目印のないただの野営地にポンポン設置するものじゃない。


 ターロイは転移方陣の設置を、各街と重要な遺跡のみにしようと決めていた。

 そうすることで、移動が格段に分かりやすくなる。


 ……その上で、前時代で唯一の転移アイテム、あれが手に入れば、旅が格段に楽になるのだけれど。

 未だ発掘されていない様子だから、もしかするとこれから自分たちが行く、ガイナードの能力が封印された遺跡のどれかにあるかもしれない。


 まあ、過度な期待はせずに、とりあえず。

 まずはミシガルで支度を調えよう。






「ユニ、可愛いですぅ~」


 ミシガルで買い物を済ませると、何故かこうなった。


「ス、スカートなんてはいたことないから、変な感じ……」


「いやもう、超似合うです!」


 もじもじするユニをスバルが愛でている。

 旅をするに当たって、ユニに少し防御力のある装備を、と思ったら、スバルがハードレザーとソフトレザーとキルティングを駆使して作られた女性用の防具に目を付けたのだ。


 見た目は少し固めの普通の服。普通と言ったが、デザイン重視なのかかなり可愛い。これ、ちゃんと防御力あるんだろうか。


 合わせてブーツも買って履かせると、文句なしの美少女冒険者だ。

 ちなみに、旅の間はユニの性別を偽る必要がないので魔法は掛けないようにした。


「ユニ、リボン! リボン着けて! はあ~可愛い~」


「あぅ……、こういうの、恥ずかしい……」


 スバルはユニを飾って悦に入っている。まあ、いいんだけどな。


 次の街、モネまでに必要な食料などはもう買った。野営用のテントと調理器具も揃えて、今のターロイは二人のやりとりを温い目で眺めていた。


 後はグレイが来れば出発できるのだが、彼はミシガルに着いた途端にふらりと一人でどこかに消えて、戻ってこない。


「スバル、グレイがどこにいるか匂いで分からないか?」


「んん? 風上にいるようですが……、あ、こっちに向かってるですよ」


 そう返されて、風上に当たるところを探して首を巡らす。

 すると、スバルの言葉通りグレイらしき人物が近付いてきた。


 ……さっきまでと服が違う。眼鏡も違う。髪型も。


「……グレイ?」


「ふふ、これだとひと目では私だと分からないでしょう」


 どうやら、旅の間に教団に見つからないように、見た目を変えたようだ。

 以前は一見すると柔和そうなインテリという外見だったが、今は精悍な冒険者といったなりに見える。親しい人間でもないと、ぱっと見でグレイだとは気付かないだろう。


「随分と変わったな」


「普段はローブのような緩みのある服ばかり着ていたから、こういうぴたっとした冒険者の服を着ると印象が変わるんですよ。特に私は着やせするタイプなので」


 確かに、グレイは服の上からでは分からないが、鍛えられた身体をしている。……いつも本にかじり付いているのに、一体いつトレーニングしているのだろう。

 とにかく、その筋肉が前面に出ると、インテリの印象が少し薄れるようだ。


 彼は服の上にマントを羽織ると、腰に道具袋を括り付けながら、少し声を潜めた。


「……そう言えば、行商人と少し話をして、モネの情報を仕入れていたんですけど」


「モネの?」


 訊ね返すと、グレイはこちらの耳に顔を寄せて、こそりと呟いた。


「……王都での教団本部爆発の後、一人の若い司祭の男がモネに入ったそうです」


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