一緒に行こう
ここから3章です。
グレイの部屋へ行くと、文献や書類がすっかりきれいに片付けられていた。
私物もだ。
まあ、こちらに来たときにほぼ着の身着のままだったことを考えれば私物などほぼないも同然だが、生活用に買った日用品や衣類が全部しまわれている。
「お帰りなさい、ターロイ。サイ様は無事に復活なされたようですね」
「ああ。これから忙しくなりそうだが、ウェルラントたちもいるし、しばらくすれば王宮もうまく回り始めるだろう。今後は教団がどう出てくるかが問題だけどな」
「サイ様が自由に動けるようになったなら、それほど心配は要りません。あの方はとても強かだ。……それに、内心はあなたと同じように、教団を潰すおつもりでいらっしゃる。やられっぱなしではいませんよ」
サイが教団を潰すつもり。
そう聞いて、納得する。彼にはウェルラントたちと違う、囮になるリスクを取っても敵を倒したいという熱意があった。
当然だ、教団はサイの父親を殺した仇。彼の国を食い物にした相手だ。
「国王が俺と同じ思いでいるならやりやすいな。まあ、一朝一夕にはいかないだろうが」
「そうですね。教団には色々くせ者もいますし」
くせ者と言われて、一人思い出す。
「そういや、一人司教を倒してきた。ハイザーっていう、刺客部隊の統括してた奴」
「ほう、ハイザーを!?」
報告すると、グレイは目を輝かせた。
「あの男、共鳴石と名君の護符を持っていたでしょう。回収しました?」
「うん、これ。共鳴石の一つはグレイに渡しておくよ。他に持ってるのはサイ様とウェルラントと俺と、予備でディクト。ルールとか割り当てとかは後で紙に書いて渡すから。名君の護符はサイ様が持って行った」
「ふむ、いい成果ですね。共鳴石は是非こちらに欲しかったアイテムですし、名君の護符はサイ様が持ってこそ意味があるものですし」
そう言ってグレイが受け取った共鳴石を懐にしまう。
それから片付けた部屋を見回した。
「そろそろインザークに向けて出立しようと準備をしていたので、離れても連絡する手段があるのはありがたいです」
「あれ、出立前にミシガルの書庫の文献読破していくって言ってなかったっけ?」
「……そのつもりだったんですが、今回読んだ書物に実験したい内容が色々ありましてね。とりあえず一旦インザークに居を構えようかと」
「そうか……。俺もこれからガイナードの封印を解きに出ようと思ってたから、グレイがここにいてくれると安心だと考えてたんだけど」
「私がいなくてもディクトがいれば平気ですよ。あの男は籠城戦や防衛戦には滅法強い。この拠点自体がそもそも王国軍の要衝として作られた堅牢なものですし、そうそう落ちません。……ただ、万が一のことを考えてもう少し戦力は欲しいかもしれませんね。いつも騎士団が宿泊して、助力が期待できるわけではありませんし」
確かに戦力が足りないことは気になっていた。
今はまだ教団がここの存在を知らないだろうから問題ないが、今後騎士団の往来が多くなれば、遅かれ早かれ感付かれる。
ミシガルと王都を分断しようと教団が考えれば、ここは必ず狙われる場所だ。
「共鳴石があるから何かあれば連絡を受けて戻っては来れるが、もう少し人を増やすべきか……。他にも、医療術師や鍛冶も欲しいんだよな」
「だったら、封印を解きがてら他の街を巡って、スカウトしてきたらどうです? 今、政権が国王に戻ったおかげで、そちらに与したい人間も増えているはず。……そうだ、サイ様に頼んで国王権限の通行手形を作ってもらえばいいですよ。身分の証明にもなりますし」
「なるほど」
グレイの提案にターロイは大きく頷いた。国王権限の通行手形があれば、検問もほぼスルーできる。ただ、教団側の人間からは目を付けられるだろうが、返り討ちにすればすむこと、おおむね問題はない。
「グレイのはどうする? 通行手形。……一緒に作ってもらってもいいだろうけど、あんた教団では死んだことになってるのに、そんなの提出したらすぐにかぎつけられて身バレしちゃうよな。……偽造?」
「さすがにサイ様は偽造してくれませんよ。……ふむ、自分の手形のことは考えてませんでした。死んでいる身というのも結構不便ですね。インザークに入ってしまえばどうということもないのですが」
そう呟いて、グレイはしばし顎を擦って考える。
それから、ちらりとこちらを見た。
「……ちなみに、ターロイ。次の封印解放の場所はどこでしたっけ?」
「封印の? ええと、地図がないからうろ覚えだけど、確か、ガントの近くだったと思う」
ガントは、鍛冶、細工、縫製といった物作りの職人が多い街だ。王都の街道をミシガルと逆の西に進み、少し南下したところにある。
「それはいい。少し遠回りしませんか? ここから王都側ではなく、ミシガルの南に下りて、そこから山をぐるりと迂回しつつ西に進めばインザーク。そこから北上すればガントです。私も同行しますから、インザークまで一緒に行きましょう」
「は? ちょっと待てよ、少しってもんじゃないぞ!? 北回りならすぐガントだけど、南回りだと途中でモネの街も通過して……二つも街を経由しないとガントに辿り着かないんだけど!」
「後々の封印解除であちこち回らなきゃいけないんですから、最初にちょっと遠回りして各街に転移方陣置いたらいいじゃないですか。次からの移動が楽になりますよ」
そんなことを言っているが、わかっている。こちらの通行手形狙いだ。
先日の王都入りの時に我々がウェルラントの同行で手形を免除されたように、国王権限の手形を持った人間の同行者は手形が必要ないのだ。
「私と同行するなら、道中で少し面白い話を聞かせてあげますけど」
「面白い話?」
「今は内緒ですが、あなたにも関係する話です」
意味深な科白を吐いて、にんまりと笑う。おそらく古文書を解読して、何か判明した事実があるんだろう。
グレイは余程危急の内容でないかぎり、こうして何かの見返りとして情報を小出しにしてくる。それはもちろん重要かつターロイが知らなかった内容が多くて、結局断り切れず受けるしかなくなるのだ。
「……わかったよ。インザークまで同行する」
「あなたならそう言ってくれると思ってましたよ」
希望通りの返事に、良い笑顔を見せる。
ターロイは今更そんなグレイに腹を立てたりしないが、この人は何故素直にインザークまで一緒に行ってくれと普通に頼むことができないのかと、呆れたため息を吐いた。




