帰還
特に説明をすることはせず、ただハヤテとディクトに王宮の警備の不足への意見を聞くと、彼らはそれぞれに口を開いた。
「警備の穴? ……そうだな、気になるのはあれ。王宮を囲む塀の内側に背の高い木を植えすぎなんだよな。教団からの目隠しのつもりなんだろうけど、逆効果だよ。警備の目が届きにくいし、俺なら木を伝って簡単に侵入できる」
「確かになあ。ハヤテも言ってるけど、木が多すぎ。今まで人手不足で十分な管理ができてなかったせいかね? 王宮を守るには庭園とか、王宮の周囲全般、見通しを良くするためにある程度伐採した方がいい。外周の木も、塀より低く刈るべきだな」
「なるほど、隠れられるところを極力減らすってことか。その方が警備もしやすい」
ターロイがメモっている向かいで、ハヤテが続けた。
「正直なところ、これだけの敷地ではどんなに頑張っても完全に侵入を防ぐことはできないんだよ。例えば警備の人間の動きを観察されて、交代の時間を把握されたら、侵入なんてすぐだ。こういうきっちりした組織は特に時間に正確だから、そういう隙を狙われやすいんだ」
「そうそう。だから重要なのは、どれだけすぐに侵入者を発見できるかなのよ。入っても即見つかるようなら、侵入をあきらめるだろ。侵入させないんじゃなくて、まずは侵入してもバレると思わせることだな。その点で、夜の灯りも多めにした方がいい」
「……俺たちの拠点にも必要か?」
話を聞いていて少し自分たちの拠点に無頓着だったかと思う。施設に掛けられる金も限られているけれど、今からちょっとずつ環境を整えるか。
しかし、そんなことを考えたターロイに、ディクトはあっさり首を振った。
「うちの拠点はまだ必要ないだろ。教団から認知されてないし、夜の灯りを増やしたら、逆に存在を気付かれちまう」
確かにそうか。
それにしても、ハヤテは自身の経験からの逆目線だろうが、何でディクトも拠点防衛に詳しいんだろう。小競り合いはあったものの、ここ何十年も王国軍側から教団を攻めた史実はないし、拠点を防衛するような機会はなさそうなものだけど。
「個人的な意見だけど、兵舎だけじゃなく、王宮の上から俯瞰で見張る人間を用意した方がいいんじゃないかと思う。後、忍ぶことをあきらめて力尽くで敵が来た場合のために、盾をメインに扱う重装兵を、王宮の門と裏の使用人出入り口近くに数人配置してもいいかな」
私見を述べるディクトに、ターロイは少し言葉を選んで訊ねた。
「……お前、防衛に随分詳しいな。どこかで習った?」
「え? ……あー……」
その質問に一瞬口を噤んだディクトが、わずかに逡巡してから頭を掻く。
「……まあ、仲間を守るための連携戦術はかなり勉強したからな。この手の防衛はその延長で多少かじった」
「教団で? あっちって、仲間を守るとかいう教育皆無だろ。全部独学ってこと?」
「護衛術なんかは訓練で習うんだよ。偉いさんは守らなくちゃならないからな。それを応用して、武器ごとにできることを分けて、連携して補い合うように組んで……うん、独学か、これは。んで、そこに環境による有利不利も組み込んで考えていくと、自然にこういう防衛まで達しちゃうんだよ。……もう、ここまで来ると趣味かも」
ディクトはそう言っておどけるように肩を竦めた。
……少しだけ空々しい。けして今の話が嘘だとは思わないけれど、全てを語っているわけではないのだろう。きっと、彼の語りたくない過去に関係する事柄なのだ。
それを裏付けるように、彼は話を逸らすように立ち上がった。
「ところで、まだ拠点には帰れねえの? もういらねえだろ、俺たち」
その分かりやすい話題のすり替えに、あえて指摘は必要あるまい。
「ああ、この意見を報告したら多分お役御免だ。これから騎士団の往来も多くなる。拠点も宿駅として忙しくなるし、早めに戻ろう」
「ええ!?」
しかしこのまま終えようとした話に、何故かハヤテが反応した。
「どうした、ハヤテ。何か問題か?」
それにディクトが首を傾げると、彼は数瞬のあいだ口ごもる。
「……いや、あの……もう一日くらい、ここにいても……」
「何だ、ここにいたいなら、お前だけ一日泊まってもいいぞ? ウェルラントとサイ様に頼んで……」
ターロイが親切心から発した言葉に、ハヤテはカッと目を見開いた。
「俺一人で泊まって何が楽しいんだよ! せっかく数日の間でも、ディクトさんと同室になれると思ってたのに……!」
あ、それか。
「……まあ、ディクトがいいなら二人で泊まっても構わないが」
「え、マジで!? じゃあ、ディク……」
「やだよ俺は。王都落ち着かねえし。絶対帰る」
「か、被せで瞬殺……!」
皆まで言わせず断るディクトに、ハヤテががくりと膝をつく。でもまあ、自業自得か。
ディクトの即却下には、絶対昨晩のハヤテの奇行が加味されてる。
「じゃあ、報告が終わったら引き上げるぞ。他のメンバーも集めておいてくれ」
「はいよ」
軽く請け合ったディクトに後は任せて、ターロイは謁見の間に向かった。
「お帰りなさい!」
拠点に帰り着くと、ひよたんを連れたユニが出迎えた。
「ただいまです、ユニ~!」
そんな彼女にスバルが即反応して抱きつく。また匂いを嗅いでいるが、ユニも以前ほど気にしなくなったようだ。
「俺たちがいない間、何も問題なかったか? グレイに血を抜かれたりしてない?」
「大丈夫。でもグレイさんが、ターロイが帰ってきたら部屋に来るように伝えてって言ってた」
「グレイが?」
古文書の解読をしていたはずのグレイが、何の用だろう。もしかして、また本を借りたいから、ミシガルに連れて行けとでも言うのだろうか。
まあ、しばらく王宮の方は人手が足りているし、それくらいはいいだろう。
これからはせっかく手に入れたガイナードの能力封印の地図を使って、あちこち巡ることもできる。
拠点の方はディクトたちに任せておけばいい。
ターロイは今後、単身で旅に出ようと考えていた。




