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ハイザー討伐

 ハイザーは山道に立つ我々の左右、どちらの森に入ったか。それは考えるまでもなかった。

 ターロイたちの左側の森には弓兵が隠れている。そしてスバルも。


 もし先に彼女らを倒そうと考えてそちらに行ったのなら、即座にスバルが臭いに気付いて戦闘に入っているだろう。

 それがないということは、右側に隠れたということだ。


 危険感知に優れたハヤテも、右側を避け、サイを連れて左の森の木陰に移動していた。


 互いに相手の様子を探り合い、しばしの静寂が訪れる。


「こうなると、こっちの方が不利だな。さっきと逆で、俺たちの方がいい的になっちまう。ハイザーは一人だし、自分の居場所を教えるようなものだから、安易に飛び道具は使ってこないだろうが……」


 ディクトが剣を抜いて、気を張りながら呟く。


「奴は飛び道具を使うのか?」


「あいつの得物は短剣と投げナイフだ。こういう、込み入った場所でも小回りが利くからな」


「投げナイフか……。指弾あたりだと厄介だが、それなら分かりやすい」


「分かりやすい?」


 怪訝な顔をしたディクトには答えず、ターロイはちらと背後を振り返った。


「スバル、ちょっと来てくれ」


「はいです。スバルの出番ですね? ちょちょいっとあの男を捜して伸してくるですよ」


「いや、俺が行く。スバルはハイザーの大体の位置を教えてくれ」


「え? おいおい、ちょっと待てターロイ。自分から森に入っていくのはあっちの思うつぼだぜ。人数で劣っている場合、一人ずつ引き離して各個撃破は定石だ。リーダーを狙って士気を下げるのもな。それにうまうまと乗るつもりか?」


 ターロイの言葉に、ディクトが慌てたように諫めてくる。

 しかし、もちろんそんなことは分かった上での話だ。それが定石なら、ハイザーも必ず動くはず。

 そこには、未だに奴が自身の能力を過信するが故の慢心があるはずで、イレギュラーを加味しないハイザーの行動はほぼ絞られたと考えていい。


 行動の予測が付けば、対応は十分可能だ。

 それでも常人なら危険であることには間違いないが、ターロイには常人にない、特殊な能力が宿ってる。不覚を取るつもりは毛頭なかった。


「スバルが行った方が早くないですか? 一対一なら負けないですよ」


「まあ、純粋にガチンコならそうだろうけど。こういう罠やら策やら駆使する奴とスバルは相性悪いと思うぞ。……その点、俺はそういう性格の悪い人間の考えを読むのに慣れてるから」


 そう言うと、ディクトが妙に納得したような顔をした。


「……でも、本当に大丈夫なのかよ?」


「任せろ。これが一番安全なんだ」


 スバルたちが行って傷を負わされると、狂戦病によって今度はターロイ自体が脅威になる可能性もある。その点からも、自分で行った方がいい。


「分かったです。じゃあ、あいつの大体の居場所を教えるです。離れてるし、気配を消してるから、臭いくらいしか頼れないですが……ここからまっすぐ奥に行って、少し左側の岩陰あたりにいるようです」


「なるほど、分かった」


 スバルに言われた辺りを集中して見る。

 ターロイの視界には、暗い森の中のそこかしこに小さな火花が浮かび上がった。

 こうして周囲の破壊点を探っているのだ。


 夜は昼間と違って視界に余計なノイズが入らない分、分かりやすい。

 その中の、明らかに木々だと分かる破壊点を意識から消していく。

 すると視界に残ったのは、張られたロープとナイフの破壊点だった。


 罠だ。この短時間で仕掛けたのだろう。簡易ではあるが、木のしなりを利用して、ロープに足を引っかけるとナイフが飛んでくるという十分有効なものだ。

 気付かずに通ればダメージを負った上に、敵のいる場所を誤って認識し、そちらを向いた瞬間に背中から刺されてしまう。


 さすがにハイザーは刺客部隊の指導をしていただけの技量はある。


 けれど、それを看破してしまえば、逆にあのナイフの切っ先の対面に男がいることをバラしているようなもの。

 そして、罠に掛かるまでは手を出してこないと言ってるようなもの。

 だったら躊躇うことはない。


 ターロイはハンマーを手にすると、平気で森の中にざくざくと入っていった。

 仕掛けられた罠は少し距離を置いて二つ。それぞれのナイフの先端が、同じ岩陰の一カ所を向いている。そこにハイザーがいるのだ。

 もちろんそこから気になって顔を出すような間抜けなことはなく、こちらの足音を待っているのが知れた。


 まあ、ターロイがすぐにこの目の前の罠に掛かると思っているのだろう。

 しかし、そうはいかない。

 ターロイはそこに辿り着く前に、大きめの石を一つ拾った。


 それを少し離れたところにあるもう一つの罠のロープに引っかかるように投げる。

 すると仕掛けによって放たれたナイフが岩陰に飛び、ガチンと岩肌に当たった。


 さすがにまっすぐ自分に当たる角度にはしていないか。

 それでも気にせず、今度は目の前の罠を、ハンマーでロープを引っかけて起動させる。二本目のナイフがハイザーの方に飛んでいき、今度は短剣でたたき落とされた。


「くっ……この暗がりで罠が気付かれるとは……!」


 予想外の展開に気配を消し損ねたハイザーは、一旦岩陰から飛び出したが、攻撃するタイミングを失って後退した。

 そうして再び闇に紛れようとしたけれど、残念、もう遅い。

 ターロイはこの瞬間に男の破壊点をロックオンしていた。


 他の全ての破壊点を意識から除外すれば、暗闇の中、ハイザーの破壊点の動きだけが鮮明に見える。

 隠れても、投げナイフを構えても、全てお見通しだ。

 後はもう、追い詰めて倒すだけ。


「くそっ、来るな!」


 一度仕切り直したいのだろうが、まったく引き離せないターロイに業を煮やしたハイザーが、堪りかねてこちらに向かってきた。

 よし、それでいい。


「砕破」


 突き出された短剣を、ハンマーで粉々にたたき割る。

 それに驚愕で目を丸くしたハイザーが、ようやく勝てないと覚ってこちらに背を向け、逃げようとしたけれど。


 ターロイはそれより早く、男の破壊点を打突した。






「よくやってくれた、ターロイ。父上の無念を晴らせたこと、礼を言う」


 サイはターロイをねぎらうと、すぐにハイザーの懐を漁りだした。

 そう言えば、この男に返してもらわなくてはいけないものがあると言っていたっけ。


「これは盗聴に使っていた共鳴石か……。ひとまず君に預けよう」


 共鳴石を見つけたサイはそれをターロイに渡して、今度はポケットを探し始める。


「……サイ様は何をお探しなんですか?」


「王家に代々伝わるアイテム、名君の護符だ。父上を殺した者が持ち去ったことは分かっていた。これを取り戻すことが急務だったから、今回は本当に運が良かった」


「名君の護符って、前時代にグランルークが持っていた……」


「伝承ではそうなっているな。初代の国王がグランルークから譲り受けたらしいが」


 名君の護符は出所不明のマジックアイテムだ。

 その効果は防御力の上昇と、『カリスマ』スキルの付与。


 このスキルを持った者は、忠誠心のある部下や国民が増えるほどに能力が増していく、らしい。国王にはぴったりのスキルだ。

 ただし、これは善政をしいていないと効果が反転する。


 部下や国民に不信を与えてばかりいると、徐々に能力が削がれていくのだ。

 ハイザーがまさにこれだったのだろう。刺客部隊の親玉なんて、本来はもっと強く手こずるはずなのに、思考と身体能力が削がれたせいであっさりと倒された。


「国王が代々善政をしいていたのは、これがあったからですか」


「中には暴君もいたが、そういう者はすぐに能力が低下し、淘汰されてしまった。これがちょうど良い指針になっているのは間違いないな。……おまけに教団を見ていると、自ずと善政をしなくてはいけない気になる」


 苦笑をしたサイは、次の瞬間にはたと目を丸くしてから、ぱっと顔を明るくした。どうやら目的のものを見つけたようだ。


「あった、名君の護符……! よし、目的は果たした。とっとと戻ろう。皆、大儀であった」


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