前王の仇
国王を二代続けて殺す。
ハイザーは意図してのことか知らないが、自身が前王を殺したことをその言葉に含めた。
前王……サイの父親は暗殺されたという噂ではあったが、それを婉曲に自分の仕業であると白状したのだ。サイの目の前で。
こんな、いきなり父の仇を知ってしまった彼は、取り乱して自らの手で報復をしたがったりするのではないだろうか。
しかし予想に反して、心配したターロイがちらりと振り返って見たサイは、ひどく落ち着いていた。
「なるほど。貴様が父上を殺したのか、ハイザー。まあ、王宮にいた父上を殺せる者など、数が限られる。貴様ならそれが誰か知っているだろうとおびき出したが……、全く、一発目で当人に当たるとは運が良い」
自分から囮になり、ハイザーをおびき出すことに積極的だったのはそういうことか。最初から前王の仇を探す目的があったのだ。
サイが取り乱すこともなくそう言うと、ハイザーは不愉快そうな顔をした。
「私をおびき出しただと……? こんな貧相な護衛しか従えずに、馬鹿な強がりを言う。おまけによく見れば、知った顔がいるじゃないか。役立たずのハヤテと、部下より弱いディクト……。まさか王国側に寝返っているとはな」
「どーも、久しぶり。俺らの顔なんてよく覚えてたな、教団を出たのは随分前のことなのに」
ディクトが平然と挨拶をする。明らかな慢心のあるハイザーをあまり脅威に思っていないようだ。
「ふん、こんな役に立たない人間を雇わなくてはいけないほど、王国軍は落ちぶれているわけだ。これで国内を治めようなどと、片腹痛い」
「役に立たない、ねえ……まあ、自分と相手の力量の差も計れない男に言うだけ無駄だが……。とりあえず今、貧相な護衛を従えてるのはお前の方だぜ?」
「我々を貧相だと!? 無礼な!」
途端にハイザーの右隣にいた男が激高して、懐から火薬の詰まった筒を取り出した。そしてこちらに投げつけるべく、それに火をつけようとする。
しかしその瞬間、森の中から一本の矢が飛んできたかと思うと、男の眉間にぶすりと刺さった。
さっきディクトが隠れさせたリョウゼンの矢だ。
刺された男がどうと倒れると、ハイザーともう一人の護衛がようやく警戒したようだった。
「そんな隠れる場所もないところで直立してりゃ、恰好の的だろうよ。部下にばっか仕事させて楽してるから、現場勘が鈍るんだ。おまけに、連れてる刺客が簡単に心を乱すとか、隠密の訓練もまともにできてねえし。……人材不足はあんたらの方じゃねえの?」
「……ちっ、雑魚だと思って油断した……。おい、森に突入して、弓兵を殺ってこい!」
ハイザーがもう一人の男をけしかける。それにすぐに護衛が走り出した。
「スバル、あの男を頼む」
「了解です」
ターロイが即座にスバルに指示を出す。
護衛の男は刺客にしては足音が大きく、気配も消せないようだった。日々人数を減らしていたというハヤテの話から考えれば、おそらく刺客部隊の育成が間に合っていないのだ。
そういえば、吊り橋で襲ってきた刺客も結構お粗末だった。
あの程度の相手なら、スバルの方が遙かに強い。耳と鼻もあることだし、森の中の暗闇でもすぐに仕留めてくれるだろう。
そして予想通り、それからすぐに男の悲鳴が聞こえた。
「……さて、これであんた一人になったぞ、ハイザー」
ディクトの言葉にハイザーが大きく舌打ちをする。
しかし、まだ負ける気はないようだ。
「勘違いをするな。この二人は金貨を運ぶために連れてきただけだ。……お前らなど、私一人で十分倒せる!」
いいざまに、一人目の男が取り落としたままだった火薬の入った筒を拾ったハイザーは、それに火をつけてこちらに投げつけた。
とっさにターロイがハンマーを取り出して打ち返す。この場での爆発は、自分たちの被害はもちろん、山火事に発展する危険もあった。
離れてはいるが同じ山に拠点があることを考えれば、それは絶対に避けなければならない。
その思いで大きく飛ばした筒は、次の瞬間上空で炸裂した。
その炎の光と爆風に、全員が思わず目をつぶってしまう。
すると、次に目を開けた時には、ハイザーの姿が見えなくなっていた。
「ハイザーのやつ、森に入ったか……! 厄介だな。あいつはさすがに隠密としては高いスキルを持ってるから、気配を消されると……」
「いや、逃げずにこちらに向かってきてくれるなら問題ない。……サイ様、前王の仇ですが、俺たちが殺してしまってよろしいですか?」
ターロイは周囲の様子をうかがいながら、サイに確認をした。
父を殺した犯人を探っていたということは、復讐心があるのだろうと思ったからだ。
しかし彼は悩むこともなく、あっさりと頷いた。
「構わない。ただ、消し炭にしたりするのは止めてくれ。余はハイザーに、返してもらわなくてはいけないものがある」
「返してもらわなくてはいけないもの?」
「……王家に引き継がれているものだ。ハイザーはそれが自分に与える影響を知らずに持っているだろうが」
一体何のことだろう。きっと隠れて聞いているハイザーも気になるに違いない。
しかし、今はそういう話は後回しだ。
「ではとりあえず、ハイザーは俺たちで始末します」
ターロイはサイに断ってから、改めて森の奥の暗がりを見た。
普通の人間の目では誰かいることも分からないし、気配も感じ取れない。
けれど、ここには普通じゃない者がいるのだ。
その能力を駆使して、ウェルラントたちが王宮に戻る前に、ことを終わらせてしまおう。




