騙し討ち作戦
ハイザーが他人を信用しない強欲な男なら、間違いなくこの盗聴も単身でやっている。情報を独占し、自分一人の手柄にするためだ。
その証拠に、今日のバルコニーで宝物が足りないという情報を知っていたのはハイザー本人と、耳打ちをした教皇のみだった。
ならば盗聴によって自身に有利な情報を得た場合は、周囲に漏らすことはない。他に協力など求めず、自らの部隊だけでやってくるだろう。
ターロイはそこを狙うことにした。
「ウェルラントは共鳴石というものを知っているか?」
「……いや、初めて聞く。何だそれは」
「前時代にドワーフ族が仲間との連絡用に創った石だ。とても稀少なもので、生成できたのは一つだけだったと言われている。ハイザーはそれを使って王宮の盗聴をしているんだ」
「一つだけ? しかし、盗聴されてるのが一つの部屋だけとは思えないが」
「一つだけと言っても、共鳴石は砕いて使うから、実際は欠片が五つくらいあるんだよ。……まあ、細かいことは割愛するけど、そのうちの一つをハイザーが持っていて、残りの四つが王宮に隠されているはずなんだ」
その隠された共鳴石の一つが、ディクトたちに雑談してもらった部屋にある。さっきウェルラントと通りがかりに確認をしたら、あそこはハイドの部屋だということだった。
奴らをはめるための隠れた相談事をするには、おあつらえ向きの場所だ。
「今回、ハイザーの情報ミスのせいで教団は戴冠式に応じる羽目になってしまった。おそらく引き上げた後にかなり責められているだろう。そして無能な上司は必ず言う。『お前のせいなのだから、お前が責任を持ってどうにかしろ』。実際、ハイザーはどうにかできる部隊を持っているしな」
「そうか。そのハイザーの今の状況を考えれば、どうにかしてサイ様を亡き者にしたいと、血眼になってこちらの情報を探っているはず。そこに餌となる情報をまいて引きずり出すというわけだな」
「そういうこと」
ターロイは頷くと、納得した様子のウェルラントに身体ごと向き直った。
「そんなわけで、サイ様を囮に使いたいんだけど、どうだろう」
「……は? サイ様を? 馬鹿なことを言うな、万が一のことがあったらどうするつもりだ」
こちらの提案を、彼は即座に却下する。
話に納得しても、サイを使うことは別の話のようだ。
「囮にするということは、サイ様を危険に晒すということだろう。駄目に決まっている。そんなことは背格好の似た者を探せば事足りるじゃないか」
「影武者を立てるのはいいけどさ、もしそうするとあんたやハイドはそっちの警護をしてないと奴らを騙せないよ? その間のサイ様はどうするんだよ」
「サイ様は王宮内のどこかに隠れていて頂けばそれほど危険はないだろう。……そうだな、あとは念のためターロイたちが守っていてくれ。お前たちなら随行していなくても何の問題もないし。ハイザーと戦うのは私たちでやる」
正直なところ、想定した程度の敵の人数ならウェルラントの騎士団とハイド、それとターロイたちで十分に囮のサイを守り切れると思うのだが。
しかし、彼らの比重は『サイに危険が及ばない』という方が高いのだろうから仕方がない。ターロイはどちらかと言えば『教団の戦力を確実に削ぎたい』という方が強いが、だからといって目指す着地点は彼らと同じなのだし、無理を通すこともないだろう。
自分で手を下せないのは少しもどかしいけれど。
「分かった、それでいい。……じゃあ、ハイドの部屋に行って話し合いをしようか」
「サイ様をミシガルに?」
部屋ではハイドとサイ、そしてウェルラントとターロイがテーブルを囲んでいた。その中央には紙とペンが置いてある。
余計な言い合いをしないため、この部屋が盗聴されていること、これからの話が敵を騙すための偽情報だということは先に紙上で告げておいた。
「ここでは少し警備体制が不安だ。急いで他の地域から王国軍の兵を呼び戻しているが、もっと人数が揃って安定するまでの間はミシガルに来て頂いた方が安心だと思う」
「ああ、そうかもしれないな」
ウェルラントの言葉に、ハイドが簡単に応じる。ちょっと素直すぎだろう。本当に嘘が下手な男だ。
「でも道中が危険じゃないか? 途中で宿駅にも寄ることになるし」
代わりにターロイが軽く反発した。こうして議論してもっとハイザーに情報を与えることが、その行動を限定していくことになるのだ。
「宿駅には泊まらずに強行軍で行く。少々キツいが、馬で駆けていけば、今日の夜に出て明日の夕刻前には街に着けるだろう。夜中の目立たないうちにミシガルの領内に入ってしまえば、問題ない」
「サイ様とジュリア様は馬車に乗せていくんだろう? あれは目立つと思うけどな」
「確かに王宮の馬車は豪奢で目立つな。一般の小さい有蓋馬車を手配してくれればそれでよい。護衛も目立たぬよう少数精鋭でいこう」
サイがターロイの疑問に答えたことで、こちらはこじんまりとした小隊で動くことが向こうに知られたはずだ。
これならハイザーも無理に大がかりな攻撃を仕掛けては来るまい。
それに、教団が手を下したと知られたくはないだろうから、夜盗を装って襲撃してくる可能性が高い。そうなればこちらのものだ。
直接やりあうことになれば、ウェルラントたちなら問題なく撃滅できるだろう。
事前に分かっている奇襲なら、刺客の脅威はぐっと低くなる。
「では行動に移ろう。日の入りから一刻の後に出立する。各自準備を」
ウェルラントがそう締めて、椅子から立ち上がった。日の入りは間もなくだ。
急ぐのは、ハイザーたちに考える時間と準備時間を与えないため。
奴らの選択肢は少ない方がいい。
話し合いを終えた四人は、部屋からそれぞれ別の場所に散っていった。
「あのさ」
留守番で特にすることもないターロイがウェルラントたちの出立の時間までと外で見張りをしていると、ハヤテが珍しく自分からこちらに寄ってきた。
「どうした」
「ハイザーのことなんだけど。今回の囮作戦を聞いて、ちょっと言っておこうと思って」
そう言ったハヤテは、裏庭に用意された馬車を指さした。
「馬車や荷車を襲撃するときのあの男の定番でさ。あれ、おそらく火を掛けられるよ。先に道に油をまいておいて、通りかかったところで火矢を射かけてくるんだ」
「火攻めか。こちらがそれに慌てたところを奇襲してくるわけだな。……知らずに受けたら泡を食いそうだ。分かった、ウェルラントに言っておこう」
彼の助言を素直に受ける。しかしハヤテは小さく首を振った。
「問題はここからだよ。ハイザーってまずは状況判断のために後方から様子を見てるんだ。言っとくけど、馬車を燃やした時の護衛の反応で、国王がいないのバレるよ。……俺もハイザーから教わった身だから、断言するけど。危急の時の行動心理は読まれやすいんだ」
「行動心理を読まれる?」
「例えばさ。あの国王の近衛兵長なんか、すげえ分かりやすいと思う。もし馬車に国王が乗ってて火を射かけられたら、あらかじめ知ってたとしても刺客を無視して必死で火を消そうとするだろ。でも中にいるのが影武者で、自分で勝手に逃げ出してくれると思ってたら、襲撃してくる刺客に先に対応してしまう。これは本当に一瞬の心理的判断で、騙しきるのは難しいんだ」
確かに、ハイドは特に隠し切れなそうだ。いや、ウェルラントでも怪しい。
……やはり、本当にサイを連れて行くのがハイザーを現場に引っ張り出すには一番いいのだが。
「ハイザーに影武者がバレたらどうなる?」
「十中八九、現場から離脱すると思う。あのミシガル領主と近衛兵長の強さは有名だから、戦うメリットないし。……そしたら多分、もう二度と騙し討ちは効かなくなる」
それは面倒だ。ハイザーは今後のためにもここで葬っておきたい。共鳴石もこの機会に手に入れたかった。
しかしハヤテの助言をウェルラントに伝えても、サイ本人の囮は却下されてしまった。
「馬車が火攻めに遭うかも知れないと分かっていて、サイ様を乗せられるわけがないだろう。身代わりでもサイ様を乗せているつもりで守り、炎上させなければ問題ない」
「サイ様を乗せた上で守って、炎上させなければ一番問題ないと思うんだけど……」
「駄目だ」
うーん、とりつく島がない。
「ハイザーを排除したいのはやまやまだが、我々はそれ以上にサイ様を失うわけにはいかないのだ」
こちらは、サイが大事なのは分かっているが、それ以上にハイザーを消したいのだ。
この瞬間に少しだけ、同じだったはずの彼らとの着地点がずれた。




