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ハイザー司教

 逃れようのなくなった教皇は、ようやく戴冠式に応じた。


 広場に市民を引き入れていたのもその後押しになった。

 教団は中層以下の人間をないがしろにしていたから、彼らからの支持が圧倒的に少ないのだ。


 その市民の前で頑なに権力の返還を拒めば、教団に対して暴動が起きるかもしれない。その危惧もあっただろう。


 とにかく、結果サイは無事に施政権を取り戻し、王宮の玉座に座った。




「皆の尽力に感謝する」


 そう言ったサイは、病弱を装っていたときと雰囲気を一変させている。その声は力強く、とてもエネルギッシュだ。ずっと動けない生活が続いていたから、ようやく自然体でいられるのが嬉しいのだろう。


「国王陛下、お亡くなりになったと聞いたときには血の凍る思いをしましたが、以前よりお元気になって復活なされて安心しました」


 各街から急ぎ駆け付けた数人の名士がサイに挨拶をしている。

 それを遠巻きに見ながら、ターロイはウェルラントに今後の方針を訊ねた。


「教団はおそらく黙ってはいないだろうな。これからどうするんだ?」


「他の街を教団から取り戻して統治するのはまだ難しい。とりあえず王都を少しずつサイ様のやり方に切り替えていくのが先だ。教団は色々妨害してくるだろうが、こちらだってもう黙っていない」


 サイにつられたように、ウェルラントも英気に満ちている。

 頼もしいが、やる気だけでどうにかなるものでもないのも確かだ。

 まずは一つ、処理しなくてはいけない事柄がある。


「黙っていないと言っても、また忍び込まれてサイ様が狙われたらどうする? どこでどうやって盗聴されているかもわからないし」


「もちろん、警備は強化するつもりだが……。しかし、盗聴や隠密の暗殺者などは、対応が難しいな」


「だな。教団の刺客部隊は謎が多くてどう対応していいか、全く分からないものな。……そうだ、とりあえず今後に備えて、少し周囲の状況を見ながら警備の確認をしないか、ウェルラント」


「警備の確認? それならハイドが……。……ああ、いや、そうだな、私も少し見に行くか」


 周囲の警備は騎士団もいるが、本来はハイドの指揮下になっている。しかし敢えてウェルラントに話を振ったことで、彼はターロイが外へ連れ出そうとしている意図に気付いたようだった。


 玉座のある謁見の間は、ほぼ確実に盗聴されていると思っていい。

 ここで余計なことを話すわけにはいかない。それは彼も知るところのはず。


 二人はハイドに声を掛けてから、当たり障りのない話をしながらエントランスに向かうことにした。






「実は、盗聴してる大元の人間と、盗聴方法が分かった」


 おもてに出たターロイは、近くに待機させていたスバルとディクトたちを周囲の見張りにあてて、前置きもなくウェルラントに切り出した。


「やはりそうか。お前が何かを隠して話していると思ったが、その人間に聞かれていることを意識してだったんだな」


 さすが、彼は察しがいい。


「ああ。盗聴されているのに気付かないふりをしていた。これからそいつを偽情報でだまし討ちにしてやろうと思っているんだ」


 ターロイがニヤリと口角を上げると、ウェルラントも少し意地の悪い笑みを浮かべた。


「それは面白いな。私にも一枚噛ませてくれ」


「もちろん。……ところであんたは、今日来てた司教でスキンヘッドの奴のこと、何か知ってるか? 俺が教団にいた頃は会ったことがなかったんだが」


「……あの男か。一応表向きは僧兵の管理統括をしている一人だ。しかし、人格に問題があるらしく、裏では悪い噂も聞く。あの男は主に夜に活動しているらしいからお前は顔を合わせなかったのだろうが、そこそこ古株だぞ。……もしかして、あいつが盗聴してるのか?」


「ああ。あの男で間違いない」


 熊がパンツかぶってた話で笑ってたし。


「あいつがそういう教団の暗部の仕事をしているわけか。暗殺や窃盗にも関わっているという噂だったが、信憑性が出てきたな」


「そんな噂が? 確かに怪しいな。……あ、そうだ。古株で、僧兵の管理統括をしてるって言ったよな。だったらディクトが知ってるかも」


「ディクトが?」


 ウェルラントが目を丸くする。

 そういえば、ディクトが元教団員だと言ったことはなかったかもしれない。


「あいつ、以前教団で僧兵部隊を率いてたらしいんだ。だからあの男の下にいたことがあるかもしれない。……おい、ディクト!」


 そう告げて、ターロイは少し離れたところで周囲を警戒していたディクトを呼んだ。

 それに振り向いた彼は、すぐにこちらに寄ってくる。


「はいよ。何か用か?」


「お前が教団にいたとき、スキンヘッドの司教が統括にいた? そいつのこと何か知らないか?」


「え? 誰のこと? 教団に剃髪してる奴って結構いるからなあ。統括も一人じゃないし」


「ハイザー司教だ」


 ウェルラントは名前を知っていたらしい。

 その名前を聞いたディクトは、あからさまに顔を顰めた。


「ああ……。俺の部隊はあいつの管轄じゃなかったが、知ってる。超性格悪い男だよ。ずる賢いし、部下は人間扱いしないし、最悪。ただ、教皇と大司教の命令には従うから、重宝されてんだ」


「教団の暗部の仕事をしているって噂らしいけど」


 さっきウェルラントに聞いた言葉でそのまま訊ねる。


「……あいつが重宝されてんのは、命令を遂行するのに手段を選ばない冷酷非情さがあるからだ。当然、そういう関係の仕事が多くなるし、そういうヤバい部隊が下に付くわな」


 つまり、ハイザーが刺客部隊を使っているということだろう。

 ということは、奴らをおびき出してまとめて片付けることができれば、かなり楽になる。


「刺客部隊って、どんな奴が何人くらいいるんだ?」


「その辺は、俺たちには知らされてない。ハイザーは他人を信用しない上に、手柄を独り占めしたがる秘密主義だったからな。……でもハヤテなら知ってると思うぜ」


「ああ、そうか」


 そう言えば、役立たず扱いされていたとはいえ、ハヤテは刺客部隊の一員だった。


「……ハヤテというのは、お前のところに新しく入った細い男か。彼は何者なんだ?」


 ターロイとディクトの会話に、ウェルラントが疑問を挟む。

 まあ、ハイザーと刺客部隊の内情を知る男なんて普通はいないものな。


「ハヤテは元教団の刺客部隊にいたんだ。殺しと盗みはできないけど、すごい隠密のスキルを持ってる」


「ほう……。お前のところには、面白い人間が集まるな」


 ウェルラントは感心したように呟いた。

 言われてみればそうかもしれない。


 ハヤテを呼ぶと、どこかびくびくした様子で近付いて来た彼は、ディクトの隣に陣取った。おそらくウェルラントにビビっているのだろう。

 偉い人の相手は慣れるまで掛かりそうだ。


「ハヤテ、お前がいた当時の話でいいんだが、ハイザーの下に刺客部隊って総勢何人くらいいた?」


「し、刺客部隊……? 俺がいた頃は十五人くらいだった。隠密も合わせると五十人くらい、だったと思うけど……」


「思ったより多いな。今はどのくらいになっているかな」


 その人数に少し面食らう。そこからさらに数を増やしていたら、かなり面倒だ。

 その懸念に眉を寄せると、ハヤテは首を振った。


「多くない。今はもっと減ってると思うよ。ハイザーって、ほぼ部隊を使い捨てで、俺のいた頃から隊の人数の減りが早かったんだ。極秘の任務があると仕事が終わったあとに口封じに殺したり、報酬の高い仕事の手柄を独り占めするために殺したり。そうして減った刺客部隊を補うために、隠密を満足に訓練しないまま投入して死なせたり」


「……それは中々に最悪だな」


「やり方は最悪だけど、目的は達成するからな……。本人も隠密と暗殺系のスキルがあって強いのがまた、たちが悪い。俺もハイザーから特訓を受けてたくらいだし。……役立たずだから、仕事には出されなかったけど」


 そう考えると、役立たずと切り捨てられていたのはある意味幸いだったのかもしれない。そこからディクトに救い出されたのなら、この男は相当運がいい。


「ハヤテの話からすると、今の刺客部隊は数えるほどしかいないと考えていいか。ジュリア様をミシガルに送るときに吊り橋で四人消したから、さらに減ってるしな」


 ターロイがその人数を予想していると、ウェルラントは腕組みをしてこちらを見た。


「しかし数が少ないとはいえ、まとめてだまし討ちしようと考えると難しいぞ。とくにハイザーも引っ張り出すとなると」


「そうでもないさ。本人も強くてスキルを持っていると考えると、大きな任務になれば自分で出てきてもおかしくない。それに」


 再びニヤリと笑う。

 ターロイは今のディクトとハヤテの話を聞いて、ハイザーをおびき出せる十分な自信を得ていた。


「目の前に餌をぶら下げてやれば、ハイザーは間違いなく引っ張り出せる」

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