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葬儀

 エントランスに行くと、見回りを終えたディクトたちが待機していた。それと合流して、一度外に出る。ここならさすがに盗聴の範囲外だろう。


「王宮内が盗聴されてるって?」


 ディクトにその話をすると、彼は目を丸くした。


「だから、王宮の中で会話をするときは言葉に気をつけろ。特に、ディクトとハヤテとグレイの名前は出さない方がいい。教団側にバレると面倒だ」


「わかった。……んで、その盗聴されてる部屋や使われてるものはこれから探すのか? 全然見当もつかないけど」


「いや。それはさっきスバルが見つけたみたいだ。……だろう? スバル」


 スバルを見ると、彼女はしっかりと頷いた。


「いくつ仕掛けられてるのかは分からないですが、そのうちの一つだと思うです」


「え? ある場所わかってんなら回収して来ちゃえば良かったのに」


 ディクトの言葉はもっともだ。けれど、それでは教団に何のダメージも与えられない。

 ターロイはこの状況を逆手に取ってやろうと考えていた。


「取り除くのは簡単だ。だが、気付かないふりをして、突拍子もない嘘の情報を与えてみたら、どうなると思う?」


「……つまり、偽情報で教団の人間をはめるのか」


「そういうことだ」


 少し悪い笑みを口元に乗せたターロイは、再びスバルを見た。


「ところでスバル、お前が見つけた盗聴アイテムってどんなものだった? 通話方陣でないとなると、後は俺には一つしか思い当たるものがないんだが……もしそれが使われているなら、是非手に入れたい」


 前時代の記憶の中にある、やはり遠距離連絡用に使われていたアイテム。ターロイはあの部屋にあったのがそれであるとほぼ確信していた。


 そもそも、エルフ族や竜族、獣人族などは、仲間同士で簡単な念話が使えた。しかし、人間族とドワーフ族だけはその能力を持ち合わせていなかった。

 そこで人間族が作ったのが通話方陣。

 そして、ドワーフ族が作ったのが、そのアイテムだった。


 かなり稀少で貴重なアイテムだが、前時代の遺跡を独占している教団なら持っていても不思議はない。


 これは通話方陣と違い、どこにでも持ち歩けるものだ。

 だからさっき、スバルが広場にたくさんの人がいるのを確認したことで、これだと思い当たった。


「スバルが見たのは、何か宝石みたいなものだったです。少し濁った水晶みたいな……」


「やはり、トーク・クオーツ……共鳴石か。その石から、広場の喧噪が聞こえて来たんだな?」


「そうです。おそらく盗聴してる人間は今、広場にいるです」


 広場にいる、と言っても、これだけの貴重なアイテムを、市民に紛れるような下っ端が持っているわけがない。今日の葬儀に参列している、教団の偉いさんの誰かだろう。

 おそらく、こちらが教団に対して何か企んでいないか、ぎりぎりまで探っているのだ。


 これは都合がいい。


 ターロイはこれからの行動をディクトに指示した。


「ディクト、お前は葬儀中仲間を連れて、スバルが共鳴石を見つけた部屋でどうでもいい世間話をしていてくれ。できるだけ声大きめに。当たり障りのないくだらない話でいいぞ」


「そうか、葬儀の最中に俺たちの話を聞いて、思わず笑っちゃった奴が犯人だな。よし、みんな今のうちに面白い話考えておけよ」


「……うん、まあ、それでいい」


 本当はスバルに、漏れ聞こえる彼らの声から共鳴石の持ち主を探ってもらうつもりなのだが、ディクトたちが盛り上がってくれるならまあいいか。声が大きい方が、探すのも楽だろう。


 ターロイは王宮に戻って彼らを件の部屋に残すと、スバルを伴って急ぎ広場正面の二階バルコニーのある部屋へ向かった。






 二人がバルコニー裏の部屋に着くと、すでに葬儀は始まっていた。


 バルコニーでは老齢の教皇が、サイの棺の前で祈りの言葉を捧げている。その右側にウェルラントやジュリア、ハイドたちがいて、左側には教団の司教たちが五人ほど並んでいた。


 先ほどまで騒がしかった広場はしんと静まりかえり、教皇のしゃがれた声だけが響いている。


 これは好機だ。


「スバル、あの司教のどれかから、ディクトたちの声聞こえるか?」


 小声で訊ねると、スバルはすすすっと窓際に近寄り、耳をそばだてた。ターロイもその後についていく。


「ふむ……聞こえるです。この間川に水浴びに行ったらパンツを流されたという話をしているです」


「いや、そんなのどうでもいいから。音の出所はどれだ?」


「……端っこから三番目の、あいつです。あ、今ちょっと笑った! 後日遭遇した熊が、何故か流されたパンツを頭にかぶっていたというオチに反応したです!」


「え? ウケてんの? まあいいけど」


 ターロイはスバルが指さした司教を確認した。

 スキンヘッドで、ローブの上からでも鍛えられた身体が分かる男だ。教団の施設で会った記憶がないから、刺客部隊のような闇部隊のトップかもしれない。


 とりあえず今日は見逃すが、その顔をしっかり覚えておこう。





 教皇の祈りの言葉が終わると、ジュリアが別れの言葉を告げる番になった。

 その手にはグレイが作った解毒剤がある。

 ここからが本当の本番だ。


 ジュリアはサイの棺の前に立ち、しかし視線は広場の市民に向けて、話し出した。


「わたくしはジュリア。国王サイの妹です。この葬儀に駆け付けてくださった、全ての国民の皆様に感謝いたします」


 その声は少し震えているけれど、初めて大衆の前に立つことを考えれば、十分に及第点と言えた。


「しかし、兄様はこのような亡くなり方をしていい人ではありません。兄様は国を治めるためにたくさん勉強をして、皆様の生活を良くしようといつも考えておりました」


 ジュリアの言葉にハイドが号泣している。彼のこの本気泣きのおかげで、教団はサイの死を微塵も疑っていないのだろう。

 たった数日で随分やつれているようだが、もう少しの辛抱だ。


 兄を讃えるジュリアが、一つ大きく息を吸った。


「わたくしはそんな兄様を復活させたいのです! そのために、素晴らしい秘薬を手に入れて来ました! 兄様、目を覚まして!」


 そう言って、薬瓶のふたを開ける。


 思わぬ展開に教団の人間が何人か立ち上がったが、駆け寄る前に彼女は解毒剤をサイの口に流し込んだ。


「ジュリア様、一体何を……!?」


 ハイドが駆け寄ったその眼下で、どう見ても死人、土色の肌をしたサイが、口に含まれたそれをこくりと嚥下する。


「え、サイ様……!?」


 その光景に、ハイドを始めそこにいる全員が、驚きに彼を注視した。


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