情報漏洩
三日後、ターロイはスバルとディクト、十代の剣士ソウマと三十代の弓兵リョウゼン、それからハヤテを連れて王宮に入った。
王宮の中は葬儀とジュリアの王位継承の準備で大わらわだ。こちらに構う人間など誰もいない。
「スバルたちは何をすればいいですか?」
久しぶりの同行に、スバルはやる気十分だ。
しかし、式の前にすることはあまりない。用事を聞くにもウェルラントはここに着いた途端から忙しく動き回っていて捕まらないし、彼らにはしばらくは邪魔にならない程度に周りを見ておいてもらおう。
「俺はちょっと王宮内の様子を見てくるから、お前たちは敷地内を回って下見していてくれ」
「了解。じゃあ俺たちは適当に辺りを回ってるよ」
「いや、スバルはターロイと一緒に行くです」
ターロイの指示にディクトはすぐに応じたけれど、何故かスバルは首を振った。
「俺と来たって何もないぞ」
「そういう問題じゃないのです。そもそもスバルはターロイを守るために来たですのに、別行動では意味がないのです」
「……ま、スバルは連れてったらいいんじゃね? どうせ立ってんだろ、恋愛フラグが」
スバルの言葉に、ディクトが死んだ魚のような目でこちらを見る。
何だよ恋愛フラグって。
「二人で決戦前夜の月を見上げながら、ラブい未来を語り合うがいい」
「いやいや、全然決戦前夜じゃないし、真っ昼間だし……。お前、時々面倒臭いよな……」
「ふむ、ディクトも守って欲しいのなら、スバルが何者からでも守ってやるですよ。お前もスバルの仲間ですから。どーんと頼るといいです」
スバルにはそもそも話が通じていない。しかしそんな彼女にディクトは何故かきゅーんとしてる。
「た、頼もしい……! 何これ、俺にもフラグ立った? もしかして選択式マルチエンディング有り?」
……若い頃ずっと教団にいたせいで拗らせてんのか。
ハヤテが何かすごい顔してこっち見てるし、とっとと話を回収しよう。
「わかった、じゃあ、とりあえずスバルは俺と来い。ディクト、敷地を一回りしたら、エントランスで待機していてくれ」
「……了解」
スバルを置いていったらハヤテの精神状態が恐ろしく悪くなりそうだ。ターロイは結局彼女を連れて行くことにして、少し不服そうなディクトは無視をした。
王宮に入ったターロイは、周りが忙しくて自分たちを気にしないのをいいことに、あちらこちらの部屋を回った。
以前から、気になっていたことがあるのだ。
ジュリアがミシガルに行った、あの時。急な出立であったにも関わらず、すでに教団には知られていて、そそのかされた盗賊たちに待ち伏せされていた。その原因が未だに分かっていなかった。
最初は王宮内に誰か教団の内通者がいるのかもしれないと思ったけれど、ジュリアは敵味方が分かる能力を持っている。そんな人間が近くにいればすぐにバレるはずなのだ。
けだし、王宮内に常駐する者はみんな信用できると思う。そこから極秘の話が漏れるとも思えなかった。
だとすると、教団はどうやって情報を仕入れたのか?
……ほぼ間違いなく、どこかの部屋で盗聴していたと考えるべきだろう。
ターロイはその痕跡を探していた。
直接隠密が潜んでいた可能性もあるが、他にも方法はある。通話方陣による盗聴だ。
これは前時代にグランルークが遠方と連絡を取るために作った方陣だが、使い方によっては盗聴に利用できる。汎用方陣だから昔のものを流用できるし、原理さえ知っていれば誰でも使えるのだ。
教団に使用できる者がいてもおかしくない。
「ターロイ、何してるですか?」
ターロイは方陣の痕跡を探して、いくつもの燭台の下を確認していた。
「通話方陣がないか確認してるんだ。盗聴に使われたかもしれないからな」
通話方陣とは、別々の場所で同じ方陣を描き、その上に蝋燭の火を灯した燭台を置いたものだ。その炎に向かって話し、その空気振動をそのまま相手方の方陣に伝えることで、双方から会話ができる。
それを密かに設置されていたとなれば、一方的に話が筒抜けになっていたことになる。
しかし、予想に反して、その痕跡は見つからなかった。
「……俺の見当違いか」
「お前たち、ここで何をしているんだ?」
その時、たまたま通りかかったウェルラントが部屋に入ってきた。
「ちょっと気になってたことがあってさ。王宮が盗聴されてるんじゃないかと思って燭台を確認に来たんだが……見込み違いだったようだ」
「盗聴? ……ああ」
ターロイが肩を竦めると、言わんとしたことを察した彼は少し周りを確認してから、声を潜めた。
「通話方陣を探していたのか。……確かに以前は知らないうちに設置されていた。しかし、今は方陣は全部消えているはずだ。この間来たときも確認している」
「ああそうか、どうりでないわけだ。もうあんたたちが気付いてたんだな。じゃあ問題ないか」
自分が探すまでもなかったのだと、ターロイは胸をなで下ろす。
しかし、ウェルラントは更に声を抑えた。
「それが、そうでもないのだ。通話方陣を見つけて消したのはもう大分前の話でな。その後も定期的に確認していたからどこにもないはずなんだが、ジュリア様の王都脱出などの情報は漏れてしまった」
「……それって、他の方法でも盗聴されてるかもしれないってことか?」
「さあ、どうかな……」
そう言って、ウェルラントがわずかに逡巡する。
「……まもなくサイ様の葬儀が始まる。すでに王宮の広場には多くの国民がつめかけている。その話は後日改めてにしよう」
どうやらここで込み入った話をするわけにはいかないらしい。
確かに、今この瞬間も盗聴されていたとしたら、小声でも滅多なことは話せない。
なるほど、この状況ではどこから情報が漏れるか分からない。サイが頑なに味方を欺いてきたのは、このためだったのだ。
納得すれば、下手に口を開く気にはならなくなる。
「そうだな。俺も葬儀で大事な物を返しに行かないといけないし、また後で」
ターロイもウェルラントに同調して、一旦部屋を出ることにした。
実際、懐にはサイから預かった王家のペンダントがある。これを間違いなく彼に返さなければいけなかった。
再びウェルラントと別れる。
まずは葬儀が始まる前にディクトたちと合流しよう。
ターロイは急いでエントランスに向かおうとした。
「ちょっと待つです、ターロイ」
しかし、その途中の廊下で、スバルが立ち止まる。それに自分も足を止めて彼女を見ると、何かに耳をそばだてているようだった。
「スバル?」
「この部屋から、変な音がするです」
そう言って彼女が指さした部屋には誰もいない。ターロイの耳にはスバルの言う変な音も聞こえなかった。
けれど彼女はそれを確認するべく、勝手に部屋に入って中をきょろきょろと見回した。
「……今、ウェルラントが広場にたくさんの人間がいると言ってたですね」
「ああ。それが何か……」
訊ねようとすると、スバルが口元に人差し指を当てて、しぃ、と息を吐いた。そのまま部屋を出てくる。
「急いでるとこを足止めしてすまんです。スバルの気のせいだったです。さあ、早くエントランスに行くですよ」
この様子、どうやら何かを見つけたようだ。
さっきのウェルラントとのやりとりを見て、盗聴されてるかもしれないここで何かを言うのは、得策ではないと考えたのだろう。
少しわざとらしいが、賢明な判断だ。
「そうか。じゃあ行こう」
こちらもそれに乗っかって、部屋を離れることにして。
急ぎ二人で、盗聴の心配のなさそうなエントランスへと向かった。




