分かりやすい男
自宅から持ち出す荷物がほとんど無かったハヤテは、その日のうちに拠点に入った。
知らない人間ばかりの相部屋に初っ端からビビっていたけれど、そのうち慣れるだろう。
翌日にはディクトに案内されみんなと挨拶を済ませ、最後にターロイの元に連れられてきた。
「最初の仕事は極秘なんだってよ。ちゃんとターロイの言うこと聞いて、頑張れよ」
「はい、ディクトさん」
頭を優しくポンポンと叩かれて、ハヤテは素直に頷く。そう言えばディクトはよくデコつんや頬ぷにをしてくるが、それなりに年齢差がある年下が相手だと、子供扱いする癖があるのかもしれない。
それがハヤテにちょうどはまっているのだろう。
「じゃあターロイ、後は頼むわ。……それから、あいつだけには挨拶に行ってないから、それも頼む」
ディクトがターロイを拝むように手を合わせた。
あいつ、とはもちろんグレイのことだ。
「ああ、分かった。お前は引き続き、拠点の整備をしてくれ。宿駅の最終確認をして、必要なものを書き出しておいてくれれば、簡単なものなら後で俺がミシガルに行きがてら買ってくる」
「了解。じゃあ、また後でな」
ディクトが行ってしまうと、ハヤテは分かりやすく不満げな顔をした。
「……あんた、本当にディクトさんの上司なんだな。俺より年下のくせに、あの人への命令口調、腹立つ……」
「今日からはお前にも命令口調だぞ。そのうち慣れる」
ビビリな男だという話だったが、最初だけのようだ。特に相手が理不尽に怒ったり暴力をふるったりする人間でも無い限り、必要以上にびくびくするようなことはないらしい。
更にターロイは年下で、ディクトを使役しているのが気に入らないのだろう。ハヤテはターロイに対してビビるどころか、若干反抗的だった。
「まずは先にグレイのとこに顔出しに行くぞ」
「えっ!? グレイさん、ここにいるのか!? 教団内で爆発事故が起きて、亡くなったって聞いてたのに……」
「まあ、色々あってな」
ハヤテを伴ってグレイの部屋に行く。
扉をノックして中に入ると、グレイは本を解読してまとめた書類を束ねているところだった。それを机に置いて振り返る。
「グレイ、ハヤテを連れてきた」
「ああ、うまくディクトと会わせられたんですね。それは良かった。ハヤテ、久しぶりです」
「は、はい。グレイさんもご無事で何よりです。俺、グレイさんが死んだって聞いて、他にできる仕事もないしどうやって生きていこうかと思ってましたよ……」
王都にいたハヤテは、ずっとグレイの闇取引の遣いをして生計を立てていたようだ。ハヤテがここに来ることを即決したのは、仕事がなくなったせいもあるのかもしれない。
「すみません、私としても予想外の出来事だったものでね。……ところで、できれば今後も時々ハヤテの手を借りたいのですが。いいですか? ターロイ」
「どうせ俺に情報をよこした時からそのつもりだったんだろ。構わないけど、一旦俺を通してからにしてくれよ」
「おや、彼はディクトの管轄下じゃないんですか?」
「それでも俺を通せって言ってんの。グレイに会うとディクトの精神状態がおかしくなるんだよ。全く、あいつのことあんまり苛めるなよな」
「……グレイさんにもタメ口……」
ターロイがグレイに小言を言っていると、隣でぼそりとハヤテが呟いた。
「……もしかして、グレイさんもあんたの部下……?」
「グレイが? ああ、違う違う。こいつは俺の元保護者で今はここの居候」
「まあ、この拠点のトップがターロイなのですから、ここで養われている今は、ある意味部下と言っても過言ではないかもしれません。言うこと聞かないと小言言われますし」
「ディクトさんだけでなく、グレイさんまでも……」
ぐぬぬ、とハヤテが唸ってターロイを睨む。
ああそうか、今までこの二人だけが実質ハヤテを評価してくれていた特別な存在で、それを従えてる俺が腹立たしいのだ。
うん、すごく分かりやすい。
「ターロイ、これからハヤテと仕事の話ですか?」
「ああ。ハヤテの隠密のスキルはグレイが信用して、ディクトが褒めてたほどだろ。こいつなら安心して任せられると思ってな」
わざと二人の名前を引き合いに出すと、それだけでハヤテの眉間のしわが消えた。何とも簡単な男だ。
この性格を上手く利用すれば、彼は非常に優秀な手駒になってくれるだろう。
ターロイはハヤテの挨拶を終えてグレイの部屋を出ると、そのまま客室棟の会議室に向かった。
ターロイはハヤテを自分の向かいの椅子に座らせてから、会議用に据え付けているペンと紙を取り出して席に着いた。
「まずは仕事の話の前に、雑事を片付けよう。ここに来て、何か不足なものはあるか? 必要があれば俺が今日ミシガルで買ってくる」
「……特にない。元々の部屋にもほとんど物を置いてなかったし」
素っ気ない反応だが別に気にしない。どうせ拗ねているだけだ。
「じゃあ、まだ一日目だが、不満や要望があれば今のうちに言っておけ。改善できることは対処する」
ターロイの言葉にハヤテは何か不満を言いたそうな顔をしたが、しばし逡巡した後、一旦それを飲み込んだ。
なんとなくその内容は察しがつくが、暴く必要はないだろう。
それから再び逡巡したハヤテは、改めて違う表情で口を開いた。
「要望……なら、ディクトさんと同じ部屋にして欲しい」
「ディクトの部屋はいっぱいだろ。それに部屋割りは俺の管轄じゃない。直接ディクトに言え」
「……ディクトさんに言ったらわがままな子供みたいで格好悪い」
俺に頼んでる時点で十分格好悪い。言わないけど。
「お前の部屋にイアンがいるだろ。あいつ頼りになるから、何かあるならディクトばっかりじゃなくイアンに相談したらいい。ハヤテと歳も近いし」
代わりに提案をすると、大きな舌打ちをされた。
「何も分かってねえな! ディクトさんは俺の癒やしなんだよ!」
「おっさんを癒やしと言い切るお前を分かる気はない」
こいつ、拗らせてるのか病んでいるのか、そもそも危ない奴なのか。卑屈なビビリ設定どこ行った。
でもまあ、ディクトをハヤテの鼻先にぶら下げれば、突っ走ってくれそうなことは分かった。
ディクトを餌に頑張ってもらおう。
ターロイは雑事の確認をやめて、先に仕事の話をすることにした。
「とりあえず、お前がこの仕事を完遂できたら、ディクトに部屋の話をするだけしてやってもいい」
「ほ、本当か!? 仕事って、どんなものだ?」
食いつきが早い。扱いやすくて助かる。
「これはディクトに訊かれても答えてはいけない、極秘の任務だ。お前には今晩、王宮のサイ様の部屋に忍び込んで欲しい」




