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墓地にいた男

「あれ? ターロイ、何でここにいんの? 王都に行ってたはずだろ」


 早朝にディクトのところに顔を出すと、幾分元気そうな顔だった。

 おそらくグレイが古文書に夢中なおかげで、昨日はあまり苛められていないのだろう。何よりだ。


「ちょっと必要があって戻ってきたんだ。あのさ、隠密系のスキル持ってる奴探してるんだけど、紹介してくれないか」


「隠密系? 難しいな~、ウチにいる奴らはガサツなのばっかりだから、素質ないぞ。隠密って戦士系と違って、鍛えられた体幹と柔軟な身体作り、指先つま先まで行き届いた動作制御とかが必要なんだ。他人の行動予測や危機回避できる頭も要るし、資質に頼る部分も大きいから」


「……結構エリートなのか、隠密って」


「そうだな。教団の刺客部隊はまさに選りすぐりだ。そういう隠密系の訓練を受けた中で、さらに優秀なのが選ばれ、暗殺術まで仕込まれる。おかげで奴らは他よりも選民意識が強くて、自分より格下の人間の命なんて虫けら同然だと思っているんだ」


 ディクトの言葉には少し嫌悪感が滲んでいる。

 この様子からは隠密の知り合いがいるようには思えないけれど。


「……グレイが、ディクトにそういう隠密の訓練を受けた知り合いがいると言ってたんだが」


 一応、訊ねてみる。

 するとディクトは目を瞬いてから、何かを思い起こすように中空を見上げた。


「グレイが? 俺に? ……ああ、もしかして、あいつのことか」


「あいつって? 心当たりがあるのか」


「俺が教団にいた頃の部隊員だよ。刺客部隊から引き抜いた男だ。……でも今は行方不明で、どこにいるかどころか、生きてるか死んでるかも分からない」


「今は行方不明で、生きてるか死んでるか分からない?」


 あれ? 何か近い話を昨晩、あの墓地で聞かなかっただろうか。

 ターロイが怪訝な顔をすると、ディクトは小さく唸って頭を掻いた。


「その辺の話はあんまりしたくないんだけど。俺にも色々あんだよ」


「……いや、それは分かってる。ただちょっと昨日の夜、お前に頼まれた墓地を見に行った時に、お前の生死を知らない男がいたのを思い出してさ」


「俺の生死?」


「お前の過去を詮索するつもりは無かったから、言うこともないと思ってたんだが……。とりあえず昨晩会った男が、お前の知り合いらしかった」


 ターロイはそう前置きして、昨晩の男とのやりとりをディクトに話して聞かせた。

 四つの墓の墓標が壊されていたことも。


 それを黙って聞いていたディクトは、何かを思案しながら口を開いた。


「……その男、おそらくハヤテに違いないな。そうか、あいつ、生きてたのか……。おまけに、王都に戻っているとはな。墓標を壊したのもあいつだろう」


「え? あいつが墓標を壊した? 酒を供えに来てたのに?」


「あー……ええと、だな。とりあえずその男……ハヤテって言うんだが、そいつの話だけするわ。ハヤテはさっき言った、俺が刺客部隊から引き抜いた奴だ」


 ああ、そうか。と言うことは、自分が静かな墓地で声を掛けられるまで気付かなかったのは、彼の隠密のスキルによるものだったのだ。


「ハヤテは隠密のスキルが図抜けていてな。かなり若いうちから刺客部隊に選抜されていたんだ。しかし、あいつド級のビビりでさ。暗殺も盗みもできないのよ。おかげで、刺客部隊で役立たず扱いされて、苛められててさ」


「それをディクトの部隊に引き抜いてやったわけか」


「苛められて可哀想だからとかじゃないぞ。周りがハヤテの才能を生かせない馬鹿ばっかりだったからだ。俺のところはソードマン部隊だったが、申請したらハヤテの配属はあっさりと了承された。……刺客部隊では、厄介払いできたとでも思ってたんだろう」


「ああ、教団には人の才能を生かそうなんて考えはないからな。どれだけ自分の思い通りの駒として動くかが重要だから」


「部下が無能だなどと言う上司は、自分が無能だと言っているようなもんだ。得手不得手を見極め、適材適所に置いて、後はメンタルに気を配ってやれば使えない人間なんてそういない。その点でもう教団は駄目上司だらけだな」


 そう言って、ディクトは当時を思い出したのか、うんざりしたようなため息を吐いた。


「……そんな上司の下で何年も虐げられていたハヤテは、俺の部隊に来てからも自己否定が激しくてな。それでも少しずつ回復していたんだが、……ある日、とある、大きな事件が起きた。何十人もの人間が死んだ事件だ。そこであいつは行方不明になった。……一人で逃げたんだ」


 逃げた。それも、一人で。

 そこには暗に『仲間もいたのに』という言葉が隠れている。


 その事件がどんなものかは知らないけれど、それがあの男に感じられた後ろめたさの原因なのだろう。

 だとしたら、ディクトの知り合いでありながら、彼のメモに顔を強張らせた理由も分かる。


 ディクトが生きていると知らせた俺に、感謝した気持ちも。




「……ターロイはここまでの話を聞いてどう思う? 仲間を置いて逃げるビビリのハヤテを仲間にしたいと思うか?」


 珍しくディクトがターロイを試すような言い方をする。

 それはどちらかと言うとこちらが彼に訊きたい台詞なのだが、その一存はターロイに託すということか。


「……正直、隠密のスキル持ちは欲しい」


「俺はハヤテを仲間にしたいか訊いてんだよ」


 なるほど。スキルが魅力的なのは当然。ディクトはビビリで逃げ出すハヤテのマイナス部分を受け入れる覚悟があるか訊いているのだ。


「得手不得手を見極め、適材適所に置いて、後はメンタルに気を配ってやれば使えない人間なんてそういない。だろ? ビビって暗殺や盗みができないのはどちらかと言えば美徳だし、危地にわざわざ飛び込まない危険回避能力だって必要なこともある」


 さっきのディクトの言葉をもじって告げると、彼はにぃと笑った。


「おたくもそう考えてくれるなら大丈夫だ。今更な話だが、当時俺たちの仲間内では、その事件の時にハヤテが逃げるだろうことは分かっていたし、そのことに文句を言う奴もいなかった。ただ、ハヤテだけが自分を責めているんだよ」


「自己否定か……。ディクトはハヤテをそこから回復してやりたいんだな」


 部下想いの彼らしい。


「つーか、とにかくもったいないのよ。あいつの才能が。ハヤテだけじゃないけど、いいもの持ってるのが見えてるのに、使ってない奴はもったいねーって思ってつい手出しちゃうのよ。何だこれ、趣味? 性癖?」


「性癖だろ。何か変態くさいもんな」


「くさくない!」


 そのやりとりにターロイが笑うと、ディクトも苦笑した。






「とりあえず、顔バレが怖いけど俺も王都に行くわ。ハヤテは卑屈で面倒臭えから、俺が説得する」


「ああ、頼む。……それにしても、都合良すぎるというか何というか。仕事で欲しかった隠密が、探してみたら昨日会った男だなんて」


 ターロイはこの偶然をすんなり歓迎した。が、ディクトは少し微妙な顔をした。


「……それさあ。おたくがハヤテに会ったのは偶然だけど、俺にハヤテの話が来るように仕組んだのはグレイだよな。……多分、あの男はハヤテが生きて王都にいること、知ってたんだわ」


「グレイが知ってて、ディクトとハヤテを引き合わせようとしたってことか?」


 それは、彼にしては珍しく親切な話ではないだろうか。


「グレイは、昔からハヤテのこと重宝してたんだよ。他人に知られたくない非正規の薬草や薬の取引の遣いに使えるから。金の中抜きとかもしないしな。……ハヤテが王都にいたってことは、おそらく、グレイが教団から出るまでずっと使ってたと思う」


「ああなるほど……。それが王都から出ちゃって使えなくなったから、ここにハヤテを呼び寄せる為に今回の一件を利用したと……」


 さすがというか、何というか。

 たまたまターロイがハヤテに会っていたからここで話はまとまったが、ハヤテの居場所が分からなかったらきっとグレイが助言をしに来たのだろう。全く、抜け目ない。


「でもまあ、結果は同じことだからいいんじゃないか?」


「そうなんだけど! この、奴の思い通りに動いてしまっている自分が悔しい!」


 気持ちは分からないでもない。しかし、そういう過剰な反応をするから、グレイに面白がられてしまうのだがなあ。


 ターロイはやれやれと肩を竦めた。

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