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深夜の墓地

 ターロイが王都に辿り着いたのは、日付が変わる少し前だった。


 当然すでに城門は閉まっている。外壁をぐるりと回り込み、一番人通りが少なく、目立たなそうな壁に穴を開けることにした。

 となると、必然的に墓地になる。


 墓地は明かりがほとんどなく、夜に訪れるものはまずいない。そして、人通りの少ない街の外れにある。忍び込むにはもってこいだ。少しくらい音を聞かれても、ただの怪談話になるだろう。


 ついでにディクトに頼まれた墓の場所も確認しておきたかった。

 明日の午前にならないと花は買えないが、場所さえ分かっていればすぐに用事を済ませられる。王都で明るい時間に活動するのは、できるだけ控えたいのだ。


「ええと……奥の方にまとまってあるって言ってたっけ」


 部分破壊で城壁に穴を開けて入り込む。それを再生して塞いでから、ターロイは月の明かりだけを頼りに墓地の奥に入っていった。


 王都には教団の管理する墓地と一般墓地があるのだが、教団の墓地には高い金を払った者しか入れない。平民から下は皆ここに入るから、結構な数だ。探し出すのも一苦労。


 とりあえず、聞いた特徴の場所を探す。


「確か、一段高いところにあるはず……」


 見れば奥に少しだけ土が一段盛り上がったところがある。しかし遠目では、そこには大ぶりな石ころしか転がっていないようだった。

 とはいえ、奥の一段高いところというのはそこしか見当たらなない。ターロイはとりあえず確認しに近付いた。


 段の上に上り、その辺りを見回す。


「……これは……」


 ぱっと見、墓とおぼしきものは何もない。けれど、よく見ると足下の石の欠片が、文字を彫られた墓標らしいことが分かった。そして等間隔に四カ所、土から上の部分を無くした石が埋まっている。


「……壊されてる、のか。聞いてた特徴と状況からして、これがディクトの言ってた花を手向けて欲しい墓だろうな……」


 墓標がないせいで確認はできない。

 もちろん、その気になれば墓を再生はできる。わざわざここから石を持ち出す人間がいるとも思えないし、欠片は揃っているだろう。


 しかし勝手に直すのも問題だ。突然直った墓標を見た住人はどう思うか。

 ならばまた壊せばいいが、直して確認した後にもう一度破壊というのも憚られる。


 そこでしばし悩んでいると、不意に後ろから声を掛けられた。


「……あんた、誰だ? 何でそこにいる?」


 振り返った先に、一人の男。

 こんな静かな状況なのに、考え事をしていたせいか人が近付いて来たことに全然気づかなかった。


 その男は暗がりでも分かるくらい貧弱な体つきで、その瞳には敵意や不審でなく怯えが見えていた。

 歳はターロイよりもそこそこ上だろうか。


「ちょっと知り合いの為に墓を探してるんだ。あんたこそ、何でこんな時間に墓場にいるんだ? 墓荒らしっていう様子でもないし」


 その手にはスコップや麻袋ではなく、酒瓶が下がっていた。

 どうやら訳ありっぽいな。本来なら突っ込むことなんかしないで、適当にやり過ごせばいい話。だけれど。


「お、俺は墓荒らしなんかじゃない。ただ墓に酒を供えようと思って……。いや、その、突然声を掛けて悪かったな」


 男は随分おどおどした様子で後退った。

 やはり警戒しているのではなく、怯えている。そのくせ、最初からやりすごすことはせずに、わざわざ自分から声を掛けてきた。


 その理由を考えて、ターロイは彼がこの足下の墓のことを知っているのだと確信した。「何でそこにいる?」と訊かずにいられなかったのは、一見墓だと分からぬこの場所に佇んでいたターロイが、この墓の関係者かもしれないと考えたからに違いないのだ。


「だったら、俺に構わず酒を供えて行ったらいいじゃないか。……ここの墓に供えに来たんだろう?」


 自分の足下を指さすと、男はあからさまに動揺した。やはり当たりのようだ。この墓に酒を供えに来たなら、ディクトの知り合いの可能性もある。

 しかし、こんな時間に人目を忍んで来ていることを考えると、何か後ろめたいことがあるのかもしれない。


「ところでさ、あんたが知ってるならこの墓に眠ってる人の名前教えてくれないか? 墓標がないから分からないんだよ。聞いてきた話からして、多分ここだと思うんだけど」


 とりあえず、彼が何者なのか追求する必要は無い。ただ、再生の能力を使わずに墓の詳細が分かればいいのだ。

 他意を含めずにそれだけ訊ねると、男はようやく怯えよりも困惑の様子を見せた。


「それを知ってどうするんだ」


「知り合いから、花を供えて欲しいと頼まれた。それだけだ」


「花を? 彼らに? ……一体誰が……」


 さすがにここでディクトの名前を出すほど軽率ではない。しかしちょっとだけ男の素性が気になって、ターロイは腰のポーチからメモを取り出した。


「月明かりだけで見えるかな。そこに眠っているのがこの名前の人たちなのかだけ教えてくれ。知り合いが書いてくれたメモだ」


 彼の前に、ディクトにもらった紙切れを差し出す。

 するとそれに目をこらした男は、文字を認識した途端驚きに固まったようだった。


「この特徴のある汚い字……ディクトさんの……!?」


 やはり、ディクトの知り合いらしい。しかし、彼の顔が強張ったのを見て、ターロイはそこに突っ込むのをやめた。この狼狽えよう、やはり何か後ろめたいことがあるのだ。


 だったらそっとしておこう。

 ディクトにはどうせ花を手向けることしか頼まれていない。無駄に彼らの関係や過去を暴くこともないだろう。


「この四人の名前、合ってるか?」


 何にも気づかないふりをして訊ねると、男は慌てたように頷いた。


「……あ、ああ。合ってる……。この墓に入ってるのは彼らだよ」


「そうか。ありがとう」


 メモを再びポーチに戻す。

 場所さえ特定できれば、もうここでの目的は果たしたも同じだ。ターロイはそのまま礼を言って立ち去ることにした。


 しかし。


「あの、ちょっと待ってくれ」


 何故か男がターロイを呼び止めた。


「……俺に何か?」


「あんた、ディクトさんの知り合いなんだろ? ……その、あの人、生きてんのか?」


「ああ。生きてるよ。別に、遺言聞いて代わりに花を供えに来た、とかいうわけじゃない」


「……そうか、生きてんのか。ずっと来ないから、てっきり……」


 心底ほっとしたような、安堵のため息を零す。その表情に嘘はない。

 どうやらディクトを疎んでいるわけではないようだ。


 男は皆まで言わず、代わりに小さくぺこりと頭を下げた。


「教えてくれてありがとう」


「いや、礼を言われるようなことじゃ……」


「俺の為に、俺が言いたいんだよ。素直に受けておいてくれ。久しぶりなんだ、こうやって感謝の念が湧くのは」


 何だか既視感のあるやりとり。そう言えば以前、ディクトが似たようなことを言っていたな……。感謝は言われる方じゃなく、言う方の為のものだって。


 色々気になる人物ではあるが、しかしこれ以上は不要な詮索か。

 時間も時間だ。二人は互いに挨拶をして、会話を終いにした。


「じゃあ、俺はこれで」


「ああ、じゃあな」


 この後はさっさと王宮に忍び込まなくてはいけないのだ。

 ターロイは今度こそ墓地を後にした。





 以前侵入したのと全く同じ経路で王宮へ入る。

 警備は相変わらずスカスカで、こっちが心配してしまうほどだ。まあ、これからの作戦が始動すれば、ミシガルから騎士が送り込まれてくるだろうけれど。


 サイの部屋の扉の前に辿り着くと、小さく扉を叩いた。それに応じたのはもちろんハイドで、すんなりと部屋に通される。

 部屋の奥でベッドに寝ているサイが、ターロイを見て微笑んだ。


「ターロイ、よく来てくれた。……ハイド、彼にお茶を出してあげて。私にはコーヒーを」


「かしこまりました」


 指示をされてハイドが部屋を出て行く。するとすぐにサイは起き出した。


「あれからずっと動けないふりし続けてるんですか」


「ああ。おかげでもう身体がガッチガチだ。ハイドが付きっきりなものでね。その目を盗んで少しは動いているが」


 敵を欺くにはまず味方から、の徹底っぷりがすごい。しかしそれももうすぐ終わるだろう。


「俺が今回何をしに来たか、お聞きになってますか?」


「戴冠式のための話を持ってくることしか聞いていない。さあ、詳しく話してくれ」


「……ハイドが来てからの方が」


「構わなくていい。彼に何を話すかは私が決めるから」


 少し人の悪い笑みを浮かべている。

 ああ、またハイドをあざむく気か……。


 ターロイはそうとは知らずサイの世話を焼く彼をちょっと気の毒に思いながら、ポーチから毒薬を取り出した。

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