剥がしたい理由
ウェルラントは背もたれに体を預け、腕を組んだ。
「私の話の前にちょっと聞かせて欲しい。……孤児院にいる間、カムイはどういう扱いを受けていた?」
「食事や寝室は一緒だったけど、昼間は一人だけ別の部屋に連れて行かれることが多かったな。不思議に思って大人に聞いたら、カムイは体が弱いから、検査をするんだって言われた」
「検査、か。……その検査室にグレイの奴もいたか、分かるか?」
「多分いたと思うけど。グレイは他の大人に比べて子供の話をよく聞いてくれるから、結構俺たちの間では好かれてたんだよ。だから、子供に言うことを聞かせるのによく引っ張り出されてた」
そう答えると、ウェルラントはあからさまに嫌そうな顔をした。
「そうか、あの男、そのときにそこから情報を……」
少し苛立たしげにため息を吐く。
しかしすぐに話を本筋に戻した。
「……まずは、どうしてここにカムイがいるのかから話そう。ヤライの孤児院が実験用の子供の置き場所だったことは言ったな。グレイもその研究員だったが、あいつは当時から上に対してあんな調子だった」
あんな調子、というのは、慇懃無礼で命令通りに動かないということだろうか。まあ、従順なグレイなんて想像もつかないけど。
「だからグレイは、あの日のヤライ殲滅の選抜部隊に選ばれていなかったのだ。王都で何かの研究を言いつけられていたらしい」
「あの日って、守護者に村が全滅させられた時か」
「そうだ。……しかしどこかからヤライ殲滅の話を知ったあいつは、ヤライ村に行って子供たちを助け出そうと考えた。そして、私に声を掛けたのだ」
「ウェルラントに!? え、その頃は仲が良かったのか?」
「馬鹿を言うな、あの男と仲が良かったことなどない。ただ、私にも少し事情があったのでな……。単身でヤライに行った。そしたらまんまとグレイに囮に使われたが」
そういえば当時、王国軍の人間が村の正門を突破したようなことを、グレイが言っていた覚えがある。あれはウェルラントのことだったのか。
「お前があの男に助け出された時、私は別の部屋にいたカムイを見つけ、助け出していた」
「正門から行ったんだろ? 守護者と会わなかったか? よく無事だったな」
「……ああ、まあ、な」
ウェルラントは少し言葉を濁して、しかしすぐに話を進めた。
「当時はすでに前時代の書物を読んでいたから、カムイの稀少性は知っていた。だから、私はあいつを隠すことにしたんだ。教団はコネクターを『忌み子』と呼んで、不吉な者として隔離するという名目で集めていたからな。実際は研究実験の対象になっていたわけだが」
「まあ、あんたがカムイを保護して隠した意味はわかる。コネクターで、おまけに魂言や魂方陣まで自在に操る能力があるしな。……でもあれって、誰の能力?」
カムイのそれは、知識だけならガイナードを遙かに凌駕する。ターロイはそれが誰のものなのか、前々から気になっていた。
その質問にウェルラントが少し答えを躊躇ったけれど、こちらの視線に負けて、結局ため息と共に回答をくれた。
「……あれは前時代の英雄の能力だ」
「英雄? ……って、グランルークの仲間の誰か?」
「魂方陣を使える英雄なんて、一人しかいないだろう。グランルーク本人だ」
「え? ちょっと待って。グランルークって歴史書では死んだ記述がなくて、今も教団本部にある塔の上の方で眠ってるって噂を聞いてたんだけど。てっきりアカツキみたいに、何かの術で眠ってるのかと……」
これはグレイが教えてくれた噂で、結構信憑性があると思っていたのだが。
そう思って訊ねると、ウェルラントは頷いた。
「それも間違いではない。カムイに取り憑いている本人から聞いた」
「本人って……」
訳が分からない。
「グランルークは二人いるってことか? それとも肉体と魂が離れちゃってるってこと?」
「ざっくり説明するとだな。そもそも、グランルークとは前時代に人為的に作られた英雄だ。本来は、ルークという青年がベースになっている。そこに他の能力を掛け合わせてグランルークになった」
ベースになった青年に能力を掛け合わせた……って、もしかして、グランルークって、キメラ・ベースなのだろうか……?
唐突な話に目が点になる。
「そうして作られたグランルークから、ルーク青年の魂データだけが取り出され、カムイに移植された。身体の方には、後から入れられた他の魂データだけが残っているらしい」
「な、何かさらりと色々言ってることが、謎だらけなんだけど……」
「別に深く考えることはない。とにかく私はカムイからそのルークの魂データを引っぺがしたい。だからその方法を探しているんだ。もし封印解放の際にそういう文献を見つけたら、持ってきて欲しい」
確かに、ウェルラントの言いたいことは簡潔だ。
しかしその後ろにある話が重要事過ぎて流せない。
「そもそも、何でルークの能力を剥がしたいんだ? 高度な知識と魂方陣を使えるなんて、すごく役に立つと思うけど」
「過ぎる力は身を滅ぼす。役に立ちすぎるんだ。……この間も見ただろう。カムイはできることがありすぎるせいで、限界を超えるまで魂術や魂方陣を使ってしまう。私が使うなと言っても聞きやしない」
「……ああ、だからカムイのことあんなに叱ってたのか」
なるほど、納得した。自分たちを助けた彼に怒った理由。
カムイのことが疎ましいわけでも何でもなく、ただ彼の身体を心配しているんだ。
……でもあんなに怯えられるほどというのもどうかと思うけれど。
「それに、私はあのルークがいけ好かない」
「ん?」
「カムイと時々入れ替わるんだ、あいつは。その時の態度が不愉快きわまりない。人の心を見透かしたような言動も、グレイっぽくて気に入らない」
ものすごく忌々しそうな顔をしている。
……もしかしてこっちの方が引っぺがしたい本当の理由なんだろうか。
「是非とも、一刻も早く、ルークを取り外したい。文献探し、頼んだぞ、ターロイ」
「お、おう」
これほどウェルラントに嫌われるルークってどんな奴なのだろう。
……ちょっと、会ってみたいかも。




