試行錯誤
今回の鍵再生は情報を取る必要はほとんどない。ターロイの中ではすでに破片はソートされていて、それを順序よく再生するだけだ。
唯一、魔法金属でできているシリンダーの部分だけを慎重に読み込み、再生する。
全ての修復はタイムリミットの前に終了した。
差し込み鍵さえあれば開くのだが、今は無理だ、仕方がない。
ターロイは少し緊張しながらカウントダウンが終わるのを待った。
扉の向こうで魔時計の音がひときわ大きくなって、最後の五秒をカウントする。
時間だ。
ビィィ、と時間切れの音がして、先日と同じように鉄格子が降りた。
「さて、何が現れますかねえ」
隣でグレイがわくわくした様子で言う。
すると天井に落とし戸のような穴が開き、そこから何かが落ちてきた。
ズシン、とその重みで地面が揺れる。
その姿は文献でしか見たことのないゴーレムに似ていた。やっぱり魔法生物なのだろうか。しかし。
「ゴーレム……だよな? 何か小さくない?」
その大きさはターロイの腰のあたりまで。何だか腕や足も細くてちょっと貧相だ。正直、弱そう。
「ゴーレムとはちょっと違うようです。身体の部分にタブレット石版のように文字が彫られていて、特殊な金属と鉱石でできていますね」
「あ、ほんとだ。裏に魂言でまじないがびっしり書いてある……。でも一部が欠けて壊れてるな。もしかして、今度はこれを直すまで出れない感じ?」
このゴーレムもどきは、特に攻撃してくる様子はないようだ。一応手足と頭は付いているが、ぴくりとも動かない。
「直すだけなら簡単じゃないですか?」
「それが、欠けた部分の破片が見つからないと修復できないんだよ。欠片はどこにあるんだろ」
辺りを見回してみたけれど、一緒に落下してきた様子はない。見上げても天井の落とし戸はすでに閉じられて消えていた。
「……これ、破片が見つからなかったら、閉じ込められたまま出られなくて餓死すんじゃないか?」
「大丈夫、絶対あります。この空間は魔法の箱になっていて、外界から遮断されているんですよね? だとしたら、ここ以外に欠片が出て行くはずがない」
「結局俺たちを陥れる罠で、最初から欠片がなかったら?」
「それはつまり、『再生の申し子』を最初から殺すつもりだったということですか? それはない。だったらこんな間怠っこしいことはしないでしょう。そのつもりだったら、最初のひよたん戦の時に、勝とうが負けようが鉄格子を開けなければいいんですから」
それは確かにそうか。
だとしたら、何のためにこんなに俺たちを試すようなことをするんだろう?
「じゃあこの罠って、何か意味があるのかな」
「これだけ周到に仕組まれた罠に意味が無いわけがないと、私は考えます。いや、正直、意味が無くても問題ないんですけど」
そう言ったグレイはとても楽しそうだ。
「私が前時代の遺跡やアイテムの研究が好きなのは、こうしてわけの分からないことがあるからなんですよ。私の今の常識では解けないから、それを強制的に逸脱する必要がある。その思考の飛躍は私を大きく成長させてくれるんです」
「……その気持ちはちょっとだけ分かるな。俺もひよたんと戦って、知恵を絞って繋げて一つの解決策が出た時は、思考が広がった気がした」
「だからですね。私はこの罠の意地悪さを好ましく思っているのです。それに、もしかすると、ですよ。これはこれから先の封印で酷い目に遭わないための、トライアルかもしれない。だとしたら逆に親切じゃありませんか」
全くもってグレイは考え方がポジティブだ。
「きっとこの魔法の箱の空間の中に答えはあるのです。私たちはその解法を見つければいいだけ。だから思いついたことを片っ端から試しましょう。トライアル&エラーですよ」
とは言ったものの。
「欠片、見あたらないなあ……」
部屋の中を細かく見ていったけれど、タブレットの欠片らしきものはない。壊れているのは石版の前面に数カ所の欠けと、裏に彫られた魂言の一部の剥落だ。そのうちの一つも見つからなかった。
「しかしこの物体、全く動きませんが、意思疎通できないのですかね? 魔力が通っていないのでしょうか」
「どうだろう。魔法生物でなく、使役者の必要な魔道具なのかもしれない。ちょっと待って確認する」
ターロイはゴーレムもどきのタブレット部分に触れてみる。再生を試みてみれば、情報くらいは読み取れるはずだ。
ガイナードの核と交信を始めると、その性質が少し分かってきた。
「これ、やっぱり魔道具だな。その起動を司る魂言の記述部分が剥落してるみたいだ。それから、充魂武器と同じように、魂のエネルギーで動くっぽいけど、今はエネルギーが空っぽだ」
「ということは、意思の疎通は難しいですね。ふむ……」
グレイがあごをさすって考え込む。
ターロイも再生をしながら首を傾げた。
「……本来はこのくらいの空間の範囲内に欠片があるなら、こうして再生を試みれば勝手に飛んでくるはずなんだけどなあ」
「それはつまり、欠片が何かに阻まれて引き寄せられてこないということですか? 物理的なものならターロイが分かるはず。魔法で遮られている……?」
そう呟いて、はたとグレイはゴーレムもどきを見た。
「魔法障壁……。なるほど、そういうことですか!」
「魔法障壁って、外からの干渉を受けなくする魔法の壁……ちょうどこの部屋の鉄格子に掛かってる魔法のことだろ? ……あれ、もしかして」
ターロイはグレイの言葉で、タブレットのデータに気を向けた。ガイナードの核は、基本的に壊れた部分としか交信しない。それでも全体の情報は読めないわけではない。
ゴーレムもどきの全体像を探ってみると、タブレット部分以外の頭部と手足が、本体と繋がっていないことが分かった。
いや、繋がっていないわけではなく、頭部と手足がガイナードの核からの干渉を弾いたのだ。
つまり、こいつの四肢と頭には、魔法障壁が掛かっている。
「掛かってるな、魔法障壁」
「なるほど、ガイナードの核の干渉は魔法障壁では弾かれるのですね。また一つ勉強になりました。……さて、欠片のありかですが」
グレイは答えを見つけてにやりと笑った。ターロイもそれに頷く。
「ああ。おそらくこいつ自体の握った手の中か閉じた口の中か……。そこに隠されてると思って間違いない」
しかし、それが分かったからといってすぐに解決ではない。今度は魔法障壁の掛かったそれをどうこじ開けるかが問題だ。
充魂武器で攻撃しても、障壁のせいでタブレット部分しか壊れないという鬼仕様。
「グレイ、何かいいアイテム持ってないのか?」
「魔法無効化のアイテムがないこともないですが、それは最後の手段です。考えてもみてください。本来、ここはあなたの能力と知恵だけで切り抜けられる罠のはずなんです。もう少し頭を捻りましょう。あ、バナナあげますから、脳に栄養入れなさい」
バナナを渡されて、おとなしくそれを食べながら考える。
自分の能力と知恵で乗り切れるはずだというこの状況。常識を取っ払って、思考を飛躍する。
「こいつの口の前にバナナ持って行ったら、口開けないかな」
「ほほう、面白い。やってみなさい。何でも試す、そうすれば一つ事実が増える。そして、そこから別の発想に飛ぶこともままあることです」
馬鹿にされるかと思ったけれど、前向きに肯定されたのでとりあえずやってみる。
しかし、もちろん口が開くわけなんてなかった。
「開くわけないよなあ。動力がないんだもんな。そもそも、こいつの動力はバナナじゃなくて……」
魂のエネルギーだ。でもその補給はできない。そこでターロイは引っかかりを感じた。
「なあ、こいつが直っても起動するエネルギーがないよな。直しただけで鉄格子が開くと思うか?」
「……そうですね。起動までしないと開かない気もしますが」
「だとしたら、どこからエネルギーを補給するか。……そうだ、ここにしかないよな。この魔法障壁を掛けるのに使っているエネルギーを、タブレットに流し込んだらいいんだ」
ターロイはゴーレムもどきの頭をぽんぽんと叩いた。
「ほう、それはいい発想です。起動はできなくても、充魂できるバッテリーが生きていれば障壁のエネルギーを取り込むのは可能ですからね。しかし、どうやってそれをタブレットに流しますか?」
グレイにはもう解法が分かったようだ。それでも、最後までターロイに解かせようとする意図が見える。
しばらくしたらインザークに行ってしまう彼は、ここにいる間にターロイの思考力を鍛えたいのかもしれない。
「タブレットの裏に彫られた魂言を書き換える。……書き換えるっていっても、俺の能力じゃ魔道具に傷は付けられないけどな。でもこれが周到に仕組まれたものなら、きっとこれで解決できるはずだ」
ランプを持ってタブレットの裏に回り、魂言を確認する。
ガイナードの知識があれば読めるまじない。思った通り、剥落していない部分に弄れる場所がある。
本当に、底意地の悪い、しかし親切な罠だ。
タブレットのエネルギーを四肢と頭に送っていた記述を逆にするためには、魂言における矢印のようなものを逆さにすればいいだけだった。その部分だけ、ご丁寧に魔法金属じゃないものに書かれている。
微妙に甘い、この罠を作ったのは、本当にグレイの祖先なのかもしれない。
魂言を書き換えると、その手足が力を失ったようで、ゴーレムもどきはばたりとその場に倒れた。
その手と口が緩み、倒れた拍子にタブレットの欠片が転がり出る。
これでようやくゴーレムもどきを直せるのだ。ほっと息を吐く。
「よくやりました、ターロイ。じゃあとっとと直して、早くタブレットを起動してみましょう!」
グレイは一足早く、次のわくわくに移行していた。




