グレイと
客室棟を出て住居棟の方へ行くと、その入り口でイアンと話しているディクトを見つけた。
「ああ、いた。おい、ディクト」
「おう、何か用か、タ……」
ターロイに声を掛けられて、半分こちらに背中を向けていた男が振り返る。そして普通に返事をしかけて、しかしディクトはグレイの姿を見て固まった。
「どうも、お久しぶりですね、ディクト」
「な、何でここにお前が……いや、どうしてあなた様がこんなところに……?」
にこりと笑顔で挨拶をするグレイに、ディクトが明らかに狼狽える。年齢的に言えばディクトの方が年上のはずだが、どうやら力関係はグレイの方が上のようだ。
「教団で一悶着ありましてね。しばらくここに厄介になることになりました。よろしく」
「うえええぇぇぇえ!? 何で!? ターロイ、説明して!」
ちょっと絶望チックな声が上がる。一体この二人、過去に何があったのか。
「ディクトには言ってなかったっけ? 俺小さい頃から、教団でグレイの付き人として働いてたんだよ。そのよしみって言うか」
「マジか! ちゅうか、お前、よくこんなのと一緒に生活できたな……。ああ、あれか、お前が時折見せるそのサドっ気はグレイ譲りか! ……しかし何で、よりによってこいつ!?」
「ふふふ、テンパってますねぇ……」
その様子をニヤニヤしながら見ていたグレイが呟いただけで、ディクトがびくぅと緊張する。
「……ディクトとグレイってどういう関係?」
あまりにもディクトが挙動不審だ。
気になって訊ねると、グレイはあっさりと答えてくれた。
「ディクトは私の剣の師匠だったんですよ。十数年前、ザヴァド様が武器の扱いも覚えた方がいいと、ひと月ほど彼に私を預けましてね」
「……ん? ディクトの方が師匠なんだよな? だったらディクト、グレイにもうちょっと強気で行ってもいいんじゃないのか?」
「そうですよ、ディクト。強気に来てみたらどうですか?」
「め、滅相もございません、あなた様に向かってマウントを取るようなことなど……! それで、わたくしめにどのようなご用があって声を掛けられたのでしょう……?」
異常なほどのへりくだり、完全な及び腰だ。多分、グレイと過ごしたひと月に何かトラウマレベルのことがあったのだろうな……。
少し同情してしまう。
「ディクトってグレイと背格好が同じくらいだろ? ちょっと服を貸してやってほしいんだけど」
「貸すだなどと、とんでもない! 一番いい服を差し上げます! 少々お待ちを!」
ディクトは妙な堅さで一礼をすると、脱兎のごとく駆け出して行ってしまった。あっという間に住居棟の階段に消える。
ちらりとグレイを見ると、この様子を随分楽しそうに見ていた。
「……昔ディクトに何したんだよ」
「剣の指南を受けるお返しに、ちょっと厳しめの教育をしてあげただけですよ」
教育って、何のだよ。
「……ディクトが教団を出たのって、まさかあんたのせいじゃないよな?」
「まさか。彼が教団を出たのはもっと後のことですし、理由も教団が馬鹿だったからって言ったでしょう。私は頭いいので」
「自分で言うな」
一体ディクトがどんな目に遭ったのか気になるけれど、グレイに訊いても自分に都合のいいことしか言わないだろう。
後で二人だけの時に、ディクトに訊いてみよう。
(グレイは以前ディクトのことを随分褒めていたし、無駄なことはしない人間だし、嫌って何かをしたわけではないと思うんだよな)
そうこうしているうちに、ディクトが服の上下とベルトを揃えて戻ってきた。
「靴もご入り用でしたら持ってきますが」
「いえ、これで十分です。ありがとうございます」
それを恭しくグレイに差し出したディクトは、すすすっとターロイの隣に寄ってきた。
「……俺、これで離脱していい? もう用事ないよな? な?」
小声で確認し、懇願じみた視線で返事を促す。
何か気の毒になってきた。
「ああ。大丈夫だ。声かけて悪かったな」
ターロイがディクトを慮って頷くと、彼はあからさまにほっとした様子で一歩下がった。
「じゃ、俺はこれで!」
去り際の挨拶は大変元気。しかし。
「じゃあ、また後で」
グレイに返された言葉に、ディクトは再び絶望感を滲ませた表情をした。
そこで思わず吹き出したグレイは、本当にドSな奴だと思う。
翌日、ウェルラントは宿駅としての拠点に合格点を与え、ミシガルに戻っていった。ジュリアもすっかり明るさを取り戻した。
ターロイは引き続き、宿駅としての営業を開始するための準備をしている。経営が回り始めれば、ターロイが長期に留守にしたところで手下たちが食うに困ることはないだろう。
騎士団が宿泊していれば、自分が不在時に何かあっても戦力になってくれる。身元も保証されているから安心だし、金も落としてくれるしいいことづくめだ。
ディクトたちには、この安定した生活を担保に従ってもらう。
大分馴れ合ってしまっている気はするけれど、仲間として気を配るのはスバルとカムイだけで止めたい。
こちらが彼らを利用しているように、彼らもターロイを都合のいい人間だと思っていてくれればいいのだ。
「こちらに来てから、狂戦病の方はどうですか?」
ターロイが家具用の木材を調達しに山に入ると、薬の材料待ちで手持ち無沙汰らしいグレイがついてきた。彼が拠点にいるとディクトの挙動がおかしくなるので、ちょうどいいかもしれない。
とはいえ、特に手伝う気はないらしい。
何でついてきたんだろうと思いつつ一人で手頃な木を切波でスライスしていたターロイに、しかしグレイは唐突にそんなことを訊ねた。
「発作は起きてない。……ただ、昔の仲間が現れて、少し困っている」
「ああ、カムイのことですね。とうとう会いましたか」
「カムイだけじゃない、スバルもなんだ」
「ほう、二人も。なるほど……」
グレイが何かを考えるように指先であごをさする。
ターロイは手を止めずに会話を続けた。
「カムイはウェルラントが守っているから安心だけど、スバルが完全に前衛のパワーアタッカーだから、何かあった時に困るんだよ。俺のこと守るって言って、どこにでもついて来たがるし」
「そうですか。発作……。あなたの過去の発動条件を聞く限り、仲間と認識している者が死ぬ、もしくは瀕死になると起こるんでしたね」
「程度の差はよくわからないんだけど、おおむねそれで間違ってないと思う。目の前で攻撃されて、仲間が死んでしまう、と思うと発動するんだ」
「……ディクトやユニが死にそう、というときは発動しなそうですか?」
訊ねられて、ため息とともに手を止める。それは自分でも少し曖昧なところだった。
「……正直、俺にも分からない。仲間って何だろう。俺はあいつらを利用しているつもりだけど、何かあったら守ろうとすると思う。でもそれは死なれると困るからで、仲間だからってわけじゃないと考えているんだが……」
「ふむふむ、なるほど。仲間についての悩み、いい傾向ですね」
「いい傾向?」
発作が起こればただでは済まないのに、妙なことを言う。
ターロイが怪訝な顔をすると、グレイは悪意のない笑みを浮かべた。
「教団にいる間は随分と冷徹なお面みたいな顔をしていましたが、大分人間らしくなった。内面の変化が現れているのでしょう」
「お面……」
まあ、確かに教団にいるときは表情を作って貼り付けていた感覚だった。……そういえば、最近はそんなふうに表情を作ることはなくなったな。自然にみんなと付き合っている。
そう考えたターロイに、グレイは少し意地悪な顔をした。
「ふふ、宣言してあげましょう。もう手遅れですよ、ターロイ。あなたは拠点にいる人間を仲間だと認識してしまっています」
「ええ!?」
「仲間の定義というものはきっと人それぞれ。ですが、あえて私の見解を述べさせていただきますと、あなたが『その人のためになることを進んでしたい』思う相手が、あなたにとっての仲間です」
グレイが勝手にターロイの仲間の定義を披露して、ちらりと拠点を振り返った。
「今のあなたは私が予想していたよりずっといい状況です。仲間を守るに適した場所、多すぎない人数、質のいい部下。仲間のために進んで動ける現状」
「いや、状況は悪いだろ! もしも俺が全員仲間だと認識してるなら、発作の発動リスクが上がるわけで……」
「ターロイ、私が以前言ったことを覚えていないですか? 狂戦病も状況と考え方によっては最強のスキルだと。……もう少し詳しく調べる必要はありますが、私がこれを十分使えるものにしてみせます。……あなたがすでにアレを手に入れているのも大きい」
「アレって?」
「ひよたんです」




