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作戦会議

 インザークは王都から南西の方角にある、学術都市だ。


 様々な研究者がいて、専門的な研究施設も充実している。一般には馴染みのない植物や薬品、道具ばかりが流通しており、日用品などは売れないため、行商人や旅人はあまり立ち寄らない場所だという。


 変人が多いということでも有名だ。


「……グレイには向いてるかも」


「それはどういう意味ですか。……まあ、いいですけど。インザークは教団管轄ではありますが、住人のほとんどが教団に興味を持っていないので紛れやすいんです。おまけに、あそこには各地の奇才が集まる」


「貴様はそこに行って何をする気だ? ……今までずっと教団に残っていたのは、ザヴァド様を守るためだろう。それを放棄するのか?」


「……変態クソ野郎は黙ってて下さい。どうせもう教団にいてもできることが無いんですよ」


 ああ、やはりグレイはあの大司教がいるから教団に残っていたのか。

 しかし、ウェルラントもそれを知っているとは。この二人、こんなに仲が悪いのに、何でお互いの秘密を知ってるんだろう。


「ただ一応、さっきジュリア様と薬を渡す約束をしてしまいましたから、サイ様の戴冠式まではここでターロイに世話してもらうつもりです。構いませんよね?」


「それはいいけど。……つうか、さっき何でジュリア様にあんなこと言ったんだよ。サイ様が危篤なのにジュリア様が明るい顔してたら疑われるだろ」


 死人を甦らせる薬がある、なんて。嘘もいいとこだ。それに、せっかく自分たちが心を鬼にして、ジュリアに本当のことを黙っていたのに。

 その真意を訊ねると、グレイはふん、と鼻を鳴らした。


「ジュリア様の顔は一般には知られていません。見て分かるのは王国軍の幹部と教団の一部、王宮に行ったことのある者だけです。それに今はほぼ屋敷の中にいるのでしょう? 問題ありませんよ」


「でも、わざわざあんな嘘つかなくても」


「嘘ついてるのはあなたたちでしょう。実際のサイ様は元気だ。それを知らされた時、彼女は喜ぶでしょうが、同時に騙されていたことを知る。以後、肝心なときにあなたたちの言葉を信じなくなる。だったらそれよりも、全てをジュリア様にとっての真実にしてしまった方がいいと思いませんか?」


 そう言ったグレイに、ウェルラントが大きく舌打ちする。

 しかし文句を言うのかと思ったら、忌々しげに肯定した。


「……腹立たしいが、確かにその方が利がある。実は生きてましたというのは、ジュリア様にだけでなく、一般国民にもどこかに騙された感が残ってしまうだろう。ならばいっそ、全てを上手く演出して、さらにジュリア様の存在も印象づけられれば……」


「なるほど、つまり、葬儀に来た国民の前で、ジュリア様の手でサイ様を生き返らせたように見せるのか! そうすればサイ様の復活も不自然じゃないし、ジュリア様の評判も上がる」


 グレイがターロイの言葉に頷く。


「それに、戴冠式だと渋って中々来ないでしょうが、葬儀には間違いなく教皇様が来ます。サイ様が生き返ったその場で、戴冠の儀式に持ち込むのは容易い。ジュリア様への王位継承の儀式と、戴冠式に必要なアイテムが全く同じですから」


「ふむ、観衆の前でそこまでお膳立てされては、教皇も拒むのは難しいだろう。さすがの教団も、国民全部を敵に回す馬鹿はしないだろうしな」


「とすると、準備することが大体決まってくるな。……そうだグレイ、ジュリア様に渡す薬ってどうすんの?」


「さすがにサイ様に死んだふりをしてもらっても、教団相手にはバレる可能性が高いので、この間の毒薬と解毒薬を使おうかと」


「サージがサイ様に飲ませた仮死薬を、今度は自分で飲んでもらうのか。……でも、研究室爆発しちゃったよな。手持ちはあるのか?」


「調合レシピは頭の中に入っています。材料さえあれば作れますよ。少々手に入りづらいものですが、まさかミシガル領主様が用意できないことはないでしょう」


「……嫌な言い回しをするな。当然、材料と道具はミシガルのものを提供する。後でリストを作って寄越せ」


 ウェルラントは顔を顰めつつそう言ってから、話をまとめ始めた。


「では、まずは薬ができるまでは待ちだな。それをサイ様に飲んでもらってから、国中への訃報の流布と、本格的な葬儀の準備を開始する。ジュリア様にも国民の前で語る言葉を決めておいてもらおう。ターロイ、その時には王都との行き来のためにここを宿駅として使わせてもらう。早めに受け入れ人数を増やしてくれ」


「了解。とりあえず今回の話し合いはここまでかな?」


「そうだな。教団も爆発騒ぎでばたばたしているだろうから、王宮にしばらく気は向くまい。一旦これで各々準備をしていこう」




 話が終わり、ウェルラントとグレイが同時に立ち上がる。お互い同じところに長居したくないようだ。

 ウェルラントはすぐに部屋を出ようとして、その直前でターロイを振り返った。


「そういえば、さっきスバルがユニとジュリア様を連れて山遊びに行ったが、危険はないんだろうな?」


「スバルがいれば平気だよ。熊なんか素手で伸せるし。それにユニがひよたんを連れてるから、何かあったら守ってくれるさ」


「……ほう、ひよたんを」


 何だかウェルラントがひよたんに反応してそわそわしている。


「ジュリア様が気に掛かるし、ひよたんもいるなら私も見に行ってみよう。ああ、付き添いはいらないぞ」


 彼はそわそわしたまま階段を降りていってしまった。



「あの顔で相も変わらぬ可愛いもの好き……。キモチワルイですね」


 それを横目で見送ったグレイがうげえと舌を出す。


「あれ、グレイってひよたん知ってるのか?」


「さっきユニって子の肩に乗ってたひよこもどきでしょう。特殊な能力を持つ者にしか使えない魔道具ですね。確か大戦の末期に開発されたアイテムです」


「大戦の末期……。だからガイナードの知識の中にはないのか」


 ガイナードの知識は大体が前時代の大戦の中期までのものだ。ということはやはり、その時点でガイナードは核になり、砕かれて、欠片をあちらこちらに封印されたということだ。


 誰に、何のために?


 アカツキのひよたんに欠片が付いていたことを考えると、アカツキを起こせれば何か分かるかもしれないけれど。

 今はまだ、分からないことだらけだ。


 そして、分からないと言えば。


「そういや、グレイ。何で俺の魂方陣使えたんだよ? あの転移方陣は俺専用のはずだけど」


「ああ、はいはい。あれはトライアル&エラーの賜物ですよ」


 そう言うと、グレイはにやりと笑って眼鏡のブリッジを押し上げた。


「あの転移方陣は、あなたが近付くと浮かび上がるのは分かってますよね。実は、あなたがどこか一つの魂方陣に近付くと、全ての場所の方陣が反応するようなのです」


「え? それってつまり、俺がここの転移方陣に近付いただけで、グレイの研究室の方陣も、ミシガルの方陣も起動するってこと?」


「そうです。そして転移方陣はあなたのデータで形成されている。これは方陣の個人差の範疇で、まだ検証していないので推測でしかありませんが」


 一応の前置きを入れてから、グレイが仮説を披露する。


「おそらく転移方陣はあなたが通過を許した者を記憶している。あなたが方陣の近くにいて起動している場合に限りですが、その通過を許した者を、あなたの血を使って、あなたの近くに転移することができるようなのです」


「そ、そんなことが……! ……って、ちょっと待って。俺の血? そんなのどこから……」


「過去何年間ターロイの血を採り続けてたと思ってるんですか。研究のため、大量保管していました。今回の爆発で随分失われてしまいましたが、まだこのくらいは」


「ちょっと何このすごい量のカプセル……!? もしかして中身俺の血!?」


 グレイがローブの下から取り出した革袋に、ぎっしりと透明なカプセルに入った赤黒い液体が……。


「研究に使う分はまたターロイから採取すればいいですから、これ少し差し上げます。もし私の仮説が正しいなら、あなたが一緒に方陣を通った相手に渡しておけば、今回の私のように思わぬところで役立つかもしれない。是非使ってみて下さい。私の仮説の実証実験になりますし」


 そう言って、グレイが革袋をこちらにそのまま寄越した。ローブの下に、さらにもう一つ革袋が見える。


「二袋も持ってんのかよ!?」


「いやあ、急いでたので、あんまり持ち出せませんでした」


 よく見たらローブ下の腰回りにいっぱい布袋からアイテムからぶら下げている……。


「サイ様からもらった、エルフの霊薬も持ってこれて良かった。……そういえば、あのユニという子はエルフの血統ですよね? 本人は自覚がありますか? これに関して何か知ってることでもあれば助かるのですが」


「いや、知らないと思う。本来の能力が首輪で封じられているみたいなんだけど、物心付いたときにはもうそうなってたらしいし」


「残念、種族の知識はなしですか……。エルフは色々分からないことが多いんですよね。あちこち歩き回るついでに、エルフの隠れ里を探してみるか……」


 グレイは独りごちて、それからターロイを見た。


「まあ、いいです。それよりターロイ、何か私に合う服を用意してくれませんか。ローブはぼろぼろですし、今後教団のマークを背負って歩くわけにも行かないですから」


「ああ、そうだな。……しかし、グレイのサイズの服か……。あんた俺よりちょっとでかいんだよな……。あ、そうだ。ディクトあたりの服なら合うかも。待ってて、ちょっと借りてくる」


 ターロイがそう言って部屋を出ようとすると、何故かグレイもついてきた。


「そうか、ここにはディクトがいるんでしたね。……私も行きましょう、懐かしい顔を見に。ふふ、どれだけ嫌がられ……じゃなかった、どれだけ驚かれるか、楽しみです」


 あれ。何かグレイがすごく人の悪い笑みを浮かべている。

 ……ディクト、会わせて大丈夫かな。

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