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拠点お披露目

 ミシガルに行くと言ったらスバルもついて来たがったが、ウェルラントとの話に交えると面倒そうなので置いてきた。

 今回はまとめたい話が多い。転移方陣があるとはいえ、こう毎日ミシガルに来てもいられないのだ。


「昨日はどうも」


 人払いをした執務室でウェルラントに挨拶すると、彼は少し眉間にしわを寄せた。


「昨日はつい気が急いて、何の準備もせずに祠を開けさせてしまった。あれは私の失態だ、悪かったな」


「いや、結果的に俺の能力の一部が取り戻せたし、ひよたんも手に入った。……あんたこそ、割に合わないダメージだったんじゃないのか?」


「あんなのはダメージのうちに入らん。……私はな」


 そう言って、ウェルラントはさらに眉間のしわを深めた。


「……カムイは大丈夫だったのか?」


「目は覚ましたが、二・三日は意識が定まらず会話もできないだろう。魂術を限度以上に使うとそうなる」


 と言うことは、カムイと話をさせてもらうのは無理か。確認したいことがいくつかあったのだけれど。

 ヤライ村であの日、彼だけが別の部屋に置かれていた意味。助かった後、このミシガルの地下に隠されている理由。


 ウェルラントに訊いてもいいが、彼ではそう簡単に口を割ってはくれまい。


「……回復してからでいいんだけど、カムイと話すのは可能?」


「それは許可できない。あいつのことはいなかったものと思ってくれ。今後あいつに関する質問に一切答える気はない」


 ああ、これは取り付く島がない。

 でも、だからこそ推察できることもある。

 良き忠臣、良き領主でありながら、反面でカムイを地下に閉じ込めておくなどという非道なことをする理由。


 ……まあ、今不興を買ってまで突っ込む気はないけれど。


「ま、いいや。今回は商売の話をしに来たんだ。戴冠式……いや、表向きは葬儀か。それまでに王都との行き来があるだろう? それに合わせて宿駅を整備するつもりなんだ」


「そうか。お前の拠点には見張り台もあるし、そこも使わせてもらえるとありがたい。王都に行く前に何度か利用させてもらうと思う」


 カムイの話から逸れると、ウェルラントは眉間のしわを解いた。


「ああ。設備は早めに整えるつもりだ。それで相談なんだが、一度誰かを泊まらせてくれないかな。もちろん無料でいい。それで、その人に足りないところとか要望とか、そういうのを意見してほしいんだけど」


「ほう。それは顧客に寄り添ったいい心がけだな。ちなみに価格は決まったのか?」


「一応金貨一枚を想定している」


「……思いの外、欲のない値段設定だな。特殊な事情を考えればもっとふっかけて来るかと思ったが」


「ウチには優秀な管理役がいるんだよ。普段使いもしてもらえるように、良心価格にするってさ」


「それは賢いな。街道の宿駅の方が少し安いが、一般客に混じると面倒が起こりやすいから、嫌がる団員は多いんだ。お前のところがその価格なら、皆そちらを選ぶだろう。騎士団だけなら気遣いも不要だしな」


 そう言うとウェルラントは立ち上がり、執務机の上から書類を持ってきた。それをぱらぱらと捲り、ふむ、と軽く頷く。


「三日後でどうだ」


「あ、試用で泊まる誰かを寄越してくれるのか? まあ、三日あれば少人数なら十分応対できるよ」


「そうか。その日なら外出できる。私が直接見に行かせてもらおう」


「……へ? ウェルラントが?」


 思わず間の抜けた声を上げると、彼は至極まじめに首肯した。


「私が直接お前たちの宿駅にOKを出せば、そうそう文句は出るまい。もちろん厳しく精査させてもらうが。言っておくが、私が相手だからと特別待遇はするなよ。それでは意味がないからな」


「いや、厳しいのはありがたいけど。でもこの忙しい時期に、いいのか?」


 サイ様の戴冠式もそうだが、ここにはジュリアもいる。それを放って外泊とか、問題ないんだろうか。


「……実は、仕方のないことなんだが、ジュリア様がサイ様の危篤を聞いてから塞ぎ込んでいてな。ちょっと気晴らしがてら、お前のところに連れて行こうと思っている」


「ジュリアも一緒に泊まるってことか? ……お試しとしては随分豪華な顔ぶれだな」


「そこに護衛の騎士を三人ほど連れて行く。全部で五人。いけるか?」


「ああ、平気だ。早速帰って支度を進めておくよ」


 最初に想定していた人数だ。帰ればイアンが必要な物資と金額を算出してくれているだろう。

 食材は畑で採れるもの、スバルが狩ってくる肉と山菜、後は足りないものを買い足すだけで問題ない。


「……サイ様の件も、詳しい話をその時にしたい」


「サイ様の話を?」


「ここだと部外者に聞かれる可能性があるからな」


 部外者? 誰か盗聴をするような人間がいるのだろうか。これだけ大きな屋敷だと、間者もいるかもしれないということか。


「とりあえず、重要な話は三日後ってことだな」


「ああ。よろしく頼む」


 となれば、まずは宿駅に専念するのが肝要だ。

 ターロイは屋敷を出ると、すぐにディクトとイアンに報告しに拠点に戻った。







「……本当に、元通りになっているな」


 三日後、拠点を訪れたウェルラントは感心したように呟いた。

 もちろん彼はターロイの能力によるものだと分かっている。それでもやはりこの規模を一人で再生したことに驚いたのだろう。


「ターロイだわ! ごきげんよう」


 ターロイを見つけてジュリアが駆け寄ってくる。元気そうに振る舞っているけれど、少しやつれたようだった。


「ジュリア様、よくぞおいでくださいました。ここには遊び相手もいますから、楽しんでくださいね」


 ジュリアにはスバルとユニとひよたんを付けることにした。ウェルラントたちは特別待遇をしないが、王女にくらいはいいだろう。

 実際、それを見ていたウェルラントは微笑んでいた。


「ジュリア様には話し相手もいなかったから、ちょうどいいな。スバルあたりなら精神年齢も一緒だろう」


 何かスバルに対して失礼なことを言っている。しかしターロイも否定はしなかった。


「まずは、あちらで受付をしてくれ。そのうち専用の窓口を作るつもりだが、しばらくは客室棟の入り口に置いておく」


 受付にはイアンがいる。給仕兼接客係には一番マニュアルの覚えが良かった部下一人を当てていた。


 受付で名前を書いてもらい、部屋とベッドの場所を告げる。接客係がそれを受けて部屋のベッドまで案内し、トイレや水場の説明をする。ここまでは何の問題もない。


 そこにターロイは補足を入れる。


「部屋は一応、個室と大部屋がある。個室は少しだけ価格を上乗せするかもしれない。今回はジュリアだけ個室にしてあるが、問題ないか?」


「個室……ちょっと心配だな。ジュリア様をスバルたちと一緒の部屋に泊められないだろうか」


 スバルたちと……。その依頼に一瞬言葉に詰まる。

 ……あの部屋に、さらにジュリアが。ちょっとしたカオスだ。

 いや、いっそ今日はあの部屋全部を少女たちに明け渡して、自分は他で寝るか。


「……分かった。善処する」


「ありがとう、助かる。我々は大部屋で問題ない。……ほう、大部屋でも鎧棚と武器棚があるのか。手入れ用の油とウエスも」


「元々兵舎だからな。色々再利用してる。一応水場には砥石も置いてる。他に必要なものがあれば言ってくれ」


「いや、ベッドもしっかりしているし、布団の質も悪くない。個別に付いている収納箱に鍵があるのもいいな。一般人がいないと、逆に大部屋のほうが過ごし良いかもしれない」


 とりあえず反応は上々だ。それにほっとして他の施設を案内する。


「騎士団で何か話し合いをするとき用に、会議室も作ったんだ。ここは俺たちは管理しないから、自由に使ってくれていい。それほど重要でない書類とかは置いといてもいいし」


 客室の上の階には、円卓と椅子、それから本棚を用意しておいた。さらに客室を増やしても良かったが、こちらの手が回らなくなるし、この方が価値があると判断したのだ。これはもちろんイアンの提案で、ターロイも納得した。


「これはいいな。軽い作戦会議なんかはここで十分できる。ちょうどいい、ターロイ、後でここで例の件を詰めよう。……しかし、これで金貨一枚は安いな。食事と馬の世話も合わせてとなると、金貨二枚でもいいくらいだ」


 ウェルラントは大分評価してくれているようだ。

 あとは料理の味だが、そちらにはかなり自信があるから大丈夫だろう。


「そういや、見張り台も使いたいと言ってたよな。そっちも見るか?」


「ああ、頼む。今度望遠鏡を届けさせよう。お前の部下も王都を見張ってくれているのなら、共用できるだろうし」


 望遠鏡か、それはありがたい。正直、裸眼でも王都の全容は見えるが、細かいことはよく分からないのだ。




 見張り台の上に登ると、すでに先客がいた。

 スバルとジュリアだ。ユニは高いところが苦手なのか、ひよたんと落とし戸の下の部屋にいた。


「ジュリアが王都を見たいというので連れてきたです」


「そうか」


 手すりしかない場所で危ないと思ったけれど、スバルがしっかり手を繋いでくれていた。

 ジュリアは黙って王都の方を見ている。


「王都は今のところ何も起きてなさそうだな」


「今何か起きても困る」


 ウェルラントとターロイも目を細めて王都を見た。やはり少し霞も掛かって、その全容と手前の街道を走る馬車が米粒のように見えるだけだ。


「……何か、おかしいです」


 しかし、スバルは別だった。獣人は人間よりずっと視力がいいのだ。


「スバル、おかしいって?」


「あの建物で、誰かが魔法のようなものを使っているです」


「魔法だと!? まさか王宮で何か……?」


 ウェルラントが驚いて目をこらす。しかし我々の目では分からない。


「右側奥の、大きな塔のある建物です。今、窓が割れて、飛び散ったです。雷……?」


「右側奥って……それ、教団の本部じゃないか。一体何が……」


 魔法のような力を使える教団の人間というと、正直グレイしか思いつかないが……。


「あ、爆発したです!」


 スバルが言った次の瞬間、教団施設からターロイたちも視認できるほどの煙と炎が上がった。



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